[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

アブノーマルNHC

[スポンサーリンク]

 ここ10年をざっと振り返ってみると、当初は「そんなもん存在しない」とか「存在したとしても単離なんてできない」と言われていた不安定化学種が、化学者の頭脳・技術・努力によって安定に合成され、それによって飛躍的に分野が発展してきた様子を数多く見ることができます。

2196_1[1].jpg(画像: UCR Newsより)

  N-ヘテロ環状カルベン(NHC)もその内の一つで、安定な炭素二価化学種としてそれ自身興味深い化合物であるだけではなく、遷移金属触媒の配位子としても有効であり、基礎・応用双方の化学に現在も貢献し続けている重要な化合物です。

  今回はScience誌から、新しいタイプのカルベンに関する論文を報告します。

1991年にArduengoらによって初めて五員環のNHCが合成・単離されて以来[1]、これまでに、大小様々な置換基を持つもの、縮環タイプ、リンやホウ素を骨格に持つもの、四員環・六員環状など、いろんなタイプのNHCが報告されています(下図)[2]。図を見て分かる通り、通常、カルベン炭素の両サイドには、空のp軌道を安定化する為の窒素原子が配置されています。

1.gif 一方、これまでに報告されている変り種カルベンとして、ビスアミノシクロプロペニリデン(BACs)や環状アルキルアミノカルベン(CAAC)が合成されています(下図)[3]。特にCAACは、骨格内に窒素を一つしか持たない為、求核性及び求電子性がNHCよりも高く、水素やアンモニアと穏やかな条件下でさえ反応することも発見されています[4]。 

 

2.gif このような性質は、不活性小分子の活性化や触媒化学の発展にも繋がると期待されています。

即ち、以前は不安定と思われていたNHCを安定化する方法論が確立した現在、「安定だけど反応性は高い」新規なカルベンの開発が、新しい分野を切り開く鍵として注目されているのです。

 

 この度、G. Bertrand (University of California, Riverside)らによって合成された新規カルベン[5]は、一見NHC骨格でありながら、カルベン炭素が2つの窒素原子の間(C2位)ではなく、sp2炭素と窒素の間(C5位)に位置する特異的な構造をしています(下図)(ゆえに、アブノーマル N-ヘテロ環状カルベン(aNHC)と呼ばれています)。実はこのaNHC、イリジウム及びロジウム錯体中では既に発見されていて、実験・理論両方の研究により、通常のNHCよりも電子供与性が強く、配位子として非常に有効であることが明らかにされつつありました[6]。

 そんな中で、今回、金属に配位していないフリーな状態で単離する方法が確立されたことにより、今後、様々な置換基を持ったaNHCやそれを種々の遷移金属に導入することが可能になると思います。

3.gif aNHCの合成方法は至ってシンプルで、NHCの合成と同様にイミダゾリウム塩を塩基で脱プロトン化するだけですが、通常のNHCが発生しないように二つの窒素で挟まれたC2炭素上にはPh基が置換されています。反応自体は特別変わったものでも無いのですが、先日、たまたま筆者はAuthorの一人と話す機会があった時に聞いたところによると、前駆体のイミダゾリウム塩まで辿り着くのに膨大な時間を費やしたとのこと。また論文中で記載されているように、対アニオンと塩基の最適な組み合わせを見つけるのにも苦労したそうです。

 

うむ・・・。この論文に限らず、毎日波のようにweb上に公開される論文を目にしても、紙面上のスキームからは簡単に合成してるように見えるのが大半ですけどね。きっと裏では多くの試行錯誤が行われ、ようやく表に姿を見せてるんだなぁと思うと、同じ化学者として、一報一報を丁寧に読みたくなるものです。

  • 関連書籍
N-Heterocyclic Carbenes in Synthesis
Wiley-VCH
売り上げランキング: 159353
おすすめ度の平均: 4.0

4 専門家には必読の書

Metal Complexes of N-Heterocyclic Carbene
Rosenani S. M. Anwarul Haque
VDM Verlag

  • 関連文献
[1] A. J. Arduengo, R. L. Harlow, M. Kline, J. Am. Chem. Soc. 1991, 113, 361. doi:10.1021/ja00001a054
[2] (a) A. Igau, H. Grutzmacher, A. Baceiredo, G. Bertrand, J. Am. Chem. Soc. 1998, 110, 6463.(b) D. Bourissou, O. Guerret, F. P. Gabbai, G. Bertrand, Chem. Rev. 2000,100, 39.
[3] V. Lavallo, Y. Canac, B. Donnadieu, W. W. Schoeller, G. Bertrand Science 2006, 312, 722.
[4] G. D. Frey, V. Lavallo, B. Donnadieu, W. W. Schoeller, G. Bertrand, Science 2007, 316, 439.
[5] E Aldeco-Perez, A. J. Rosenthal, B. Donnadieu, P. Parameswaran, G. Frenking, G. Bertrand, Science 2009, 326, 556.
[6](a) S. Grundemann, A. Kovacevic, M. Albrecht, J. W. Faller, R. H. Crabtree, Chem. Commun. 200121, 2274.
(b) M. Alcarazo et al., J. Am. Chem. Soc. 2005, 127, 3290.

  • 関連動画

Guy Bertrand Interview

  • 関連リンク

Interview: Guy Bertrand (Chemical Science)

カルベン(ウィキペディアより)

Persistent Carbene – Wikipedia

Guy Bertrand Research Group

 

関連記事

  1. 比色法の化学(後編)
  2. 有機合成化学者が不要になる日
  3. 未来のノーベル化学賞候補者(2)
  4. 反応開発はいくつ検討すればいいのか? / On the Topi…
  5. 中小企業・創薬ベンチャー必見!最新研究機器シェアリングシステム
  6. ガラス器具の洗浄にも働き方改革を!
  7. 化学者のためのエレクトロニクス講座~電解金めっき編~
  8. 【ケムステSlackに訊いてみた③】化学で美しいと思うことを教え…

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. (-)-ナカドマリンAの全合成
  2. 次世代電池の開発と市場予測について調査結果を発表
  3. 2009年9月人気化学書籍ランキング
  4. 大気下でもホールと電子の双方を伝導可能な新しい分子性半導体材料
  5. マーティン・カープラス Martin Karplus
  6. 2012年分子生物学会/生化学会 ケムステキャンペーン
  7. いま企業がアカデミア出身者に期待していること
  8. 海外機関に訪問し、英語講演にチャレンジ!~① 基本を学ぼう ~
  9. 計算化学記事まとめ
  10. あなたの体の中の”毒ガス”

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2009年10月
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031  

注目情報

最新記事

5/15(水)Zoom開催 【旭化成 人事担当者が語る!】2026年卒 化学系学生向け就活スタート講座

化学系の就職活動を支援する『化学系学生のための就活』からのご案内です。化学業界・研究職でのキャリ…

フローマイクロリアクターを活用した多置換アルケンの効率的な合成

第610回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院理学研究科(依光研究室)に在籍されていた江 迤源…

マリンス有機化学(上)-学び手の視点から-

概要親しみやすい会話形式を用いた現代的な教育スタイルで有機化学の重要概念を学べる標準教科書.…

【大正製薬】キャリア採用情報(正社員)

<求める人物像>・自ら考えて行動できる・高い専門性を身につけている・…

国内初のナノボディ®製剤オゾラリズマブ

ナノゾラ®皮下注30mgシリンジ(一般名:オゾラリズマブ(遺伝子組換え))は、A…

大正製薬ってどんな会社?

大正製薬は病気の予防から治療まで、皆さまの健康に寄り添う事業を展開しています。こ…

一致団結ケトンでアレン合成!1,3-エンインのヒドロアルキル化

ケトンと1,3-エンインのヒドロアルキル化反応が開発された。独自の配位子とパラジウム/ホウ素/アミン…

ベテラン研究者 vs マテリアルズ・インフォマティクス!?~ 研究者としてMIとの正しい向き合い方

開催日 2024/04/24 : 申込みはこちら■開催概要近年、少子高齢化、働き手の不足…

第11回 慶應有機化学若手シンポジウム

シンポジウム概要主催:慶應有機化学若手シンポジウム実行委員会共催:慶應義塾大…

薬学部ってどんなところ?

自己紹介Chemstationの新入りスタッフのねこたまと申します。現在は学部の4年生(薬学部)…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP