[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

光学活性有機ホウ素化合物のカップリング反応

[スポンサーリンク]

 

英国ブリストル大学のAggarwal教授は有機ホウ素アート錯体の転位反応に着目し、独自の手法で光学活性な有機ホウ素化合物の合成を行い、合成したホウ素化合物の変換反応を確立することによって様々な不斉炭素骨格の構築を可能としてきました。

最近彼らは、その光学活性な有機ホウ素化合物とピリジンといった含窒素ヘテロ芳香環の立体特異的なカップリング反応を報告しました。

“Stereospecific Coupling of Boronic Esters with N-Heteroaromatic Compounds”

Llaveria, J.; Leonori, D.; Aggarwal, V. K.;J Am Chem Soc 2015, 137, 10958. DOI: 10.1021/jacs.5b07842

本記事では、Aggawal教授らが展開している光学活性有機ホウ素化合物の合成法と、転位反応を活かしたカップリング反応を紹介し、最近報告された上記の論文の中身について述べたいと思います。

 

光学活性な有機ホウ素化合物を作る

これまでにAggarwalらは、光学活性な2級および3級ボロン酸エステル合成法を開発しています(図1)。彼らの合成法において基本となるのが、光学活性なカルベノイドの生成とホウ素アート錯体における1,2-転位反応。2007年彼らはHoppeタイプのカーバメートに着目し、2級ボロン酸エステル合成法を報告しました(図 1)[1]。Hoppeタイプのカーバメートは光学活性なカルベノイドであり、(-)-sparteine存在下対応するカーバメートに対しsec-BuLiを作用させることで発生可能です。光学活性な3級ボロン酸エステルは、光学活性な2級アルコールから誘導したカーバメートから合成可能であり、現在では様々な置換様式を有した光学活性なボロン酸エステルを自在に調製できようになりました[2]

2015-11-28_08-32-11

図1. 光学活性な2級および3級ボロン酸エステル合成法

 

転位を生かした芳香環とのカップリング反応

鈴木ー宮浦クロスカップリング反応は炭素–炭素結合形成において強力な手法の1つです。しかしながら、sp2結合同士のカップリング反応に比べて、アルキルボロン酸(sp3結合)のクロスカップリング反応はいまだに困難です(図2)[3]。1級アルキルボロン酸を用いた場合には問題なく反応は進行しますが、2級および3級アルキルボロン酸を用いた場合には立体障害に起因してトランスメタル化が遅く、反応は進行しにくいことが知られています。さらに副反応としてβ水素脱離が容易に進行するため、適用可能な基質は限られています。

 

2015-11-28_08-33-54

図2 アルキルボロン酸(sp3結合)のクロスカップリング反応の問題点

 

そこで著者らは、有機ホウ素アート錯体の転位反応に着目しました(図 3)。[3]すなわち、アルキルボロン酸エステルとアリールリチウムから形成されるアート錯体Aにおいて、ホウ素上のアルキル基がアリール基上に転位すれば、目的とするカップリング体が得られるというものです。

Aに対する芳香族求電子置換反応によって生じるアレニウムイオン(中間体B)の高い求電子性が重要です。アート錯体Aに対し求電子剤としてNBSを作用させた結果、生じたカチオンを安定化するためにアルキル基の転位が起き(中間体C)、そこからの芳香族化を伴ったボリル基と臭素化物イオンの脱離によりカップリング体が得られる。本反応は原料であるアルキルボロン酸エステルの立体を保持して進行し、困難であった2級および3級のアルキルボロン酸と芳香環の立体特異的なカップリング反応が可能となりました。本手法は芳香族求電子置換反応を引き金にして進行するため、芳香環としては電子豊富なヘテロ芳香環やメタ位に電子供与基を持つベンゼン環が適用可能です。

2015-11-28_08-35-08

図3. 有機ホウ素アート錯体の転位反応によるカップリング反応

 

しかし、本法ではピリジンやキノリンといった含窒素ヘテロ芳香環のカップリング反応は進行しませんでした。これを実現したのが今回の記事のハイライトとなります。

 

含窒素ヘテロ芳香環への展開

ピリジンやキノリンといった含窒素6員環芳香族ヘテロ環は、窒素原子の非共有電子対があるため塩基性を有します。著者らはこの窒素原子と反応する求電子剤としてハロゲン化アシル化合物に着目しました。4−ピリジル基を有するホウ素アート錯体に対して、クロロギ酸2,2,2-トリクロロエチル(Troc–Cl)を用いたところ、中間体Eを経由した1,2-転位が効率よく進行し、中間体Fが生成しました(図 4)。この中間体Fに対し、過酸化水素と水酸化ナトリウムを作用させることでTroc基とボリル基が除去され、アルキルボロン酸エステルと含窒素ヘテロ芳香環のカップリング体が得られます。

本反応も、前述した電子豊富芳香環とのカップリング同様にボロン酸エステルの立体を保持したまま進行します。含窒素6員環芳香族ヘテロ環としてはピリジン、キノリン、イソキノリンが適用可能です。また、2級および3級いずれのアルキルボロン酸エステルを用いた場合においても、立体は保持されたまま反応は良好に進行し、様々な光学活性アルキルピリジンを合成することができるようになりました。

2015-11-28_08-35-56

図4

まとめ

今回著者らはこれまで困難であった含窒素6員環芳香族ヘテロ環と光学活性な2級、3級ボロン酸エステルのカップリング反応に成功しました。今回紹介した反応以外にも彼らは転位を生かした光学活性なボロン酸エステルの変換反応を数々報告しており、有機ホウ素アート錯体の転位反応を巧みに利用したオリジナリティの高い研究であると思います。

 

参考文献

  1. Stymiest, J. L.; Dutheuil, G.; Mahmood, A.; Aggarwal, V. K. Angew. Chem., Int. Ed. 2007, 46, 7491. DOI: 10.1002/anie.200702146
  2. a ) Larouche-Gauthier, R.; Fletcher, C. J.; Couto, I.; Aggarwal, V. K. Chem. Commun. 2011, 47, 12592. DOI: 10.1039/C1CC14469C b ) Pulis, A. P.; Blair, D. J.; Torres, E.; Aggarwal, V. K. J. Am. Chem. Soc. 2013, 135, 16054. DOI: 10.1021/ja409100y c ) Stymiest, J. L.; Bagutski, V.; French, R. M.; Aggarwal, V. K. Nature 2008, 456, 778. DOI: 10.1038/nature07592 d) Bagutski, V.; French, R. M.; Aggarwal, V. K. Angew. Chem., Int. Ed. 2010, 49, 5142. DOI: 10.1002/anie.201001371
  3. Bonet, A.; Odachowski, M.; Leonori, D.; Essafi, S.; Aggarwal, V. K. Nat. Chem. 2014, 6, 584. DOI: 10.1038/nchem.1971
  4. Cherney, A. H.; Kadunce, N. T.; Reisman, S. E. Chem. Rev. 2015, 115, 9587. DOI: 10.1021/acs.chemrev.5b00162

 

関連書籍

 

bona

投稿者の記事一覧

愛知で化学を教えています。よろしくお願いします。

関連記事

  1. Dead Endを回避せよ!「全合成・極限からの一手」⑤
  2. 売切れ必至!?ガロン瓶をまもるうわさの「ガロテクト」試してみた
  3. 富士フイルム和光純薬がケムステVプレミアレクチャーに協賛しました…
  4. 温故知新ケミストリー:シクロプロペニルカチオンを活用した有機合成…
  5. ノーベル賞の合理的予測はなぜ難しくなったのか?
  6. 「全国発明表彰」化学・材料系の受賞内容の紹介(令和元年度)
  7. 大気下でもホールと電子の双方を伝導可能な新しい分子性半導体材料
  8. 小説『ラブ・ケミストリー』聖地巡礼してきた

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. 辻・ウィルキンソン 脱カルボニル化反応 Tsuji-Wilkinson Decarbonylation
  2. 化学産業を担う人々のための実践的研究開発と企業戦略
  3. ヴィクター・アンブロス Victor Ambros
  4. ロナルド・ブレズロウ Ronald Breslow
  5. 関大グループ、カプロラクタムの新製法開発
  6. 第110回―「動的配座を制御する化学」Jonathan Clayden教授
  7. 酵素の分子個性のダイバーシティは酵素進化のバロメーターとなる
  8. ジアニオンで芳香族化!?ラジアレンの大改革(開殻)
  9. 日本化学会ケムステイブニングミキサーへのお誘い
  10. 捏造は研究室の中だけの問題か?

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2015年12月
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031  

注目情報

最新記事

超塩基に匹敵する強塩基性をもつチタン酸バリウム酸窒化物の合成

第604回のスポットライトリサーチは、東京工業大学 元素戦略MDX研究センターの宮﨑 雅義(みやざぎ…

ニキビ治療薬の成分が発がん性物質に変化?検査会社が注意喚起

2024年3月7日、ブルームバーグ・ニュース及び Yahoo! ニュースに以下の…

ガラスのように透明で曲げられるエアロゲル ―高性能透明断熱材として期待―

第603回のスポットライトリサーチは、ティエムファクトリ株式会社の上岡 良太(うえおか りょうた)さ…

有機合成化学協会誌2024年3月号:遠隔位電子チューニング・含窒素芳香族化合物・ジベンゾクリセン・ロタキサン・近赤外光材料

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2024年3月号がオンライン公開されています。…

日本化学会 第104春季年会 付設展示会ケムステキャンペーン Part3

日本化学会年会の付設展示会に出展する企業とのコラボです。第一弾・第二弾につづいて…

ペロブスカイト太陽電池の学理と技術: カーボンニュートラルを担う国産グリーンテクノロジー (CSJカレントレビュー: 48)

(さらに…)…

日本化学会 第104春季年会 付設展示会ケムステキャンペーン Part2

前回の第一弾に続いて第二弾。日本化学会年会の付設展示会に出展する企業との…

CIPイノベーション共創プログラム「世界に躍進する創薬・バイオベンチャーの新たな戦略」

日本化学会第104春季年会(2024)で開催されるシンポジウムの一つに、CIPセッション「世界に躍進…

日本化学会 第104春季年会 付設展示会ケムステキャンペーン Part1

今年も始まりました日本化学会春季年会。対面で復活して2年めですね。今年は…

マテリアルズ・インフォマティクスの推進成功事例 -なぜあの企業は最短でMI推進を成功させたのか?-

開催日:2024/03/21 申込みはこちら■開催概要近年、少子高齢化、働き手の不足の影…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP