[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

BO triple bond

[スポンサーリンク]

筆者が個人的に好きな基礎化学研究の中に「新しい結合の創生」があります。
シンプルゆえに成果そのもののインパクトも大きいとは思いますが、なにより
「そのシンプルな成果に辿り着くまでのストーリー」が、その研究者の研究歴、そう研究者の背後から垣間見えてくることが、非常に面白い。

 

 

このような研究成果は「ある日偶然生まれる」セレンディピティタイプと言うよりも、試行錯誤やちょっとしたアイディアで辿り着くもの。また、今後役に立つか立たないか可能性は未知数であり、将来的な展開にも興味がそそられます。

 

さて、最近いくつか新しい結合が相次いで報告されていますが、その中から最もシンプルなホウ素-酸素三重結合についての論文がScienceに報告されたので紹介します。

Holger Braunschweig,* Krzysztof Radacki, Achim Schneider Science 328, 345 (2010);DOI: 10.1126/science.1186028

ドイツのHolger Braunschweigらグループ[1]は、Pt錯体とBr2B(OSiMe3)という極めて単純な化合物の組み合わせからBO三重結合の合成に成功しています[2](下図)。(単純と言いましたが、筆者は経験的にBr2B(OSiMe3)が曲者であることも知っています)

2015-11-01_18-01-07

 

 

以下、関連分野の方の為に、細かい点をポイントだけ抑えて紹介します
——————————————————————————————————————————-
B-Br結合がPtに酸化的付加した後、Me3SiBrの脱離が進行しています。
Me3SiBrの脱離は付加反応と平衡状態にあることから、「溶媒及びMe3SiBrの除去→溶媒を加える」を繰り返すことで最終的に目的物 2のみを得ることが出来ています。

この辺り、何が起こりえるのかイメージできるセンスがないと、スペクトルだけからでは間違った判断をしかねない所だと思います。(ホウ素NMRは濃いサンプルでしか観測できなかったと述べられていますし)。その11B NMR、1が32ppmに対し 2は少し高磁場シフトして17ppm。

そして気になるBO結合長さは1.205(7)Aと、B=Oと比較すると7.2%の短縮とのこと。
IRでは1853と1797 cm?1(ホウ素は10B:11B = 20:80の同位体が存在するため)に、BO伸縮振動に帰属されるシグナルを観測しています。
また理論計算では、ホウ素-酸素間に二つのπ結合性軌道の存在を支持する結果が得られています(下図)。

 

2015-11-01_18-03-19

(画像:Science誌より)
——————————————————————————————————————————-

とまぁ、これだけしっかり考察されていると、誰もその三重結合性を疑わないと思います。

余談ですが、新しい多重結合ができると、その多重結合性については必ず議論になります。
ご存知の方も多いかと思いますが、かつてRobinsonがGa≡Gaを初めて合成したという論文を発表した際[3]、「ほんとにそれは三重結合と呼べるのか?!」と世界中で物議を醸し出したことがありました。理論計算等による視点から、Robinsonの成果に否定的な論文やそれに応える形の論文が次々とJACSやAngewを含む多くのジャーナルに掲載され、C&E NEWSでは「Gallium ‘Triple Bonds’ Under Fire」というタイトルの記事まで書かれました[4]。
(筆者は、真実を追究するために多くの議論があることはとても良いことだと思いますが、当時「人種差別も含まれているのでは」と言う噂が出たことと、それにとても不快感を感じたのを覚えています)。

さて、これほど単純な反応で合成されたBO三重結合ですが、どうしてこれまでに合成できなかったのでしょうか。
それは、電気陰性度の差(ホウ素 2.04: 酸素 3.44)から、簡単に多量化(環化)が進行してしまうため、単量体として単離するには何かしら「技」が必要だったんですね。

Braunschweigらは、嵩高いP(Cy)3を二つ用つPt錯体を利用することでBOを立体的に保護しています。また、BOπ電子に対するPt上d電子の相互作用も安定化に貢献していることがMOから解ります。結果的に、2はHg/Xeランプ照射や、ベンゼン中/100℃で24時間加熱しても安定とのこと。
こんなにも化学的性質が変わるもんなんですねー。

過去の論文をさかのぼって見てみると、Braunschweigらは10年以上前から様々なタイプのホウ素-遷移金属錯体を合成しています。
その流れの中から、今回の反応へと辿り着くためには「不安定と報告されていたBr2B(OSiMe3)を使いこなす」という、ちょっとしたひらめき&挑戦が必要だったのだろうと、筆者は感じています。

出来てしまえば、なんてことは無い単純な試薬や反応でも、それを思いつくことができるかどうかで研究の流れや価値は180度変わります。
それは「どこか・いつか」の話ではなくて、もしかしたら「今日」皆さんが扱っている実験の中で活かされることかもしれません。

最後に、研究成果も素晴らしいですが、こういう側面を学びながら論文を見る目を養うことも、日常でできる重要な訓練かと思います。日本で研究していた頃は気付きませんでしたが、筆者はアメリカで研究していて、同僚と論文についてディスカッションする度に、人それぞれいろんな論文の見方をしているんだなと感じる場面に数多く出くわします。同じ論文を読んでも、自分と同じ様に解釈しているんだなと勝手に決め込まずに、いろいろ話してみるのはいいことだと思います。

 

引用文献

[1] (a) ‘Oxoboryl Complexes: Boron?Oxygen Triple Bonds Stabilized in the Coordination Sphere of Platinum ‘ DOI: 10.1126/science.1186028
(b) C&E NEWS
[2] Holger Braunschweig’s Group
[3] J Am Chem Soc (1997, 119, 5471) DOI: 10.1021/ja9700562
[4] GALLIUM ‘TRIPLE BONDS’ UNDER FIRE(C&E NEWS

 

関連記事

  1. 2014年ノーベル化学賞・物理学賞解説講演会
  2. 【追悼企画】世のためになる有機合成化学ー松井正直教授
  3. 薬物耐性菌を学ぶーChemical Times特集より
  4. 第8回慶應有機化学若手シンポジウム
  5. 常温・常圧で二酸化炭素から多孔性材料をつくる
  6. 第23回日本蛋白質科学年会 企画ワークショップ『反応化学の目から…
  7. アメリカ大学院留学:TAの仕事
  8. 「有機合成と生化学を組み合わせた統合的研究」スイス連邦工科大学チ…

注目情報

ピックアップ記事

  1. パラジウム触媒の力で二酸化炭素を固定する
  2. 保護により不斉を創る
  3. 試薬会社にみるノーベル化学賞2010
  4. 有機反応を俯瞰する ーMannich 型縮合反応
  5. 社会人7年目、先端技術に携わる若き研究者の転職を、 ビジョンマッチングはどう成功に導いたのか。
  6. 9,10-Dihydro-9,10-bis(2-carboxyethyl)-N-(4-nitrophenyl)-10,9-(epoxyimino)anthracene-12-carboxamide
  7. ペロブスカイト太陽電池開発におけるマテリアルズ・インフォマティクスの活用
  8. ピニック(クラウス)酸化 Pinnick(Kraus) Oxidation
  9. 三員環内外に三連続不斉中心を構築 –NHCによる亜鉛エノール化ホモエノラートの精密制御–
  10. 岩塩と蛍石ユニットを有する層状ビスマス酸塩化物の構造解析とトポケミカルフッ化反応によるその光触媒活性の向上

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2010年5月
 12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31  

注目情報

最新記事

HPLCをPATツールに変換!オンラインHPLCシステム:DirectInject-LC

これまでの自動サンプリング技術多くの製薬・化学メーカーはその生産性向上のため、有…

MEDCHEM NEWS 34-4 号「新しいモダリティとして注目を浴びる分解創薬」

日本薬学会 医薬化学部会の部会誌 MEDCHEM NEWS より、新たにオープン…

圧力に依存して還元反応が進行!~シクロファン構造を活用した新機能~

第686回のスポットライトリサーチは、北海道大学大学院理学研究院化学部門 有機化学第一研究室(鈴木孝…

第58回Vシンポ「天然物フィロソフィ2」を開催します!

第58回ケムステVシンポジウムの開催告知をさせて頂きます!今回のVシンポは、コロナ蔓延の年202…

第76回「目指すは生涯現役!ロマンを追い求めて」櫛田 創 助教

第76回目の研究者インタビューは、第56回ケムステVシンポ「デバイスとともに進化する未来の化学」の講…

第75回「デジタル技術は化学研究を革新できるのか?」熊田佳菜子 主任研究員

第75回目の研究者インタビューは、第56回ケムステVシンポ「デバイスとともに進化する未来の化学」の講…

第74回「理想的な医薬品原薬の製造法を目指して」細谷 昌弘 サブグループ長

第74回目の研究者インタビューは、第56回ケムステVシンポ「デバイスとともに進化する未来の化学」の講…

第57回ケムステVシンポ「祝ノーベル化学賞!金属有機構造体–MOF」を開催します!

第57回ケムステVシンポは、北川 進 先生らの2025年ノーベル化学賞受賞を記念して…

櫛田 創 Soh Kushida

櫛田 創(くしだそう)は日本の化学者である。筑波大学 数理物質系 物質工学域・助教。専門は物理化学、…

細谷 昌弘 Masahiro HOSOYA

細谷 昌弘(ほそや まさひろ, 19xx年xx月xx日-)は、日本の創薬科学者である。塩野義製薬株式…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP