[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

複雑天然物Communesinの新規類縁体、遺伝子破壊実験により明らかに!

[スポンサーリンク]

インドールアルカロイドの一種であるCommunesinは、7つの環、2つのaminal様構造、5または6つの不斉点をもつ、非常に複雑な骨格を有しています。当然のごとく、多くの合成化学者を引きつけており、これまでにQin[1] Ma[2], Weinreb[3], Funk[4], Stoltz[5]らによる全合成が報告されています。

 

全合成が達成されてはいた一方で、その生合成は謎のままでした。今回、Communesinの生合成経路がUCLAのYi Tangのグループにより報告されました。

“Elucidation of the Concise Biosynthetic Pathway of the Communesin Indole Alkaloids.”

Lin, H.-C.; Chiou, G.; Chooi, Y.-H.; McMahon, T. C.; Xu, W.; Garg, N. K. and Tang, Y. Angew. Chem. Int. Ed..2015, Early View.

DOI: 10.1002/anie.201411297

今回の報告でYi Tangらは、「生合成遺伝子を突き止めて終わり」ではなく、Communesinの新規類縁体をも得る事にも成功しています。学部の授業では習わない、遺伝子工学を絡めた生合成遺伝子の突き止め方について今回は簡単に触れたいと思います!

 

 

古典的な手法

遺伝子工学が未発達であった頃は、単離された代謝産物から反応経路を推定したりしていました。また、古くから天然物の生合成研究に使われて来た手法として放射線標識した前駆体化合物を投与するFeeding Experimentというものがあります。放射線標識した予想される前駆体化合物を培地中に添加し、最終生成物に放射線標識した元素が取り込まれている場合、予想が正しかったことが証明され、前駆体に関する情報が得られていました。また、酵素を単離し、アミノ酸配列を解析する事により、生合成遺伝子を突き止めたりしていました。以前は、化合物→酵素→遺伝子という順に明らかになっていました。

Communesinの生合成に関してはFeeding Experimentからtriptophan由来のふたつのindole前駆体から生成するという知見が得られていました。

 

近年の主流:遺伝子主体

次世代シークエンサーの登場により、ゲノムの全塩基配列の解析が驚くほど早くなりました。遺伝子工学の発達とも相まって、近年では、ある特定の微生物のゲノムの全塩基配列が公開された瞬間に、それらの代謝産物の生合成遺伝子が推定され、生合成研究の競争の幕が切って落とされます。まさにスピード勝負です!!

現代では、遺伝子から出発し、その後酵素、さらには新規類縁体が明らかになるという事も珍しくありません。

 

生合成遺伝子の予測

「検索する」と言っても、「どうやって?」と思うかとも多いかと思います。まずは、生合成経路を“逆合成解析”する事が必要です。そして、どのような酵素が入っているかを予想して検索します。「似た機能をもつ酵素は、相同性の高い配列を持っている」という考えに基づいて検索を行っていきます。

 

Communesinの場合では、tryptophanが前駆体と分かっているので、これを基質として受け入れる酵素を検索。いくつか見つかった遺伝子クラスターの中でacyl transferase、methyl transferase、PKS、種々の酸化酵素等が入っているものを調べたのではないでしょうか?

 

 Communesin遺伝子クラスター

実験の結果、Communesinの生合成には16の遺伝子(酵素)が関わっている事が分かりました。

Communesin gene

目的とする遺伝子クラスターが分かったら、次に行うのは遺伝子破壊実験です。ひとつひとつの遺伝子をノックアウトし、どの中間体で生合成経路が止まるかということにより、どの部分の反応に関与しているかが明らかとなってきます。

今回の論文では、下の図のような生合成経路が明らかとなりました。

Communesin scheme

 

今回の研究により新しく単離されたのは、Communesin I, J, Kの3化合物です。

エポキシ化酵素(CnsJ)を破壊すると、エポキシ化されない化合物Cpmmunesin F、J、Kが得られました。このうちCommunesin J、Kは新規化合物です。また、アシル化酵素(CnsK)を破壊するとCommunesin Iが最終代謝産物として得られました。

筆者らは、このエポキシ化酵素(CnsJ)の反応はかなり速く、Communesin Kは生成すると同時にすぐに次の化合物へと代謝されてしまうと考えています。しかし、現代の遺伝子工学の力を借りる事により、新規類縁体Communesin Kを得る事が可能となったのです。

同様に、アシル化酵素(CnsK)を破壊する事により最終代謝物Communesin A or Bのひとつ手前のCommunesin Iを得る事が出来ました。

 

「こんな人為的に遺伝子操作したカビが生産したものって天然物なの?」と思う人もいるかもしれません。しかし、そもそも天然物の類縁体は、生合成経路に含まれるいくつかの酵素が作用しなかったものだと思われます。自然界では、代謝が速すぎて単離抽出できないもの、微量すぎて単離で着ないものを遺伝子工学の助けにより単離する事が可能になったと考える方が良いと思います。

 

「生合成研究って何の役にたつの?」と思う方もいるかもしれませんが、このように多様な新規類縁体を発見する事も出来るのです。さらには、遺伝子配列から代謝産物をある程度予測する事だって可能です。

今回Communesinの生合成経路が明らかとなりましたが、個々の酵素の詳しいメカニズムについては、まだ完全には分かっていません。個人的には複雑なCommunesinの骨格構築の鍵となっている酸化酵素CnsCの反応機構が気になっております。こちらに関しては、今後の研究に注目です!

 

 関連文献

  1.  H. Wu, F. Xue, X. Xiao, Y. Qin, J. Am. Chem. Soc. 2010, 132, 14052 – 14054  DOI: 10.1021/ja1070043; J. Yang, H. Wu, L. Shen, Y. Qin, J. Am. Chem. Soc. 2007, 129, 13794 – 13795. DOI: 10.1021/ja075705g
  2. Z. Zuo, W. Xie, D. Ma, J. Am. Chem. Soc. 2010, 132, 13226 – 13228 DOI: 10.1021/ja106739g;  Z. Zuo, D. Ma, Angew. Chem. Int. Ed. 2011, 50, 12008 – 12011. DOI: 10.1002/anie.201106205;
  3. P. Liu, J. H. Seo, S. M. Weinreb, Angew. Chem. Int. Ed. 2010, 49, 2000–2003;  J. H. Seo, P. Liu, S. M. Weinreb, J. Org. Chem. 2010, 75, 2667 – 2680.
  4. J. Belmar, R. L. Funk, J. Am. Chem. Soc. 2012, 134, 16941 – 16943 ;  S. L. Crawley, R. L. Funk, Org. Lett. 2003, 5, 3169 – 3171.
  5.  S.-J. Han, F. Vogt, J. A. May, S. Krishnan, M. Gatti, S. C. Virgil, B. M. Stoltz, J. Org. Chem. 2014, 80, 528 – 547;  S.-J. Han, F. Vogt, S. Krishnan, J. A. May, M. Gatti, S. C. Virgil, B. M. Stoltz, Org. Lett. 2014, 16, 3316 – 3319;  J. A. May, R. K. Zeidan, B. M. Stoltz, Tetrahedron Lett. 2003, 44, 1203 – 1205.

 

関連書籍

ゼロ

投稿者の記事一覧

女の子。研究所勤務。趣味は読書とハイキング ♪
ハンドルネームは村上龍の「愛と幻想のファシズム」の登場人物にちなんでま〜す。5 分後の世界、ヒュウガ・ウイルスも好き!

関連記事

  1. アメリカの大学院で学ぶ「提案力」
  2. HTML vs PDF ~化学者と電子書籍(ジャーナル)
  3. 喜多氏新作小説!『美少女教授・桐島統子の事件研究録』
  4. 有機化学者のラブコメ&ミステリー!?:「ラブ・ケミスト…
  5. 室温で緑色発光するp型/n型新半導体を独自の化学設計指針をもとに…
  6. ペプチドの草原にDNAの花を咲かせて、水中でナノスケールの花畑を…
  7. 超分子カプセル内包型発光性金属錯体の創製
  8. マテリアルズ・インフォマティクスにおける回帰手法の基礎

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. 触媒的C-H活性化型ホウ素化反応
  2. 発見が困難なガンを放射性医薬品で可視化することに成功
  3. 論文のチラ見ができる!DeepDyve新サービス開始
  4. サイコロを作ろう!
  5. マテリアルズ・インフォマティクスの基礎知識とよくある誤解
  6. 住友化学歴史資料館
  7. 第170回―「化学のジョブマーケットをブログで綴る」Chemjobber
  8. PL法 ? ものづくりの担い手として知っておきたい法律
  9. 長寿企業に学ぶたゆまぬ努力と挑戦
  10. 誰でも使えるイオンクロマトグラフ 「Eco IC」新発売:メトローム

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2015年1月
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031  

注目情報

最新記事

【書籍】女性が科学の扉を開くとき:偏見と差別に対峙した六〇年 NSF(米国国立科学財団)長官を務めた科学者が語る

概要米国の女性科学者たちは科学界のジェンダーギャップにどのように向き合い,変えてきたのか ……

【太陽ホールディングス】新卒採用情報(2025卒)

■■求める人物像■■「大きな志と好奇心を持ちまだ見ぬ価値造像のために前進できる人…

細胞代謝学術セミナー全3回 主催:同仁化学研究所

細胞代謝研究をテーマに第一線でご活躍されている先生方をお招きし、同仁化学研究所主催の学術セミナーを全…

マテリアルズ・インフォマティクスにおける回帰手法の基礎

開催日:2023/12/06 申込みはこちら■開催概要マテリアルズ・インフォマティクスを…

プロトン共役電子移動を用いた半導体キャリア密度の精密制御

第582回のスポットライトリサーチは、物質・材料研究機構(NIMS) ナノアーキテクトニクス材料研究…

有機合成化学協会誌2023年11月号:英文特別号

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2023年11月号がオンライン公開されています。…

高懸濁試料のろ過に最適なGFXシリンジフィルターを試してみた

久々の、試してみたシリーズ。今回試したのはアドビオン・インターチム・サイエンティフィ…

細胞内で酵素のようにヒストンを修飾する化学触媒の開発

第581回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院 薬学系研究科 有機合成化学教室(金井研究室)の…

カルロス・シャーガスのはなし ーシャーガス病の発見者ー

Tshozoです。今回の記事は8年前に書こうと思って知識も資料も足りずほったらかしておいたのです…

巨大な垂直磁気異方性を示すペロブスカイト酸水素化物の発見 ―水素層と酸素層の協奏効果―

第580回のスポットライトリサーチは京都大学大学院工学研究科物質エネルギー化学専攻 陰山研究室の難波…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP