[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

クリック反応の反応機構が覆される

[スポンサーリンク]

 

いわくアルキンは銅イオンで両手に花!そこにアジドが登場

コンピュータマウスをカチッとクリックするかのように狙い通りの組み合わせで確実に起こる化学反応を活用するクリックケミストリー。この分野を代表する代名詞とも言える存在がヒュスゲン環化反応です。

このヒュスゲン環化反応に、従来とは別の反応機構を提案するに至る証拠が、新たに提示されました。ヒュスゲン環化への理解が深まり、反応法のさらなる改良につながると期待されます。

 

ここ10年ほどの間に、クリックケミストリーの考え方は、物理よりの材料化学から、生物よりの創薬化学まで、あらゆる分野で適用され、革新を遂げてきました。あるときは機能付加を目指して高分子材料の中に組み込まれ、あるときは医薬候補分子の標的タンパク質同定を目指したケミカル標識技術に用いられ、その具体例は枚挙にいとまがありません。

クリックケミストリーの理念を最もよく満たす、理想に最も近い反応がヒュスゲン環化でした。1価の銅イオン(Cu+)さえあれば、末端アルキン(-C≡CH)とアジド(-N3)の間で、1時間程度以内で速やかに、しかも水中だろうとおかまいなく、安定して反応が進みます。

GREEN2013click011.PNG

例えばこんなふうに

反応機構はというと、銅原子ひとつが登場するタイプが提唱されていました[2]。末端アルキンの水素原子が脱プロトンし、続いて銅アセチリドが生成、そしてアジドが反応するという手はずになります。

論文[1]より転載

しかし、新たに判明したところによると、ひとつでは説明できない、銅原子はふたつ登場するというのです[1]。

GREEN2013click03.PNG

論文[1]より転載

 

銅原子で両手に花の反応機構

新しい反応機構の提案へといたるそもそもの着眼点はというと、ヨウ化アルキンの反応にあったようです。旧来と同じような反応機構ならば、銅イオンを加えても大して反応は加速しないはず。ところが、実際には反応の速度はそれなりに、しかししっかりと上昇しました[3]。

ここで「銅原子がアルキンのパイ電子と相互作用しているのではないか?」と考えたようです[1]。この仮説の真偽に迫ろうと、切り口を与えたのは、N-ヘテロ環状カルベン(N-heterocyclic carbene; NHC)を活用したアプローチでした。このNHCは、さまざまな金属原子と極めて強く配位結合を形成することが知られています。

実際に、NHCが配位した銅アセチリドを準備。これをアジドとヒュスゲン環化させ、その反応を詳しく解析しました。銅63(63Cu)と銅65(65Cu)とで同位体を使い分け、実験の結果を統合したところによると、銅原子ひとつでは説明できない、銅原子はふたつ登場するだろう、という結論[1]になりました。

 

さて、試薬会社のクリックケミストリー紹介ウェブページにある反応機構の解説も、そのうち新しく書き変わるのでしょうか。ちょっぴりイジワルかもしれませんが、気になるところです。

 

参考文献

  1. “Direct Evidence of a Dinuclear Copper Intermediate in Cu(I)-Catalyzed Azide-Alkyne Cycloadditions.” Worrell BT, Malik JA, Fokin VV Science 2013 DOI: 10.1126/science.1229506
  2.  “A Stepwise Huisgen Cycloaddition Process: Copper(I)-Catalyzed Regioselective Ligation of Azides and Terminal Alkynes.” Rostovtsev VV, Sharpless KB et al. Angew. Chem. Int. Ed. 2002 DOI: 10.1002/1521-3773
  3. “Copper(I)-Catalyzed Cycloaddition of Organic Azides and 1-Iodoalkynes.” Hein JE, Fokin VV et al. Angew. Chem. Int. Ed. 2009 DOI: 10.1002/anie.200903558

関連書籍

Green

投稿者の記事一覧

静岡で化学を教えています。よろしくお願いします。

関連記事

  1. 最小のシクロデキストリンを組み上げる!
  2. 分子運動を世界最高速ムービーで捉える!
  3. Wolfram|Alphaでお手軽物性チェック!「Reagent…
  4. 化学研究で役に立つデータ解析入門:回帰分析の活用を広げる編
  5. ハメット則
  6. 国際宇宙ステーション「きぼう」日本実験棟でのColloidal …
  7. 【医薬分野のみなさま向けウェブセミナー】マイクロ波を用いた革新的…
  8. マテリアルズ・インフォマティクスのためのデータサイエンティスト入…

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. 研究室でDIY! ~明るい棚を作ろう~
  2. 有機化学を俯瞰する -有機化学の誕生から21世紀まで–【後編】
  3. ポリエチレングリコール結合ルテニウムカルベン錯体
  4. 第4回「YUGOKAFe」に参加しました!
  5. 桝太一が聞く 科学の伝え方
  6. 製造業の研究開発、生産現場におけるDX×ノーコード
  7. モウンジ・バウェンディ Moungi G Bawendi
  8. マテリアルズ・インフォマティクスの普及に取り組む事業開発ポジションとは?〜最前線メンバー3人のキャリア選択と今について語る〜
  9. 鈴木・宮浦クロスカップリング Suzuki-Miyaura Cross Coupling
  10. 赤キャベツから新しい青色天然着色料を発見 -青色1号に代わる美しく安定なアントシアニン色素-

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2013年4月
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
2930  

注目情報

最新記事

十全化学株式会社ってどんな会社?

私たち十全化学は、医薬品の有効成分である原薬及び重要中間体の製造受託を担っている…

化学者と不妊治療

これは理系の夫視点で書いた、私たち夫婦の不妊治療の体験談です。ケムステ読者で不妊に悩まれている方の参…

リボフラビンを活用した光触媒製品の開発

ビタミン系光触媒ジェンタミン®は、リボフラビン(ビタミンB2)を活用した光触媒で…

紅麹を含むサプリメントで重篤な健康被害、原因物質の特定急ぐ

健康食品 (機能性表示食品) に関する重大ニュースが報じられました。血中コレステ…

ユシロ化学工業ってどんな会社?

1944年の創業から培った技術力と信頼で、こっそりセカイを変える化学屋さん。ユシロ化学の事業内容…

日本薬学会第144年会付設展示会ケムステキャンペーン

日本化学会の年会も終わりましたね。付設展示会キャンペーンもケムステイブニングミキ…

ペプチドのN末端でのピンポイント二重修飾反応を開発!

第 605回のスポットライトリサーチは、中央大学大学院 理工学研究科 応用化学専…

材料・製品開発組織における科学的考察の風土のつくりかた ー マテリアルズ・インフォマティクスを活用し最大限の成果を得るための筋の良いテーマとは ー

開催日:2024/03/27 申込みはこちら■開催概要材料開発を取り巻く競争や環境が激し…

石谷教授最終講義「人工光合成を目指して」を聴講してみた

bergです。この度は2024年3月9日(土)に東京工業大学 大岡山キャンパスにて開催された石谷教授…

リガンド効率 Ligand Efficiency

リガンド効率 (Ligand Efficacy: LE) またはリガンド効率指数…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP