[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

人工DNAから医薬をつくる!

[スポンサーリンク]

 

(画像は文献[3]より引用)

人工DNA塩基対の開発研究は、まさに無限の可能性をもつことを前回の記事で簡単に紹介しました。

2013年になってその優れたデモンストレーションが、理研の平尾一郎グループによって報告されました。天然型を凌駕する性能を持つ核酸医薬(人工DNAアプタマー)の開発に成功したのです[1]。今回の記事ではこの成果を紹介したいと思います。

カギは高精度複製にあり

平尾らはPCR法で超高精度増幅可能な世界初の疎水性塩基対・Px-Dsペアを開発しています[2]。これはPCRサイクル1回あたり99.9%以上という、驚異的な複製精度を誇るものです。

しかしながらこの構造に至る道のりは単純ではありませんでした。人工塩基対の開発を始めたのが1997年。立体障害のある官能基を導入したり、水素結合部位をなくしたり、形状フィッティングを工夫したり・・・地道に改良を続け、なんと10年以上もの年月をかけて行き着いています。

artificialBP_3.gif

構造最適化の概略。[2]をもとに作成

Ds塩基を核酸アプタマーに組み入れる

DNAアプタマー核酸医薬の一種。あるタンパク質に特異的に結合する核酸断片を薬として使おうとするものです。ざっくり言うなら抗体医薬の抗体を核酸に置き換えたものといえるでしょうか。作成に免疫応答を利用する抗体医薬と比べ、一旦配列がわかれば大量・安定・低コスト・短期(2週間から1カ月程度)に合成可能という利点を有しています。

一方で核酸の塩基は4種類しかないため、タンパク質である抗体に比べて取り得る化学構造の多様性に限界がある(=応用範囲が狭く生体分解に弱い)という致命的欠点も知られています。

この欠点を人工塩基の導入で解決してやろう、とするのが今回のお仕事です。

平尾らは、Ds塩基を1~3箇所に組み込んだ人工DNAライブラリ(~40 BPs、約1.8×1014種)を用意し、SELEX法と呼ばれる進化工学的探索法によって疾病関連タンパクに強く結合するDNA鎖を見い出しました。

artificialBP_5.png

(論文[1]より引用)

7回のSELEXサイクルを行った結果、加齢黄斑変性と関わる因子VEGF-165ときわめて強く結合する人工DNAが見いだされてきました(Kd=0.65 pM)。これはすでに日本で承認されている天然型核酸医薬マクジェン(ペガプタニブ)よりも、100倍以上強い結合能です。また最適構造のアプタマ―にはDs基が3つ含まれており、それらをアデニンに置き換えると結合能が大幅に低下することも明らかとなりました。人工塩基Dsならではの機能向上が実証されたのです。

 

展望

核酸アプタマーの医薬応用が思いの外進まない現状に対し、「疎水性の人工塩基を導入する」というアプローチを提示できたことは大きな一歩です。また学術観点からも、人工塩基対を導入することで天然DNAの機能を凌駕しうること、新しいタイプの医薬にもなり得る可能性を実証できたわけですから、大変華やかな成果といえるでしょう。

ただその裏には数多くの塩基分子を合成して試すという、長年にわたる地道な試行錯誤があったことも忘れてはなりません。高精度に機能する人工塩基対を見いだすだけでも、実に小分子医薬探索とほぼ同じ年月を要しているわけですから、探索効率面ではまだまだ課題がありそうです。

しかしPx-Dsペアの報告からさほど間をおかずに報告されていることからしても、良い人工塩基対が見つかってしまえば後続研究は加速度的に進むということなのかも知れません。

今後続々と魅力あるアウトプットが出てくる期待は大いに持ってよさそうです。

 

日本式研究システムならではの成果?

直接の研究内容とは外れますが、以下の平尾TLのコメントからは研究制度と成果の間の、興味深い関係が見いだせると思えました。

 「米国の研究所のライバルに聞くと、主力となるポスドク(博士研究員)が、2~3年で入れ替わることがネックだそうです。人工塩基の研究には有機合成や分子生物学に関する豊富な知識と経験が求められます。それを短期間に身に付けるのは難しいのです。私の研究室には、有機合成や分子生物学の専門家が集まり、腰を据えて基礎研究に取り組んできました。そこが私たちの強みです」([3]より引用)

米国は優秀な人でも場所をどんどん変えていく雰囲気がごく普通です。ポスドクもいち早く成果を上げて次の就職先をゲットすることが念頭にあるため、5年以上かかるビッグテーマを選んでやることは事実上なく、短期でスパっと結果が得られるテーマを選ぶのがスマートとされています。こういった風土は劇的な変化に強いものの、厚く盤石なケミストリーと濃密なノウハウをじっくり築く目的には向かないようにも思われます。

つまり上記の研究に於いては、ひとところでじっくり技術を育てる日本式研究システムに地の利があったと見ることが出来そうです。入れ替わりを激しくすることが必ずしも良い結果を生まない研究領域もある、研究システムや環境にも多様性が必要ということですね。

本報告を契機として、他研究者の参入が加速すれば開発効率は上がっていくかも知れません。ただ日本国外の研究制度も絡む話として捉えるならば、これはこれでなかなか難しいことなのかも・・・と、いろいろ考えることは尽きませんね。

 

関連文献

[1] “Generation of high-affinity DNA aptamers using an expanded genetic alphabet” Hirao, I. et al. Nat. Biotech. 2013, 35, 453. doi:10.1038/nbt.2556

[2] 「人工塩基対の分子設計」, 平尾一郎、TCIメール [PDF]

[3] 「人工DNAで薬を作る」理研ニュース2013年8月号 [PDF]

 

関連書籍

[amazonjs asin=”4062574721″ locale=”JP” title=”DNA (上)―二重らせんの発見からヒトゲノム計画まで (ブルーバックス)”][amazonjs asin=”3642368522″ locale=”JP” title=”DNA and RNA Nanobiotechnologies in Medicine: Diagnosis and Treatment of Diseases (RNA Technologies)”]

 

関連動画


関連リンク

Avatar photo

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. 炭素をBNに置き換えると…
  2. 配位子保護金属クラスターを用いた近赤外―可視光変換
  3. カスケードDA反応による(+)-Pedrolideの全合成ダダダ…
  4. 生きた細胞内でケイ素と炭素がはじめて結合!
  5. 酵素を照らす新たな光!アミノ酸の酸化的クロスカップリング
  6. 対称性に着目したモデルに基づいてナノ物質の周期律を発見
  7. 光誘起電子移動に基づく直接的脱カルボキシル化反応
  8. 自宅での仕事に飽きたらプレゼン動画を見よう

注目情報

ピックアップ記事

  1. 研究室の大掃除マニュアル
  2. 有機合成化学協会誌2019年11月号:英文版特集号
  3. 炊きたてご飯の香り成分測定成功、米化学誌に発表 福井大学と福井県農業試験場
  4. 水素水業界、国民生活センターと全面対決 「断じて納得できません」
  5. 【解ければ化学者】ビタミン C はどれ?
  6. マテリアルズ・インフォマティクスにおける回帰手法の基礎
  7. お茶の水女子大学と奈良女子大学がタッグを組む!
  8. 北川 進 Susumu Kitagawa
  9. リサイクルが容易な新しいプラスチックを研究者が開発
  10. 界面活性剤の市場分析と各社事業戦略について調査結果を発表

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2014年2月
 12
3456789
10111213141516
17181920212223
2425262728  

注目情報

最新記事

粉末 X 線回折の基礎知識【実践·データ解釈編】

粉末 X 線回折 (powder x-ray diffraction; PXRD) は、固体粉末の試…

異方的成長による量子ニードルの合成を実現

第693回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院理学系研究科(佃研究室)の髙野慎二郎 助教にお願…

miHub®で叶える、研究開発現場でのデータ活用と人材育成のヒント

参加申し込みする開催概要多くの化学・素材メーカー様でMI導入が進む一…

医薬品容器・包装材市場について調査結果を発表

この程、TPCマーケティングリサーチ株式会社(本社=大阪市西区、代表取締役社長=松本竜馬)は、医…

X 線回折の基礎知識【原理 · 基礎知識編】

X 線回折 (X-ray diffraction) は、原子の配列に関する情報を得るために使われる分…

有機合成化学協会誌2026年1月号:エナミンの極性転換・2-メチル-6-ニトロ安息香酸無水物(MNBA)・細胞内有機化学反応・データ駆動型マルチパラメータスクリーニング・位置選択的重水素化法

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2026年1月号がオンラインで公開されています。…

偶然と観察と探求の成果:中毒解毒剤から窒素酸化物を窒素分子へ変換する分子へ!

第692回のスポットライトリサーチは、同志社大学大学院理工学研究科(小寺・北岸研究室)博士後期課程3…

嬉野温泉で論文執筆缶詰め旅行をしてみた【化学者が行く温泉巡りの旅】

論文を書かなきゃ!でもせっかくの休暇なのでお出かけしたい! そうだ!人里離れた温泉地で缶詰めして一気…

光の強さで分子集合を巧みに制御!様々な形を持つ非平衡超分子集合体の作り分けを実現

第691回のスポットライトリサーチは、千葉大学大学院 融合理工学府 分子集合体化学研究室(矢貝研究室…

化学系研究職の転職は難しいのか?求人動向と転職を成功させる考え方

化学系研究職の転職の難点は「専門性のニッチさ」と考えられることが多いですが、企業が求めるのは研究プロ…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP