[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

単純なアリルアミンから複雑なアリルアミンをつくる

[スポンサーリンク]

ニッケル触媒を用いた単純なアリルアミンとアルケンの官能基交換による新奇アリルアミン合成法が開発された。従来法で窒素源とされてきた不安定なイミンを用いる必要がないという利点がある。

アリルアミン合成法

アリルアミンは医薬品や農薬などの化合物群のビルディングブロックとして重要な骨格である。古典的なアリルアミンまたはその等価体の合成法として、イミンへのアルケニル有機金属試薬の付加反応や、アリル位へのアジドもしくは二級アミンの求核置換反応が挙げられる。しかしこれらはいずれもアルケンの事前官能基化が必須である。

より直截的なアリルアミン合成法として遷移金属触媒を用いたアルケンまたはアルキンのイミンへの付加反応が盛んに研究されている。2003Jamisonらはニッケル触媒を用いた芳香族ボロン酸やトリアルキルボランとアルキン、イミンの三成分連結反応により多様なアリルアミンを合成できることを報告した(1A)[2]2007Krischeらはイリジウム触媒を用いた水素化を伴うアルキンとイミンのカップリングによりアリルアミンを合成した(1B)[2]

今回の著者である南開大学のZhou教授は2018年にニッケル触媒を用いたスチレン誘導体とイミンのヒドロアルケニル化反応によるアリルアミン合成法を報告している(1C)[3]。著者らは当該反応が可逆反応であることに注目し、複数種のアルケンが存在する場合は生成したアリルアミンとのアルケニル基の交換反応が進行するのではないかと考えた。この仮説をもとに、アルケンと単純なアリルアミンのアルケニル基の交換反応による新奇アリルアミン合成法を開発した(1D)。原料のアリルアミンから生じるアルケンが揮発性であり、反応系外に放出されることが本反応を進行させる鍵である。本手法はこれまで広く用いられてきた不安定なイミンを原料として用いる必要がないという利点がある。

図1. 遷移金属触媒を用いたアリルアミン合成例

“Alkenyl Exchange of Allylamines via Nickel(0)-Catalyzed C–C Bond Cleavage”

Fan, C.; Lv, X.-Y.; Xiao, L.-J.; Xie, J.-H.; Zhou, Q.-L. J. Am. Chem. Soc.2019, 141, 2889.

DOI: 10.1021/jacs.8b13251

論文著者の紹介

研究者:Qi-Lin Zhou (URL:http://zhou.nankai.edu.cn, ケムステ)

1982 蘭州大学 卒業
1987 中国科学技術院 上海有機化学研究所 博士号取得(Yao-Zeng Huang 教授)
1988-1990 華東理工大学(East China University of Science and Technology) 博士研究員(Zheng-Hua Zhu 教授)
1990-1992 マックスプランク高分子研究所 博士研究員(Klaus Müllen 教授)
1992-1994 バーゼル大学 博士研究員(Andreas Pfaltz 教授)
1994-1996 テキサス トリニティ大学 博士研究員(Michael P. Doyle 教授)
1996-1997 華東理工大学 准教授
1997-1999 華東理工大学 教授
1999- 南開大学 教授
研究内容:キラル配位子および触媒的不斉反応の開発、生物活性物質の不斉合成

論文の概要

本反応はNi(cod)2/PCy3触媒存在下、一置換アルケンとアリルアミンをヘキサン中100 °Cで加熱することでアルケニル基同士の官能基交換反応が進行し、二置換アリルアミンをE選択的に与える(2A)

一置換アルケンとしてはスチレン誘導体が適しており、ベンゼン環上に電子供与性および電子求引性置換基、ホウ素やケイ素をもつものでも反応が進行する。ベンゼン環以外にもナフタレン環やフラン環、チオフェン環などが適用できる。脂肪族アルケンを用いた場合でも反応は進行するが、ホモアリルアミンが主生成物となる。また、原料のアリルアミンについてはa位の炭素上に鎖状および環状のアルキル基やトリフルオロメチル基などの置換基をもつものが適用可能である。特筆すべきことに末端に二重結合をもつアルキル基が置換されている場合でも本反応はアリルアミン選択的に進行する。a位炭素上にアリール基をもつ場合は反応性が低下するが、トシルアミドを添加し溶媒をトルエンに変更することで収率が向上した。

中間体の捕捉や重水素化実験などにより、推定反応機構が提唱されている(2B)0価のニッケルにトシルアミドのN–H結合が酸化的付加して二価のニッケル錯体Aを形成する。Aに原料のアリルアミン2が挿入してBとなり、トシルアミドの解離を伴ってアザニッケラサイクルCが形成される。続いてC–C結合の開裂によりDを生じた後、エチレンと一置換アルケン1との配位子交換が進行しEとなり、再度環化することによりアザニッケラサイクルFを形成する。FNi–N結合が開裂することでGを生じ、b水素脱離により二置換アリルアミン3を与えると共にAが再生する。これらの素反応は全て可逆反応であるが、DからEへの配位子交換において原料のアリルアミン由来のエチレンが系外へ放出されることで平衡が生成物側に偏る。

図2. (A) 基質適用範囲 (B) 推定反応機構

 

以上のように単純なアリルアミンからより複雑な二置換アリルアミンを合成する手法が開発された。本法がより多置換のアリルアミン合成や不斉アリル化反応へ展開されることを期待したい。

 参考文献

  1. Patel, S. J.; Jamison, T. F. Angew. Chem., Int. Ed.2003,42, 1364. DOI: 10.1002/anie.200390349
  2. Barchuk, A.; Ngai, M.-Y.; Krische, M. J. J. Am. Chem. Soc.2007, 129, 8432. DOI: 10.1021/ja073018j
  3. Xiao, L.-J.; Zhao, C.-Y.; Cheng, L.; Feng, B.-Y.; Feng, W.-M.; Xie, J.-H.; Xu, X.-F.; Zhou, Q.-L. Angew. Chem., Int. Ed. 2018,57, 3396. DOI: 10.1002/anie.201713333

webmaster

投稿者の記事一覧

Chem-Station代表。早稲田大学理工学術院教授。専門は有機化学。主に有機合成化学。分子レベルでモノを自由自在につくる、最小の構造物設計の匠となるため分子設計化学を確立したいと考えている。趣味は旅行(日本は全県制覇、海外はまだ20カ国ほど)、ドライブ、そしてすべての化学情報をインターネットで発信できるポータルサイトを作ること。

関連記事

  1. 歪んだアルキンへ付加反応の位置選択性を予測する
  2. この窒素、まるでホウ素~ルイス酸性窒素化合物~
  3. 誤解してない? 電子の軌道は”軌道”では…
  4. 空気下、室温で実施可能な超高速メカノケミカルバーチ還元反応の開発…
  5. 微少試料(1 mg)に含まれる極微量レベル(1 アトグラム)の放…
  6. プロトン共役電子移動を用いた半導体キャリア密度の精密制御
  7. 『主鎖むき出し』の芳香族ポリマーの合成に成功 ~長年…
  8. フェネストレンの新規合成法

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. パラジウム価格上昇中
  2. MSI.TOKYO「MULTUM-FAB」:TLC感覚でFAB-MS測定を!(1)
  3. ストックホルム国際青年科学セミナー参加学生を募集開始 ノーベル賞のイベントに参加できます!
  4. 環状ビナフチルオリゴマーの大きさが円偏光の向きを変える
  5. 焦宁 Ning Jiao
  6. カルベンで炭素ー炭素単結合を切る
  7. 最新の電子顕微鏡法によりポリエチレン分子鎖の向きを可視化することに成功
  8. ハッピー・ハロウィーン・リアクション
  9. 京大融合研、産学連携で有機発光トランジスタを開発
  10. シンクロトロンで実験してきました【アメリカで Ph.D. を取る: 研究の非日常の巻】

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2019年4月
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
2930  

注目情報

最新記事

カルボン酸β位のC–Hをベターに臭素化できる配位子さん!

カルボン酸のb位C(sp3)–H結合を直接臭素化できるイソキノリン配位子が開発された。イソキノリンに…

【12月開催】第十四回 マツモトファインケミカル技術セミナー   有機金属化合物 オルガチックスの性状、反応性とその用途

■セミナー概要当社ではチタン、ジルコニウム、アルミニウム、ケイ素等の有機金属化合物を“オルガチッ…

保護基の使用を最小限に抑えたペプチド伸長反応の開発

第584回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院 薬学系研究科 有機合成化学教室(金井研究室)の…

【ナード研究所】新卒採用情報(2025年卒)

NARDでの業務は、「研究すること」。入社から、30代・40代・50代……

書類選考は3分で決まる!面接に進める人、進めない人

人事担当者は面接に進む人、進まない人をどう判断しているのか?転職活動中の方から、…

期待度⭘!サンドイッチ化合物の新顔「シクロセン」

π共役系配位子と金属が交互に配位しながら環を形成したサンドイッチ化合物の合成が達成された。嵩高い置換…

塩基が肝!シクロヘキセンのcis-1,3-カルボホウ素化反応

ニッケル触媒を用いたシクロヘキセンの位置および立体選択的なカルボホウ素化反応が開発された。用いる塩基…

中国へ行ってきました 西安・上海・北京編①

2015年(もう8年前ですね)、中国に講演旅行に行った際に記事を書きました(実は途中で断念し最後まで…

アゾ重合開始剤の特徴と選び方

ラジカル重合はビニルモノマーなどの重合に用いられる方法で、開始反応、成長反応、停止反応を素反応とする…

先端事例から深掘りする、マテリアルズ・インフォマティクスと計算科学の融合

開催日:2023/12/20 申込みはこちら■開催概要近年、少子高齢化、働き手の不足の影…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP