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色の変わる分子〜クロミック分子〜 |
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クロモトピズムという言葉を御存知でしょうか?日本語では「可逆的変色」などと訳され,外部からの何らかの刺激により色が変わる現象の総称です.また,「可逆的」である以上,別の外部刺激により元に戻るのが普通です.外部刺激の種類を限定して呼ぶ時には「〜クロミズム」などと呼ばれるのが一般的です.「〜」の部分には外部刺激を意味する言葉が入ります.例えば光で変色する現象は「フォトクロミズム」,熱の時は「サーモクロミズム」という感じです.また,このような性質を有する分子を「クロミック分子」と呼んだりします.今回はこのクロミック分子についてお話しましょう.
▼ 予備知識(光と色の関係)
可視領域 (約400-800 nm) の光は短波長側からおおよそ紫・藍・青・緑・黄・橙・赤の順に並んでいます.これらの光を全て混ぜると白色光になります.ある物質がこれらの中から特定の色の光を吸収した場合,その物質は残りの光を混ぜた色(補色)に見えます.つまり,化学的に言えば,「色が変わる」ということは,「可視領域の吸収スペクトルのピークが変化する」ということになります.つまり,クロミック分子の仕組みは外部刺激により分子構造が変化し,それに伴い可視領域の吸収スペクトルが変化するということです.
ここで少々余談になるかもしれませんが,吸収スペクトルと発光スペクトルについて見える色との関係をお話ししましょう.500 nmの波長を持つ光は緑色です.つまり,発光スペクトルで500 nmにピークが出現した場合,目には緑色の発光が見えます.しかし,吸収スペクトルで500 nmにピークが出た場合,その溶液の色は緑ではありません.赤く見えるのです.これは吸収された500 nm(緑色)の光に対する補色が見えるからなのです.当たり前のことではありますが,スペクトルだけ眺めていると勘違いしやすいので注意がいるかもしれません.さて,それでは以下本題に入っていきましょう.
▼ フォトクロミズム
フォトクロミズムとは最初にお話ししたように「光」の照射により色が変わる現象です.この現象は,普段は透明な眼鏡が日差しの強い場所では色が付きサングラスになるなどの面で応用されています.また最近ではパソコンのメモリなど,様々な面への応用も期待されています.この点については別のトピックでいつかお話しましょう.
フォトクロミック分子は光照射により変色するのですが,元に戻る時には別の波長の光照射により戻るものと,熱により戻るものの大きく二種類があります.前者をP-Type,後者をT-Typeなどと呼び区別することもあります.それではいくつか具体例を挙げてお話しましょう.
下に示した化合物1はアゾベンゼンと呼ばれる化合物です(図1-a).
図1-a
これはトランス体は無色なのですが紫外光を照射するとシス体に構造変化し橙色に着色します.続いて化合物2はジアリールエテンと呼ばれる化合物で,現在世界で最も注目を浴びているフォトクロミック分子です(図1-b).
図1-b
この分子,実は日本生まれで九州大の入江教授らにより開発されました.この無色の分子は紫外光照射により結合生成を起こし赤色に着色します.共役長が変化したために吸収帯が変わったものと考えられますね.次の化合物31)はちょっと変わった構造を持つ分子ですが,紫外光の照射により結合の切断が起こり青紫色に変化します(図1-c).
図1-c
この青紫色の化合物はビラジカル(注:実際にはキノイド構造との平衡混合物)なのですが割と安定なようであります.
▼ サーモクロミズム
サーモクロミズムとは「熱」をかけることにより色が変わる現象です.色で温度を示す温度計など見たことがある方もいるのではないでしょうか?あるいは,最初無色なのに冷たいものを注ぐと絵が浮き出てくるコップなどもありますね.そんなところに利用されている現象です.分子例としては下に示す銅のN,N-ジエチルエチレンジアミン錯体 [Cu(dieten)2](ClO4)2 を挙げることができます(図2).この分子は室温では赤紫色をしていますが43oC以上に熱をかけると濃紫色に変色します.これは,室温では平面構造だったものが43oC以上では四面体構造に変化し,それに伴い配位子場の変化が起こることにより誘起されたものです.
図2. サーモクロミック分子例
▼ エレクトロクロミズム
エレクトロクロミズムとは「電気」により色が変わる現象です.前に示したフォトクロミック分子は光による変色を利用し,メモリへの応用が期待されていますが,一方で光の波長は数百ナノメートルであり一分子のサイズに比べるとずいぶんと長いことが分かります.つまり,光照射をすると少なくとも数分子に光が当たってしまうことになります.そのため,一分子レベルでのメモリはフォトクロミック分子では達成が難しいかもしれません.しかし,電気の場合,一分子だけを狙いうちできるため,エレクトロクロミズムは一分子レベルでのメモリ等への応用で期待されています.下に示す化合物52)は北海道大学の鈴木教授らにより開発されました(図3-a).この化合物は中性状態では無色ですが電圧を印可することにより二電子酸化が起こり,深青色のジカチオンへと変化します.
図3-a エレクトロクロミック分子例
化合物63)はポリマータイプのエレクトロクロミック分子です(図3-b).
図3-b エレクトロクロミック分子例
この分子は酸化・還元のいずれにおいてもエレクトロクロミズムを発現します.中性状態では鮮やかな黄緑色ですが,一電子酸化されたラジカルカチオンでは濁った黄緑色に,一電子還元されたラジカルアニオンでは紫色に,さらに二電子還元されたジアニオンでは黒色に変化します.マルチカラーエレクトロクロミック分子と言えますね.
▼ ソルバトクロミズム
ソルバトクロミズムとは「溶媒の種類」により色が変わる現象です.下に示した化合物7はピリジニウム N-フェノキシドベタインという物質です(図4-a).この化合物は極性の大きなz-7と小さなq-7の共鳴混成体と考えられますが,溶媒の極性によりそれらの寄与が変化し色が変化します.表1に示したように溶媒の極性により全可視領域にわたって色の変化が観測されます.そのため,このソルバトクロミズムを用いて溶媒の極性パラメータEt(30)なるものが定義されており,広く用いられています.
図4-a. ソルバトクロミック分子例
次に示した化合物84)は京都大学の玉尾教授らにより合成された化合物です(図4-b).この化合物の特徴は蛍光のソルバトクロミズムを示す点です.溶媒にTHFを用いると赤色蛍光が観測されるのに対し,DMFを用いた場合には青色の蛍光が観測されます.これはホウ素原子の空のp軌道に対する溶媒の配位能の違いに起因しているようです.
図4-b. ソルバトクロミック分子例 ▼ ピエゾクロミズム,トリボクロミズム
ピエゾクロミズムとトリボクロミズムは「圧力」により色が変わる現象です.しかし,ピエゾクロミズムという言葉は可逆性があるもの用いるのに対し,トリボクロミズムは不可逆的なものに用いるようです.故に,可逆性を有しないトリボクロミズムはクロモトピズムの範疇に入らないのかもしれません.何はともあれ,これらの現象は感圧紙等に応用されています.ピエゾクロミズムを示す分子としては下に示した化合物9を挙げることができます(図5-a).この化合物は乳鉢等ですり潰すことにより黄色から赤紫色に変色します.これは結合開裂によりラジカル種が発生したためと考えられます.このラジカル種は放置しておくと結合を再生し元の黄色に戻ります.
図5-a
一方,トリボクロミズムの例としては化合物105)を挙げることができます(図5-b).ちょっと変わった構造の化合物ですが,圧力を加えることによりジフェニルメチレン部の立体構造が捻れ,黄色から赤色に変色することがX線構造解析から明らかになっています.一度赤色に変色した化合物は元の黄色の化合物には戻りません.
図5-b
▼ ベイポクロミズム
ベイポトクロミズムとは「溶媒蒸気」にさらすことにより色が変わる現象です.ソルバトクロミズムのように溶媒に溶かすわけではなく結晶状態の化合物を溶媒蒸気にさらすというところが興味深い現象です.
下に示した白金錯体116)は奈良女子大学の加藤教授らにより合成されました(図6).この化合物は最初,赤色の結晶です.しかし,アセトニトリルの蒸気にさらすと暗赤色の結晶へと変色します.さらに興味深いことに,発光についてもベイポクロミズムを示します.最初の赤色結晶は鮮やかな赤色発光が観測されますが,暗赤色結晶の発光は肉眼ではほとんど観測されません.これは発光がなくなったわけではなく可視領域の範囲外(800 nm付近)へと発光波長が変化したためのようです.この暗赤色結晶は空気中で放置すると元の赤色結晶へと戻ります.このベイポクロミズムの仕組みは結晶中に溶媒分子が取り込まれ,結晶のパッキング構造が変化したことに由来します.この化合物は分子内および分子間で白金原子同士が相互作用しています.また,吸収及び発光はこの相互作用と深く関与しています.そのため,パッキング構造が変化し,白金間距離が変化すると白金間の相互作用の大きさが変化しベイポクロミズムを発現するのです.溶媒分子が直接配位しているわけではないところがミソですね.
図6. ベイポクロミック分子例
▼ イオノクロミズム
イオノクロミズムとは「イオン」の添加により色が変わる現象です.しかし,論文中でもあまりイオノクロミズムという言い方はされないようです.むしろ「イオン認識分子」や「イオンセンサー」などと呼ばれることの方が多いようです.この現象は特定イオンのプローブ等に用いることができるため盛んに応用研究がなされています.下に示した化合物127)は青色発光をします(図7-a).しかし,マグネシウムイオンを添加するとエーテル結合部でそれを包摂し,緑色発光物質へと変化します.そういう意味でマグネシウムイオンセンサーと言えますね.
図7-a
続いて化合物138)はベイポクロミズムのときに出てきた奈良女子大学の加藤教授らにより合成されました(図7-b).11と似ていますが配位子の種類が違いますし,架橋配位子の配位の仕方が異なっています.この化合物は二価の白金の赤色錯体で発光能を有します.しかし,塩酸を加えると,塩化物イオンが白金に配位し三価の白金の橙色錯体へと変化します.また,この変化により発光能もなくなります.続いてトリエチルアミンを加えると元の二価白金錯体へと戻ります.論文中ではイオノクロミズムという言い方はされていませんがこれも立派なイオノクロミズムと言えるのではないでしょうか.
図7-b
▼ ハロクロミズム,アシディクロミズム
ハロクロミズム,アシディクロミズムとは「pH」の変化により色が変わる現象です.しかし,この現象もイオノクロミズム同様あまりこの呼び方はされないようです.むしろ「pH指示薬」と言った方が皆さんもしっくりくるのではないでしょうか.ということで,下に示した化合物15は有名なpH指示薬です(図8-a).そう,中学生でも知っているフェノールフタレインですね.この化合物は酸性・中性領域では無色ですが塩基性領域ではフェーノール性水酸基からプロトンが抜け,それに伴い五員環が開きキノイド構造へと変化します.その構造変化に伴い無色から赤色へ変色が起こるのです.
図8-a
続いて化合物179)はキノンジイミンという骨格を有する化合物です(図8-b).この化合物は黄色なのですが,酸を添加すると窒素にプロトンが付加し,モノカチオンとなり赤色に変色します.さらに酸を添加すると二つ目のプロトンが付加し,ジカチオンとなり青色へと変色します.
図8-b
▼ おわりに
今回お話したクロモトピズムの化学はどれをとっても高いポテンシャルを秘めた応用性の広い現象です.現在では単に溶液(結晶)の色や発光色の変化にとどまらず,これらの変化からさらに二次的な変化をもたらすような研究も盛んに行われています.つまり,これらのクロミック分子をスイッチとして磁性の制御等が行われているのです.この辺についてはまた別のトピックでお話しましょう. (2005.5. 28 YU)
▼参考、関連文献
(1) Kikuchi, A.; Iwahori, F.; Abe, J. J. Am. Chem. Soc. 2004, 126, 6526-6527. (2) Suzuki, T.; Nishida, J.; Tsuji, T. Angew. Chem. Int. Ed. 1997, 36, 1329-1331. (3) Argun, A. A.; Aubert, P. H.; Thompson, B. C.; Schwendeman, I.; Gaupp, C. L.; Hwang, J.; Pinto, N. J.; Tanner, D. B.; MacDiarmid, A. G.; Reynolds, J. R. Chem. Mater. 2004, 16, 4401-4412. (4) Yamaguchi, S.; Shirasaka, T.; Akiyama, S.; Tamao, K. J. Am. Chem. Soc. 2002, 124, 8816-8817. (5) Asiri, A. M. A.; Heller, H. G.; Hursthouse, M. B.; Karalulov, A. Chem. Commun. 2000, 799-800. (6) Kato, M.; Omura, A.; Toshikawa, A.; Kishi, S.; Sugimoto, Y. Angew. Chem. Int. Ed. 2002, 41, 3183-3185. (7) Liu, Y.; Duan, Z. Y.; Zhang, H. Y.; Jiang, X. L.; Han, J. R. J. Org. Chem. 2005, 70, 1450-1455. (8) Koshiyama, T.; Omura, A.; Kato, M. Chem. Lett. 2004, 33, 1386-1387. (9) Siri, O.; Braunstein, P.; Rohmer, M. M.; Benard, M.; Welter, R. J. Am. Chem. Soc. 2003, 125, 13793-13803.
・クロミック材料の開発 市村国宏
著 シーエムシー 状況によってその色調が動的に変化して、我々の情感に深く訴える材料となりうるクロミック材料。特に話題性に富んだテーマを取りあげ、その特徴を把握する。
・ 先端の話題、機能性物質を有機化学の目で解説。機能性物質の機能はどのような機構で発現し、作用するのだろうか。その原理を、図と文章が見開きの読みやすいレイアウトと簡潔な説明で、分子レベルでやさしく解説。
IT革命とデジタル技術の急速な普及にともない、光記録分野やプリンター分野、またさまざまなディスプレー分野で大きく発展を遂げた機能性色素に関する最新技術情報を機能別にまとめたもの。
▼関連リンク
・単分子レベルの エレクトロニクスとフォトニクス (PDFファイル) |
【用語ミニ解説】
■フォトクロミック分子
特定の波長の光によって発色する有機分子のこと。
自然界では、動物の光受容器ロドプシンに含まれるレチナール分子や、植物の光受容器フィトクロムに含まれるテトラピロール分子が、フォトクロミック分子として知られている。
光だけでなく化学物質も受容できるロドプシンの発見(2005.3.5 ケムステニュース)
■吸収スペクトル
縦軸にどれくらい光を吸収したかを表す吸光度をとり、横軸には光の波長をとったグラフ であらわすことができる。
発光現象、高温物体からの発光、電子と光の相互作用、誘導放出とレーザ、蛍光体材料や半導体発光材料の発光の物理、半導体中の電子の量子効果について説明し、発光現象や発光材料がいかに利用されているかを述べる。
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■アゾベンゼン
ある波長の光を照射すると、分子がシス―トランスの構造を変化させることが知られている。
■九州大学大学院 工学研究院 応用化学部門 教授 入江 正浩 フォトクロミック分子ジアリールエテンの開発者。 (写真:Japan Nanonet Bulletin 第31号 : 2003年 9月 2日)
さまざまな産業分野において急速に発展しつつある有機物質の光機能・電子機能のハンドブック。基礎理論、基礎技術、各種材料について、系統的に簡潔に解説。図・表・数式を中心とし使いやすい便覧。
ラジカルとは同じ軌道上にひとつしかない電子(不対電子)のこと で、同一分子上の2つのラジカルをビラジカルという。 意外と知らないのが、空気中の酸素もラジカル状態で存在していると言うこと。 ・OーO・
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■エレクトロクロミズム
ある種の化学物質が電気化学的な酸化還元反応により,可逆的な色変化,光透過率変化を示す現象のこと。(エレクトロクロミズムって何?)
■共鳴混成体
共鳴している分子やイオンの実際の電子構造。複数の極限構造の平均化されたもの。例としてよくベンゼンがあげられる。
■京都大学玉尾皓平教授
(写真:Japan Nanonet Bulletin 第35号 )
現在は理化学研究所。玉尾酸化等、有機ケイ素化合物の多様な新機能の開拓 及びカップリング反応の開発で有名。
最近では文部科学省の一家に一枚周期表製作の原案にも携わり化学を世の中に広めるため活動している。
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