[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

祝ふぐ!新たなtetrodotoxinの全合成

[スポンサーリンク]

Tetrodotoxinの簡便な全合成が報告された2つの反応、分子内1,3-双極子付加環化反応とRu触媒によるヒドロキシラクトン化がこの難関天然物攻略の鍵となった。

Tetrodotoxin(TTX)の合成研究

フグから単離された海洋天然物(–)-tetrodotoxin(1)は、電位依存性ナトリウムチャネルを遮断する神経毒である。一方で、その作用を活用した治療薬の開発が期待される[1]1はジオキサアダマンタンを主骨格とした四環式構造をもち、高度にヘテロ官能基化されている。そのため、合成化学者にとってもその力量を試す「格好の題材」である[2]。しかし1972年にらが初の全合成を報告して以降、その合成の難解さから30年間合成報告はなかった(図1A)。21世紀に入り磯部、Du Boisらが各々不斉全合成を矢継ぎ早に報告し、以後10例以上の合成法が報告されている(形式合成も含む)。過去の合成例を俯瞰すると、1の合成の最大の難関は立体障害の大きなC8a位への窒素原子の導入とC9、C10位でのα-ヒドロキシラクトンの形成と考えられる。もちろん、連続した不斉点をもつシクロヘキサン骨格の構築に多工程を要する。

論文の概要

今回Traunerらは上述の課題を攻略し、1の短工程全合成を報告した(図 1B)。まず、C8a位への窒素原子の導入とシクロヘキサン骨格の構築を、グルコース誘導体2から8工程で合成した、ニトリルオキシド3の分子内1,3-双極子付加環化反応により試みた。得られたイソキサゾリン4へのアセチレン付加とN–O均等開裂により、C8a位にアミンが導入されたシクロヘキサン5を得ることに成功した。次なる課題はジオキサアダマンタン骨格の前駆体となるα-ヒドロキシラクトンの形成である。彼らは、アルキンとC5位のヒドロキシ基の環化に続く生じたオレフィンの酸化のワンポット化に挑戦した。その結果、Ru触媒により5から一挙にヒドロキシラクトン6へと誘導することに成功した。続く官能基変換とC4a位エピメリ化(後述)により1の全合成を22工程、総収率11%で達成した。

“A Concise Synthesis of Tetrodotoxin”
Konrad, D. B.; Rühmann, K.-P.; Ando, H.; Hetzler, B.; Houk, K. N.; Matsuura, B. S.; Trauner, D.
Science 2022, 377, 411–415. DOI:  10.1126/science.abn0571

図1. (A)過去の1の全合成 (B)Traunerらによる1の合成

本論文の鍵反応の1つであるヒドロキシラクトン化と優れた手法であるC4a位のエピメリ化について詳細を述べる。彼らが当初提案したヒドロキシラクトン化法は失敗に終わった(詳しくは論文参照)。そこでTrost、McDonaldらによる末端アルキンの酸化的環化異性化反応と、Blechertらが報告したオレフィンのケトヒドロキシル化に着目した[3][4][5]。まず、C10位に末端アルキンとC5位にヒドロキシ基をもつ5をRu(II)触媒を用いた環化異性化反応によりオレフィン7とした(図 2A)。続いてオキソンにより系中でRuを酸化し、ケトヒドロキシル化を進行させヒドロキシラクトン6を得た。つまり、系中でRuの酸化数を調節することで、課題となるヒドロキシラクトン化をワンポットで達成した。

またエピメリ化について、過去の1の全合成ではC4aの不斉中心を合成初期に構築している。しかし、Traunerらはあえて、逆の立体化学をもつ8からイミン–エナミン互変異性とsyn–ペンタン相互作用から生じる熱力学的安定性を利用した。そして合成の最終工程で8のエピメリ化により、1とTTX類縁体9を得た(図 2B)。なおこのC4a位の立体配置は、イソキサゾリン4(図1B)へのアセチレンの付加をconvex面から誘導し、C8a位に目的の立体化学を導入するのに有効であった。これは、エピメリ化前の立体配座を利用した巧みな合成戦略である。

 

図2. (A)ヒドロキシラクトン化 (B)エピメリ化

論文著者の紹介

研究者 : Dirk Trauner

研究者の経歴

1995 B.S., Free University of Berlin, Germany
1996–1997 Ph.D., University of Vienna, Austria (Prof. Johann Mulzer)
1998–2000 Postdoc, Memorial Sloan-Kettering Cancer Center, USA (Prof. Samuel J. Danishefsky)
2000–2010 Assistant and Associate Professor, the University of California, Berkeley, USA
2008–2017 Professor, Ludwig Maximilian University of Munich, Germany
2017–2021 Professor, New York University, USA
2021– Professor, University of Pennsylvania, USA

研究内容 : 神経科学、光薬理学、化学合成、天然物化学、ナノスレッド

参考文献

  1. Moczydlowski, E. G. The Molecular Mystique of Tetrodotoxin Toxicon 2013, 63, 165–183. DOI: 1016/j.toxicon.2012.11.026
  2. Nishikawa, T.; Isobe, M. Synthesis of Tetrodotoxin, Classic but Still Fascinating Natural Product. Rec. 2013, 13, 286–302. DOI: 10.1002/tcr.201200025
  3. Trost, B. M.; Rhee, Y. H. Ruthenium-Catalyzed Cycloisomerization-Oxidation of Homopropargyl Alcohols. A New Access to γ-Butyrolactones. J. Am. Chem. Soc. 1999, 121, 11680–11683. DOI: 10.1021/ja992013m
  4. McDonald, F. E.; Reddy, K. S.; Díaz, Y. Stereoselective Glycosylations of a Family of 6-Deoxy-1,2-glycals Generated by Catalytic Alkynol Cycloisomerization. J. Am. Chem. Soc. 2000, 122, 4304–4309. DOI: 10.1021/ja994229u
  5. Zacuto, M. J.; Tomita, D.; Pirzada, Z.; Xu, F. Chemoselectivity of the Ru-Catalyzed Cycloisomerization Reaction for the Synthesis of Dihydropyrans; Application to the Synthesis of L-Forosamine. Org. Lett. 2010, 12, 684–687. DOI: 10.1021/ol9026667

関連記事

山口 研究室

投稿者の記事一覧

早稲田大学山口研究室の抄録会からピックアップした研究紹介記事。

関連記事

  1. とある化学者の海外研究生活:スイス留学編
  2. 細胞懸濁液をのせて、温めるだけで簡単に巨大ながんスフェロイドがで…
  3. シリコンバレーへようこそ! ~JBCシリコンバレーバイオ合宿~
  4. 創薬に求められる構造~sp3炭素の重要性~
  5. 2017年の注目分子はどれ?
  6. 【書籍】りょうしりきがく for babies
  7. セルロースナノファイバーの真価【オンライン講座】
  8. 条件最適化向けマテリアルズ・インフォマティクスSaaS 「miH…

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. ナイロンに関する一騒動 ~ヘキサメチレンジアミン供給寸断
  2. NaHの水素原子の酸化数は?
  3. 兵庫で3人が農薬中毒 中国産ギョーザ食べる
  4. プラスチックを簡単に分解する方法の開発
  5. 目指せ化学者墓マイラー
  6. キラルな八員環合成におすすめのアイロン
  7. 山元公寿 Kimihisa Yamamoto
  8. SciFinder Future Leaders in Chemistry 2015に参加しよう!
  9. トムソン:2008年ノーベル賞の有力候補者を発表
  10. 抗菌目薬あす発売 富山化学工業 国内初の小児適用

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2022年10月
 12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31  

注目情報

最新記事

実験条件検討・最適化特化サービス miHubのメジャーアップデートのご紹介 -実験点検討と試行錯誤プラットフォーム-

開催日:2023/12/13 申し込みはこちら■開催概要近年、少子高齢化、働き手の不足の…

カルボン酸β位のC–Hをベターに臭素化できる配位子さん!

カルボン酸のb位C(sp3)–H結合を直接臭素化できるイソキノリン配位子が開発された。イソキノリンに…

【12月開催】第十四回 マツモトファインケミカル技術セミナー   有機金属化合物 オルガチックスの性状、反応性とその用途

■セミナー概要当社ではチタン、ジルコニウム、アルミニウム、ケイ素等の有機金属化合物を“オルガチッ…

保護基の使用を最小限に抑えたペプチド伸長反応の開発

第584回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院 薬学系研究科 有機合成化学教室(金井研究室)の…

【ナード研究所】新卒採用情報(2025年卒)

NARDでの業務は、「研究すること」。入社から、30代・40代・50代……

書類選考は3分で決まる!面接に進める人、進めない人

人事担当者は面接に進む人、進まない人をどう判断しているのか?転職活動中の方から、…

期待度⭘!サンドイッチ化合物の新顔「シクロセン」

π共役系配位子と金属が交互に配位しながら環を形成したサンドイッチ化合物の合成が達成された。嵩高い置換…

塩基が肝!シクロヘキセンのcis-1,3-カルボホウ素化反応

ニッケル触媒を用いたシクロヘキセンの位置および立体選択的なカルボホウ素化反応が開発された。用いる塩基…

中国へ行ってきました 西安・上海・北京編①

2015年(もう8年前ですね)、中国に講演旅行に行った際に記事を書きました(実は途中で断念し最後まで…

アゾ重合開始剤の特徴と選び方

ラジカル重合はビニルモノマーなどの重合に用いられる方法で、開始反応、成長反応、停止反応を素反応とする…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP