[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

ヒドラジン

[スポンサーリンク]

 

ロケット燃料や衛星の姿勢制御の為の燃料に使われているヒドラジン(H2NNH2)、ご存知のとおり、有機無機さまざまな化合物に対して還元性が非常に高いため、還元目的以外の反応に利用するとなると、反応の制御には工夫を要することが多くなります。

少し前ですが、パラジウム触媒を用いたAr-Cl(or Ar-OTs)とヒドラジンのカップリング反応がAngew誌に報告されていたので紹介したいと思います。

Rylan J. Lundgren and Mark Stradiotto
Angew. Chem. Int. Ed. 2010, 49, 8686-8690, DOI: 10.1002/anie.201003764.

 

ざっくり、どうしてH2NNH2を使ったPd触媒-カップリング反応が難しいのかを説明すると、

(1)原料のAr-Clが脱塩化水素&水素化によりAr-Hになる
(2)鍵中間体である二価のPd(II)がPd(0)に還元されてしまう
(3)生成物が三つのNHを持つことになるので、さらに反応が進行してしまう可能性がある
(4)生成物のN-N結合がPdとの相互作用を通して開裂してしまう

とまぁ、一個ずつでも完璧に解決するには厄介な問題を、全部クリアしなくてはいけない訳ですね。その上、ヒドラジンは発熱的分解反応により、爆発を起こす危険性も高い。。。

いろんな意味でいつ終わるか解らないこのテーマ、やることになったら皆さんならどうします??

上記の問題を敬遠するために、H2NNH2と比べ反応性の穏やかな置換ヒドラジン(R2NNHR)やヒドラゾン(R2C=NNHR)、ヒドラジド(R(C=O)NHNR2)を用いた反応は報告されていたのですが、H2NNH2となるとやはり前例がありませんでした。

 

でもそこに酷辣山(ヒドラジン)があったから(T^T)!!

Mark Stradiotto研究室(Dalhousie University)の院生 Rylan氏は、一人でこの課題を克服したようです。
反応は、基質に対して2当量のヒドラジンと塩基、触媒量のPdと配位子をジオキサン中で30分から1時間加熱するのみ。一度うまく行ってスキームで書くと、以下のようなシンプルな反応なんですけどねぇ。

 

rk20101114.gif

 

 

さて、今回のポイントとして一番注目したいのが、彼らが利用したMor-DalPhosという配位子
ビスアダマンチルフェニルホスフィンで、モルフォリル基がオルト位に置換したもの。
P&Nの二座配位子として働くようです。

rk201011142.gif

見てのとおり、嵩高い&電子供与性が優れているため、
(1)触媒どうしの相互作用による失活を防ぐ
(2)Pd(II)が他の配位子の時より電子豊富で還元されにくい
(3)還元的脱離(Ar-N結合の形成)過程の促進
(4)無置換のH2NNH2との反応性が高い(生成物との相互作用が抑えられる)

うむ、この反応を成し得るために生まれたような配位子ですね。
しかしC&E NEWSのコメントによると、配位子効果の詳細な解明まだまだこれからとのこと。

反応中間体マニアとしては、理論計算などにより、反応機構の詳細や遷移状態などが明らかにされることを期待してますが、一見特殊なこの配位子、よくよく見ると「嵩高く」「電子供与性に優れた」「多座の配位子である」という、近年の触媒化学の発展に貢献した基本事項をしっかり押さえたものであると思います。

きっと、大きな課題に挑戦する時には、抑えるべきポイントをしっかりと軸に組み込んだうえで、
分子や反応をどのようにデザインしていくのかというセンスも重要なんだろうなと、この論文を読んで再認識しました。ちょっとでも多く先人の知恵を取り込んで、効率的な登頂を目指そうと思ったのでした。

含窒素化合物の原料として用いるには、取り扱いや反応の制御が困難だったヒドラジンやアンモニア。これらを利用できる反応が、ごく最近ようやく現れ始めてきた気がします。

C&EのJ. Haggins氏が1993年に書いた記事では、アンモニア等を用いた触媒反応が
「触媒化学における10大チャレンジ」に挙げられていましたが[1]、17年でここまできたと思うと
私たちが想像している以上の速さで化学は発展している気がしますね。

 

ところで、論文中で使用されているヒドラジンは水分子を一つ含む水和物ですが、より反応性の高い無水物も存在します。
この無水物、筆者も以前使用したことがあるのですが、ヒドラジン無水物の入ったNMR管がオイルバスで加熱中に破裂したことがありました。おそらくNMR管の底部分に傷がついていたのだと思いますが、耐圧性の封管されたNMR管だったので、まさにロケットの様にドラフト内の天井に発射したのを、ガラスシールド越しに目の当たりにしました。宇宙はフラクタルだなぁ。

ヒドラジンの使用には十~分のご注意を!

 

関連文献

  1.  J. Haggin, Chem. Engl. News, 1993, 71, 23

 

関連リンク

 

関連書籍

 

関連記事

  1. ヒドロキシ基をスパッと(S)、カット(C)、して(S)、アルキル…
  2. 半導体領域におけるマテリアルズ・インフォマティクスの活用-レジス…
  3. 推進者・企画者のためのマテリアルズ・インフォマティクスの組織推進…
  4. 活性酸素種はどれでしょう? 〜三重項酸素と一重項酸素、そのほか〜…
  5. フローケミストリーーChemical Times特集より
  6. 第8回 学生のためのセミナー(企業の若手研究者との交流会)
  7. リアル『ドライ・ライト』? ナノチューブを用いた新しい蓄熱分子の…
  8. 化学者のためのエレクトロニクス入門① ~電子回路の歴史編~

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. 武田、ビタミン原料事業から完全撤退
  2. [6π]光環化 [6π]Photocyclization
  3. 「フント則を破る」励起一重項と三重項のエネルギーが逆転した発光材料
  4. 第46回藤原賞、岡本佳男氏と大隅良典氏に
  5. 酒石酸/Tartaric acid
  6. 【基礎からわかる/マイクロ波化学(株)ウェビナー】 マイクロ波の使い方セミナー 〜実験動画、実証設備、安全対策を公開〜
  7. 中村栄一 Eiichi Nakamura
  8. カルボン酸をホウ素に変換する新手法
  9. 第8回 学生のためのセミナー(企業の若手研究者との交流会)
  10. ケミカルバイオロジーがもたらす創薬イノベーション ~ グローバルヘルスに貢献する天然物化学の新潮流 ~

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2010年11月
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
2930  

注目情報

最新記事

ベテラン研究者 vs マテリアルズ・インフォマティクス!?~ 研究者としてMIとの正しい向き合い方

開催日 2024/04/24 : 申込みはこちら■開催概要近年、少子高齢化、働き手の不足…

第11回 慶應有機化学若手シンポジウム

シンポジウム概要主催:慶應有機化学若手シンポジウム実行委員会共催:慶應義塾大…

薬学部ってどんなところ?

自己紹介Chemstationの新入りスタッフのねこたまと申します。現在は学部の4年生(薬学部)…

光と水で還元的環化反応をリノベーション

第609回のスポットライトリサーチは、北海道大学 大学院薬学研究院(精密合成化学研究室)の中村顕斗 …

ブーゲ-ランベルト-ベールの法則(Bouguer-Lambert-Beer’s law)

概要分子が溶けた溶液に光を通したとき,そこから出てくる光の強さは,入る前の強さと比べて小さくなる…

活性酸素種はどれでしょう? 〜三重項酸素と一重項酸素、そのほか〜

第109回薬剤師国家試験 (2024年実施) にて、以下のような問題が出題されま…

産総研がすごい!〜修士卒研究職の新育成制度を開始〜

2023年より全研究領域で修士卒研究職の採用を開始した産業技術総合研究所(以下 産総研)ですが、20…

有機合成化学協会誌2024年4月号:ミロガバリン・クロロププケアナニン・メロテルペノイド・サリチル酸誘導体・光励起ホウ素アート錯体

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2024年4月号がオンライン公開されています。…

日本薬学会第144年会 (横浜) に参加してきました

3月28日から31日にかけて開催された,日本薬学会第144年会 (横浜) に参加してきました.筆者自…

キシリトールのはなし

Tshozoです。 35年くらい前、ある食品メーカが「虫歯になりにくい糖分」を使ったお菓子を…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP