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アメリカ大学院留学:TAの仕事

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私がこれまでの留学生活で経験した一番の挫折は、ティーチングアシスタント(TA)です。慣れない英語で大学レベルの化学を教えるというTAの仕事は、コースワークや研究以上に大変でした。今回は、アメリカ大学院のTAの概要と、実際に私が経験したTAの様子について綴りたいと思います。

1. アメリカ大学院のTAについて

アメリカのPhD課程に入ると、学生は授業料を払う必要がなく、さらに大学が年間300万円程度の生活費を支給してくれる、というのが一般的です。その代わりに、学生にはTAやRAの仕事をこなす義務があります。TAの内容は、大学や学科によっていろいろ違いがありますが、私の大学のTAの概要は以下の通りです。

  • 化学科の学生は、大学院1年目から2年目の1学期まで、各学期に1授業のTAを受け持つ。(秋・冬・春・秋学期の4回分)
  • 大学外から奨学金を受けている場合、その額に応じて上記の一部または全部が免除される。
  • 上記に加えて、3年目以降にも自分の研究室の教授からTAを任される場合がある。

私の大学の場合、大学院生の生活費や授業料は、大学院1-2年目は学科が、3年目以降は所属研究室が負担することになっているため、3年目以降にTAを任されるかどうかは、教授の意向によって決まります。共有機器の管理担当などの仕事を、RAとして任されるケースもあります。

大学外部から奨学金を受けている学生は、その分だけ大学からの生活費が減らされるのが一般的で、その場合、TAの仕事量は大学からもらう生活費の額に応じて決められます(図1)。

図1. 大学から支給される生活費とTAの仕事量。

2. 実際に経験したTAの様子(講義TA)

TAの種類は、主に「講義TA」と「実験TA」の2種類に分かれます。講義TAでは、教授が行う講義形式の授業を手伝います。私は、入学直後の1学期に、学部生の必修科目である「基礎化学I」のTAを担当しました。

新入生オリエンテーションが終わり、研究室選びや授業履修について思案していると、’head TA’という人からメールが届き、「あなたは今学期の基礎化学IのTAに割り当てられたので、来週火曜日のTAミーティングに来てください」と伝えられました。ミーティングに参加すると、他にも15人程度の学生が来ており、学部生250人程度が履修する授業を、教授1人・講義スタッフ(head TA)1人・学生TA 15人で担当するということを知らされました。与えられたTAの仕事は以下の通りです。

  • 復習授業(週1回、1時間、学生15人程度を担当)
  • 大講義室での復習授業(学期1回、1時間、学生100人程度を担当)
  • オフィスアワー(週1回、1時間)
  • 宿題や試験問題の作成と採点
  • TAミーティングに出席(週1回)
  • メールによる質問対応
  • 教授の講義に出席し、講義内容を把握

授業の形式は、月・火曜日に教授の講義(各1時間)、木曜日にTAによる復習授業(1時間、学生は任意参加)となっていました。TAの仕事で一番大変だったのは、この復習授業です。復習授業では、学生TAが、自分の担当の15人程度の学部生を相手に、小さな講義室で授業をします。毎週、head TAが復習授業で使う配布資料(図2)を用意してくれるので、その内容を元に、黒板を使って授業をします。

図2. 復習授業での配布資料の一部。

黒板を使っての授業は、研究のプレゼンとはかなり違い、とても大変でした。板書を適度な速さで行いつつ、話す内容や英語表現を考えながら、1人で講義を進めなければなりません。学生から(もちろん英語で)質問が来ることもあります。私は毎週、復習授業の前日に一日かけて内容を予習し、英語で話す練習もしましたが、結局満足のいく授業は一度もできませんでした。

さらに、学期に1回、大教室で100人以上の学生を相手に講義をするという仕事もありました。この講義も板書形式で、head TAからは講義のテーマだけを伝えられ、授業内容や配布資料は全て自分で準備しなければなりませんでした。自分の研究やコースワークの合間を縫って、できる限り準備をしましたが、本番はやはり大失敗で、学生からの質問にもうまく答えられず、とても惨めな気持ちになりました。

復習授業以外にも、宿題の問題を作ったり、週末に3-4時間かけて採点を行ったりと、1学期中はTAの仕事に追われてコースワークや研究に全然集中できず、大きな挫折と不安を感じました。

3. 学科の柔軟な対応

私は、TAの仕事がとても大変で、正直やっていけるかどうか不安だったので、学期中にhead TAや学科スタッフに相談に行きました。「留学生で英語に不慣れなため、復習授業の準備や宿題作成に多大な時間がかかる」という事情を説明すると、スタッフも理解を示してくれ、採点などの仕事を軽減してくれました。

また、私の相談をきっかけに、head TAは、他のTAが仕事を負担に感じていないか調査をしました。すると、私と同じようにTAの仕事をこなしきれないと不安を抱える学生もおり、TA間で仕事が適切に分配されていないことが分かりました。入学1学期目にして早々、「TAがこなせない」と訴えることは決まり悪く、勇気が要りましたが、結果として他のTAの仕事量も改善することができたので、相談して良かったと思いました。

ちなみに、私が割り当てられた科目のTAは、学科の中でも一番大変という評判らしく、アメリカでのTAが全て同じように大変というわけではないかもしれません。実際、他の科目の講義TAではオフィスアワーと採点のみ、ということもありました。また、私の研究室の場合、2年目以降はTAを任されることが無いので、1年目の苦労を乗り越えた今は、研究のみに集中できています。

4. おわりに

上記ではTAの大変さばかりについて書きましたが、TAとして教える立場になることで、基礎化学をより深く理解できるという利点もありました。人前で話すとなると、より正確に分かりやすく説明をしなければならないので、学ぶモチベーションにもなりました。日本の大学では、学部・大学院を通してTAをする機会は少ないように思いますが、TA本人の学びに加えて、授業を受ける学生側にも身近なサポートを得られるという利点があるので、もっとTA制度が整えば良いと思います。次回は、「講義TA」とは違う「実験TA」の経験についても書きたいと思います。

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アメリカの製薬企業の研究員。抗体をベースにした薬の開発を行なっている。
就職前は、アメリカの大学院にて化学のPhDを取得。専門はタンパク工学・ケミカルバイオロジー・高分子化学。

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