[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

細胞をすりつぶすと失われるもの

[スポンサーリンク]

タンパク質だけではなく、ビタミンでも医薬品物質でも、原理的にはすべての化合物の生体内分布を、生きたまま観察できる方法が、新たに開発されました。リボスイッチによる低分子化合物の生体イメージング技術とはいったいなんぞや?

目的の化合物が分解されないように手早く、しかし途中の過程でロスしたり他の画分から混ざりこんだりしてもいけない。細胞や組織のほんのひと区画から、目的の化合物を抽出し、多寡を定量することは、限界に挑戦しようとすれば誤差が大きくなり、信頼度は格段に下がってしまいます。いつ誰がどこでやっても同じ結論が導き出せるような科学の方法論としては、あまり好ましくない事態です。

そもそも、すりつぶすだけで分かることというものは、生化学(biochemistry)全盛の20世紀後半にほとんどやり尽くされています。呼吸や光合成など、最も普遍的で、最も基本的な生体反応の主要街道は、もうすでにアスファルトで舗装済みの状態になって久しいです。一方、すりつぶすだけではないプラスアルファの部分については、生体イメージング技術をはじめ、まだまだ未開の荒野が残っています。そのまま、生きたまま、インサイチュー(in situ)の情報は、すりつぶせば失われてしまいます。

 

すべての生命現象に関与すると表現しても過言ではない最重要な物質であるタンパク質については、すりつぶさなくても生体イメージングが可能であり、ご存じ緑色蛍光タンパク質(green fluorescent protein; GFP)など融合遺伝子産物の挙動を調べる方法がすでに確立されています。モノにもよりますが、使い勝手のよい大腸菌(Escherichia coli )・酵母菌(Saccharomyces cerevisiae )・培養細胞などの場合、1ヶ月もあれば遺伝子導入して実験系をゆうに確立できるでしょう。

しかし、このような方法で、容易に解析できる対象は、従来タンパク質に限られたことでした。ところが、タンパク質でなくても、ビタミンだろうと医薬品物質だろうとどんな化合物でも可能な生体イメージング技術が、ついに登場したのです[1]。

論文[1]より

論文[1]より

今回、紹介するリボスイッチによる低分子化合物の生体イメージングは、かつてケムステで紹介した記事『緑色蛍光タンパク質を真似してRNAを光らせる』の方法を発展させたものです。

以前の報告[2]で合成された蛍光試薬が図中の緑印です。この蛍光試薬はRNAと解離した単独の状態では、水分子による消光のため輝きません。しかし、RNAと結合した状態で、励起のための光を当てると、蛍光を出します。RNAならば何でもよいというわけではなく、この蛍光試薬の分子が結合するRNAの配列は特定の決まったものです。

蛍光試薬が結合する標的の配列と、定量したい分子のリボスイッチを隣り合わせて、配列を設計する点が、今回、報告[1]された生体イメージング技術のキーとなります。リボスイッチとは、化合物が結合することで、RNAの性質が変わるシステムのことです。実際に、S-アデノシルメチオニンと呼ばれる代謝産物の生体イメージングに成功しています。図中では紫印に相当します。

S-アデノシルメチオニン / 研究チームが独自に開発した蛍光試薬

S-アデノシルメチオニン / 研究チームが独自に開発した蛍光試薬

手順はというと、まず生体内で検出したい物質のリボスイッチと、蛍光試薬が結合する標的となるRNAの配列を、細胞に遺伝子導入します。これで準備は完了。図のように紫印の物質が結合すると、RNAの立体構造が変化し、はじめて蛍光試薬の分子も結合できるようになります。蛍光試薬を細胞に投与すると、紫印の物質の多寡が、蛍光の明暗に反映され、細胞内の分布が分かるという寸法です。

このリボスイッチには、自然のものだけでも多種多様なものが知られています。ビタミンやその誘導体として、チアミン二リン酸フラビンモノヌクレオチド・テトラヒドロ葉酸コバラミンモリブドプテリンなど。標準アミノ酸の、グリシンリジングルタミン酸。タンパク質を標的としたセカンドメッセンジャーとしても知られる環状二量体グアノシンモノリン酸。糖の1種であるグルコサミンリン酸。さらには、マグネシウムイオンフッ化物イオンなどなど。特異的な配列を持ったRNAに、これらの物質が結合することで、RNAの立体構造が変化します。そして、生体内では実際に、リボソームが近づきにくくなることで遺伝子の発現を調節するなど役割を果たしています。

人工の試験管内進化で得られたリボスイッチには、テトラサイクリン[3]をはじめいくつかが知られ、そもそも論文[2]で報告された蛍光試薬の分子と結合する配列も人工に選び出されたものです。どうしても作りたいと思えば、たいていの化合物のリボスイッチは、作ることができます。

論文[1]から論文[2]まで半年。タンパク質と異なり、立体構造の変化を予測しやすく配列をデザインして機能を操作しやすいRNAの性質を、蛍光試薬の使用方法に生かした鮮やかな報告だと思います。生きたままの観察が可能になることで、新たな分野が切り拓かれる日も近いかもしれません。

参考文献

  1. “Fluorescence Imaging of Cellular Metabolites with RNA” Jeremy S. Paige et al. Science 2012 DOI: 10.1126/science.1218298
  2. “RNA Mimics of Green Fluorescent Protein” Jeremy S. Paige et al. Science 2011 DOI: 10.1126/science.1207339
  3. “Crystal structure of an in vitro evolved tetracycline aptamer and artificial riboswitch” Hong Xiao et al. Chem. Biol. 2008 DOI: 10.1016/j.chembiol.2008.09.004 

関連書籍

[amazonjs asin=”4807908456″ locale=”JP” title=”ヴォート基礎生化学(第4版)”][amazonjs asin=”4774139963″ locale=”JP” title=”光る生き物 ~ここまで進んだバイオイメージング技術~ (知りたい!サイエンス)”]
Avatar photo

Green

投稿者の記事一覧

静岡で化学を教えています。よろしくお願いします。

関連記事

  1. 【2021年卒業予定 修士1年生対象】企業での研究開発を知る講座…
  2. BASFとはどんな会社?-1
  3. 第40回ケムステVシンポ「クリーンエネルギーの未来を拓く:次世代…
  4. 光触媒ラジカル付加を鍵とするスポンギアンジテルペン型天然物の全合…
  5. パーソナライズド・エナジー構想
  6. 人工軟骨への応用を目指した「ダブルネットワークゲル」
  7. 「科学者の科学離れ」ってなんだろう?
  8. YMC-DispoPackAT 「ケムステを見た!!」 30%O…

注目情報

ピックアップ記事

  1. 量子アルゴリズム国際ハッカソンQPARC Challengeで、で京都大学の学生チームが優勝!!
  2. 貴金属触媒の活性・硫黄耐性の大幅向上に成功
  3. 構造式を楽に描くコツ!? テクニック紹介
  4. 海外で働いている僕の体験談
  5. 抗体ペアが抗原分子上に反応場をつくり出す―2つの抗体エピトープを利用したテンプレート反応の開発―
  6. 有機反応を俯瞰する ー[1,2] 転位
  7. 味の素ファインテクノ社の技術と社会貢献
  8. SciFinder Future Leaders in Chemistry 2015に参加しよう!
  9. 第3の生命鎖、糖鎖の意味を解明する!【ケムステ×Hey!Labo 糖化学ノックインインタビュー③】
  10. グラクソ、糖尿病治療薬「ロシグリタゾン」が単独療法無効のリスクを軽減と発表

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2012年4月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
30  

注目情報

最新記事

アクリルアミド類のanti-Michael型付加反応の開発ーPd触媒による反応中間体の安定性が鍵―

第622回のスポットライトリサーチは、東京理科大学大学院理学研究科(松田研究室)修士2年の茂呂 諒太…

エントロピーを表す記号はなぜSなのか

Tshozoです。エントロピーの後日談が8年経っても一向に進んでないのは私が熱力学に向いてないことの…

AI解析プラットフォーム Multi-Sigmaとは?

Multi-Sigmaは少ないデータからAIによる予測、要因分析、最適化まで解析可能なプラットフォー…

【11/20~22】第41回メディシナルケミストリーシンポジウム@京都

概要メディシナルケミストリーシンポジウムは、日本の創薬力の向上或いは関連研究分野…

有機電解合成のはなし ~アンモニア常温常圧合成のキー技術~

(出典:燃料アンモニアサプライチェーンの構築 | NEDO グリーンイノベーション基金)Ts…

光触媒でエステルを多電子還元する

第621回のスポットライトリサーチは、分子科学研究所 生命・錯体分子科学研究領域(魚住グループ)にて…

ケムステSlackが開設5周年を迎えました!

日本初の化学専用オープンコミュニティとして発足した「ケムステSlack」が、めで…

人事・DX推進のご担当者の方へ〜研究開発でDXを進めるには

開催日:2024/07/24 申込みはこちら■開催概要新たな技術が生まれ続けるVUCAな…

酵素を照らす新たな光!アミノ酸の酸化的クロスカップリング

酵素と可視光レドックス触媒を協働させる、アミノ酸の酸化的クロスカップリング反応が開発された。多様な非…

二元貴金属酸化物触媒によるC–H活性化: 分子状酸素を酸化剤とするアレーンとカルボン酸の酸化的カップリング

第620回のスポットライトリサーチは、横浜国立大学大学院工学研究院(本倉研究室)の長谷川 慎吾 助教…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP