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一般的な話題

「オープンソース・ラボウェア」が変える科学の未来

ケムステでも化学研究ライフハックと称し、様々な情報処理ソフトウェアを紹介してきました。

しかし実験科学者のクリエイティビティが遺憾なく発揮されうるのは、むしろハードウェア(実験器具)のほうでしょう。

例えば「このガラス器具、こういうところを工夫すればもっと使いやすくなるのになぁ・・・」といった現場視点の細かなニーズ、誰しも一つや二つ持っているはずです。

しかしこれを具現化する段になると、途端に難しくなってしまう。実験器具の加工は、素人には正直手が出せません。仲良しのガラス工のおっちゃんに頼んで作ってもらう・・・ぐらいがせいぜいでしょうか?

いずれにせよ「実験器具を自作する」という選択自体ハードルが高く、現実的なものではありませんでした。ともかく既成品を買って使うか、オーダーメイドしてもらう選択肢しかないわけです。

しかし現代では、どうやら少しづつこれが様変わりを見せているようなのです[1]。

「オープンソース」な実験器具?

オープンソースという単語を耳にしたことのある方は多いと思います。

主にソフトウェア開発の世界で使われる用語で、

「設計図にあたるソースコードを、インターネットなどを通じて無償公開し、誰でもソフトウェアの改良・再配布が行えるようにすること」 (e-Wordsより引用)

です。お金のない人にもソフトの開発・改良を自由に行ってもらうことで、世界と身の回りを便利にすべく貢献して欲しい、とする思想です。

「設計図シェア」の恩恵を享受できるのは、原理的にはソフトウェアの世界に限りません。しかしハードウェアの場合、設計図とPCだけあっても何も出来上がってはきません。形に起こすための道具や設備が別途必要になります。それらを個人レベルで入手・保持することは、価格面でも技術面でも困難が待ち構えています。

しかし最近になって、3Dプリンターがそのような問題を解決するのでは?と考えられはじめています。これまでは業務目的でしか供給のなかった機械ですが、いまや個人購入も視野に入れられるほどに低価格化が進んでいます。なんと5万円以下で買える製品も出てきつつあります(こちらのNavarまとめも参照ください)。

opensource_ware_2.jpg

廉価版3DプリンターPrintrbot。およそ5-600ドル。(3D Trendより引用)

この潮流は、実験科学界の一部にとある動きをもたらしています。科学者たちが実験器具を3Dプリンターで自作し、その設計図をウェブで共有するようになっているのです[1]。

百聞は一見にしかず、実例を見てみましょう。

動画はDremelfugeと名付けられたアタッチメント。ハンドドリルの先に取り付けて、チューブの遠心分離操作を行うことができます。据え置き型とは似ても似つかぬ形ですが、普段使いには十分な性能にも見えます。

驚くべきはその制作費用で、わずか$50市販の卓上遠心分離機と比べても、信じられない安値で調達できてしまいます。

この「ストローピペットマン」  もかなりの力作です。本体外装を含む部品の多くは、3Dプリンターで作られています。

他にも96穴マイクロプレートブフナー漏斗Orbital Shaker試験管立て簡易卓上遠心分離機 ・・・などなど、多数の自作設計図が共有されています。

3Dプリンターさえあれば、これらはすぐプリントアウトして(=作って)使うことが出来ます。細かなカスタマイズも無料のCADソフトウェアを使って自前で行えます。機能は必要最小限ながら、カスタムメイド品が既製品を買うより圧倒的に安価入手できる点は、大きな利点と言えるでしょう。

共有設計図を必要に応じて改良し、手元の3Dプリンターで制作を行うタイプの実験器具は、まさに「オープンソース・ラボウェア」と呼ぶにふさわしいものでしょう。

 「オープンソース・ラボウェア」の普及は科学者層を厚くする?

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筆者が実験科学について常々感じる問題の一つに、「参入障壁の高さ」があると思っています。

ガラス器具、分析機器、加工器具、化学の試薬、素材云々・・・科学研究を行うためにはどうしても初期投資にお金がかかってしまいます。必然として、投資が受けられる立場にいる「選ばれた人間」しか取り組めない現実を実感しています。

法律/規制で制限がかかるのは仕方無い面もあると思いますが、設備に関しては実験目的次第であり、必ずしも高機能なものが必要とされるわけではありません。安価な設備を「do it yourself (DIY)」の考え方で調達できれば、この辺りはかなり解決されるように思います。「オープンソース・ラボウェア」は、実験設備のDIYをバックアップしてくれる考え方と言ってよいでしょう。

こういった考え方がさらに市民権を得てくれば、

「実験やりたければ、まず器具をプリントアウトしよう!」

「科学実験は誰でもどこでも、趣味感覚で安価に行える!」

「自宅の倉庫ででも、お金のない学生でも、工夫次第で研究のワクワク感を楽しめる!」

・・・となってくるようにも思います。こうなれば、「実験科学はお金のかかるもの」「選ばれた人しか手の出せないもの」というイメージは、完全に塗り替えられてしまうでしょう。

またこういった流れが進むことによって、「在野のアマチュア科学者」が増えることを筆者は期待しています。

研究者層やその予備軍層が厚くなることはもちろん、「誰もが取り組めるものだ」というイメージが広まることで、科学研究への市民理解を促す一助になってくれると思うからです。今の科学が世に受け入れられづらいのは、「隔離された建物で行われている、よく分からない何か」という取っつきにくいイメージにあるのではないか・・・そんな風にも思えるわけです。

科学は本来、特別なものでも一部の人たちの特権でもなく、誰でもどこでも楽しめてしかるべきもののはずです。「オープンソース・ラボウェア」による実験器具のDIYは、そういった「科学本来のあり方」を具現化するような力を持つ、素晴らしい潮流の一つに思えます。

おわりに

スパコン全盛の昔から、一人一台PCが行き渡った現代へ。大組織のイントラネットだけが引かれていた昔から、家庭と世界が繋がるインターネット時代へ。Alan Key「ダイナブック」構想Tim Berners Leeがの「WWW」構想は、ソフトウェアと情報処理に関する人々の考え方、ひいては技術発展を革新しました。現代では一般のおじさん・学生がソフトウェアを趣味で開発し、大もうけすることも珍しくなくなっているほどです。一昔前では信じられなかったことでしょう。

3Dプリンターが家庭に普及し、「オープンソース・ハードウェア」「実験器具のDIY」の思想が浸透すれば、いずれは在野の科学者があちこちで実験を行い、その過程で大発見がもたらされる世の中になるかもしれません。これはIT世界でかつてあったことと同じ構図であり、実験科学世界の革新に直結していくことのようにも思えます。

この潮流が今後どういう風に進展していくか、いち化学者としてウォッチしていきたいと思います。

関連動画

関連書籍

DIY科学者・モノづくりのロングテール・MAKERS潮流・アウトサイダーからのイノベーション・・・こういう単語に興味のある方は、以下の書籍が参考になるでしょう。

参考文献

[1] (a) Pearce, J. M. Science 2012, 337, 1303. doi:10.1126/science.1228183 (b) Jones, N. Nature 2012, 487, 22. doi:10.1038/487022a (c) Johnson, R. D. Nat. Chem. 2012, 4, 338. doi:10.1038/nchem.1333

関連リンク

Thingiverse 3Dプリンター用データをシェアするためのサイト

DIYbio DIYで生物学を探求するアマチュア生物学者を支援する組織

ニコニコ動画で注目される「野生の研究者」って?

3Dプリンタースタジオ

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cosine

博士(薬学)。Chem-Station副代表。現在国立大学教員として勤務中。専門は有機合成化学、主に触媒開発研究。 関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。 素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

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