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スポットライトリサーチ

岩塩と蛍石ユニットを有する層状ビスマス酸塩化物の構造解析とトポケミカルフッ化反応によるその光触媒活性の向上

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第412回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院 工学研究科物質エネルギー化学専攻 陰山研究室の加藤 大地 (かとう だいち)助教にお願いしました。

陰山研究室では、遷移金属酸化物をベースとした新物質開発を行っており、低温還元法による新たな配位状態を持つ鉄酸化物の合成や複合アニオン化合物の創製と機能開拓などのテーマに取り組んでいます。本プレスリリースの研究成果は、Bi12O17Cl2 というビスマス酸塩化物についてで、この化合物は環境浄化や人工光合成など様々な用途に対して高い光触媒活性を示すことからここ数年で活発な研究がなされています。しかしながら結晶構造が未解明であるため触媒の活性向上が阻まれていました。そこで本研究では、電子顕微鏡、X 線および中性子回折、単結晶 X 線回折など様々な解析手法を組み合わせることで結晶構造を明らかにしました。そして得られたた結晶構造の知見を元に、低温でBi12O17Cl2にフッ素挿入反応を行い、より光触媒活性が高いBi12O17-0.5xFxCl2 (4 ≤ x ≤ 6)の合成に成功しました。

この研究成果は、「Advanced Functional Materials」誌およびプレスリリースに公開されています。

Bi12O17Cl2 with a Sextuple Bi-O Layer Composed of Rock-Salt and Fluorite Units and its Structural Conversion through Fluorination to Enhance Photocatalytic Activity

Daichi Kato, Osamu Tomita, Ryky Nelson, Maria A. Kirsanova, Richard Dronskowski, Hajime Suzuki, Chengchao Zhong, Cédric Tassel, Kohdai Ishida, Yosuke Matsuzaki, Craig M. Brown, Koji Fujita, Kotaro Fujii, Masatomo Yashima, Yoji Kobayashi, Akinori Saeki, Itaru Oikawa, Hitoshi Takamura, Ryu Abe, Hiroshi Kageyama, Tatiana E. Gorelik, Artem M. Abakumov

DOI: doi.org/10.1002/adfm.202204112

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

本研究では、光触媒として知られていた酸塩化物Bi12O17Cl2の構造解析を行い、蛍石型構造に似た構造を持つ蛍石層の中に(図の水色の部分)、部分的に岩塩型構造に似た構造を持つ岩塩ユニット(図のオレンジの部分)が内包されることで、波打った構造を有することを見出しました。加えて、フッ素を挿入する反応を行い、岩塩ユニットと蛍石ユニットの複合パターンを変化させ、構造を平坦化させることで光触媒活性を大幅に向上させることに成功しました。

NaCl(塩化ナトリウム)に代表される岩塩型構造とCaF2(フッ化カルシウム)に代表される蛍石型構造は、無機固体において最も基本的な構造です。また、岩塩構造の層(岩塩層)をもつ化合物や蛍石型構造の層(蛍石層)をもつ化合物も数多く知られています。しかし、今回の我々が発見したBi12O17Cl2のように、2つの基本構造が1つの層内に共存し、しかもその配列パターンを化学反応により制御した例はこれまでありません。本成果は、無機固体の新しい構造の構築と制御法を示したものであり、今後、この2つの基本構造を自在に組み合わせることが可能になれば、新しい機能性材料の開発につながることが期待できます。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

Bi12O17Cl2の結晶構造をもとに、フッ素挿入反応を行った点です。Bi12O17Cl2の構造中には、層の波打ちが存在します。光触媒の観点からは、電子がスムーズに移動した方がいいのですが、構造の波打ちは電子の移動を妨げることになるので好ましくないであろうと考えました。そこで、結晶構造をマジマジと眺めて、構造中の陰イオンの数を変えれば層の波打ちが変化すると予想しました。当初はBi3+に価数の違うカチオンの置換を試みましたが、思うようにいきませんでした。最終的に、陽イオンの置換ではなく、別の陰イオン(フッ素)の挿入に思い至り、狙い通り層の平坦化に成功し、実際に電子の移動度が向上しました。

フッ素化反応前後での Bi–O(–F)層の構造変化の模式図。(出典:JSTプレスリリース)

(a) 酢酸分解に対する光触媒活性、Bi12O17-0.5xFxCl2のフッ素量 x が増えるに従って、光触媒活性が大幅に向上。(b)フッ素化前後の光伝導度。(出典:JSTプレスリリース)

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

今回扱った物質は、非常に大きな格子をもった複雑な構造を有しているので、構造解析には苦労しました。フッ素化後の構造では、合成当初は岩塩構造のユニットが完全に消失していると思い込んでいたので、最初に組み立てた構造モデルで全くX線回折パターンがフィットせず悩みました。中性子回折測定も併用し、複数の構造モデルを試していくうちに、蛍石ユニットと岩塩ユニットのユニットが積層方向に交互に現れる構造に再配列が起こっているという結論に辿り着きました。

(a) Bi12O17Cl2の電子顕微鏡像。 (b) 本研究で明らかとなったBi12O17Cl2の結晶構造。(c) c 軸方向から見た BiO2.25ブロック。(出典:JSTプレスリリース)

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

これからも誰かの目を引くような面白い新物質を作っていきたいと思います。

有機化学や錯体化学では、官能基や配位子を自在に入れ替えて、物質を設計しているイメージがありますが、固体化学では一つの陰イオン(配位子や官能基に相当)を交換することさえ中々難しいです。これは一般的な固体の合成が、高温焼成(~1000˚C)によって行うので、一番安定な原子の配列に勝手に落ち着いてしまうためです。狙った構造や組成を一つ得るのすらチャレンジングですが、逆に達成できたときの喜びも格別に感じます。

最近では理論による物質探索も取り入れて、合理的な物質設計を目指して頑張っています。いつか、思い通りに新物質が設計できる日を目指して研究を続けて行きたいです。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

本研究は数多くの共同研究者の方々の協力によって始めて実を結んだものです。共著者の数は22名と、個人的に最多の論文となりました。国籍や分野の違う方々との議論するのは非常に楽しいと思う反面、考えをまとめて整理するのが難しかったです。ただ、その甲斐もあって面白い研究になったと思っています。指導してくださった陰山洋教授をはじめ、一緒に研究に携わって頂いた方々にこの場を借りて感謝申し上げたいと思います。

また、このような貴重な機会を与えてくださったChem-Stationスタッフの方々にも深く感謝申し上げます。

研究者の略歴

名前:加藤 大地 (かとう だいち)

所属:京都大学大学院 工学研究科 物質エネルギー化学専攻 陰山研究室

テーマ: 新規複合アニオン化合物の合成

略歴:

平成24年3月31日       東大寺学園高等学校卒業

平成24年4月1日        京都大学工学部工業化学科入学

平成28年3月24日       同上卒業

平成28年4月1日        京都大学大学院工学研究科物質エネルギー化学専攻 修士課程入学

平成30年3月23日       同上修了

平成30年4月1日       京都大学大学院工学研究科物質エネルギー化学専攻 博士後期課程進学

平成30年4月 日本学術振興会特別研究員(DC1)(京都大学工学研究科)

令和2年11月24日  京都大学大学院工学研究科物質エネルギー化学専攻 博士後期課程修了

令和2年12月–現在       京都大学工学研究科物質エネルギー化学化学専攻 助教

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ただの会社員です。某企業で化学製品の商品開発に携わっています。社内でのデータサイエンスの普及とDX促進が個人的な野望です。

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