[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

機構解明が次なる一手に繋がった反応開発研究

[スポンサーリンク]

分子レベルのものづくりのために新しい有機合成反応を開発することは重要な化学研究です。新しい反応を開発すると、どのように反応が進行しているのか、その詳細を知りたくなるのが化学者です。それを解明したところでそれまで!という場合も多々ありますが、反応機構の理解は、収率・選択性の改善や新反応の開発や新たな知見の獲得につながる可能性があります。

昨年Nature Chemistry誌に掲載された論文より、反応開発の機構解明が次なる一手に繋がった好例を紹介したいと思います。

“Mechanistic, crystallographic, and compulational studies on the catalytic, enantioselective sulfenofunctionalization of alkenes”

Denmark, S. E.; Hartmann, E.; Kornfilt, D. J. P.; Wang, H. Nature Chem.2014, 6, 1056. DOI: 10.1038/nchem.2109

 

ルイス塩基を触媒として用いたアルケンのスルフェン化反応

著者であるDenmarkらは数年前より、彼らが開発した新しい合成反応、ルイス塩基触媒によるアルケンの不斉スルフェン化反応1, 2を報告しています(図1)。スルフェン化剤としてN-phenylsulfenylphthalamideを用い、MsOHとキラルなルイス塩基触媒によりphenylsulfenyl基を活性化することで、アルケンのエナンチオ選択的スルフェン化が起こります。しかし、以前の報告では反応の詳細は調べられておらず、また適用できる基質の種類が限られているといった問題もありました。

Denmarkらによるアルケンのエナンチオ選択的スルフェン化反応

図1. Denmarkらによるアルケンのエナンチオ選択的スルフェン化反応

そこで彼らは、本反応の機構解明を行うことで、基質適用範囲の拡大や立体選択性の向上を目指しました。具体的には、①反応速度論解析 で得られた情報をもとに ②結晶構造解析 を行い、反応における立体選択性を向上させています。また、②で得られた結晶構造と立体選択性に関する新たな知見をもとに、③遷移状態の解析を行い、反応を改善するにあたり重要な指針を見出しました。

①反応速度論解析

彼らは図2に示すモデル反応を用いて各反応剤の反応次数を決定したところ、1および3aに対して1次、2に対して0次という結果を得ました。このことから彼らは想定している反応機構(図2b)において、thiiranium ionの形成が律速段階であり、また触媒活性種Aで休止状態となるのではないかと推測しています。

図2. (a)反応速度論解析 (b)想定反応機構

図2. (a)反応速度論解析 (b)想定反応機構

②結晶構造解析

触媒活性種Aが休止状態になるということは、Aは安定でありその結晶構造解析ができるかもしれません。彼らは活性種A’の単離を試み、見事成功しています(図3)。このことからも、Aが休止状態となっていることが強く示唆されました。結晶を得るために、彼らは種々の条件検討を行っています。また結晶構造に対し様々な解釈を示していますが、詳細は論文を参照ください。得られたA’の結晶構造から、phenylsulfenyl基は触媒のbinaphthyl構造に近接していることが明らかとなりました。従って嵩高いarylsulfenyl基をもつ基質を用いることで、生成物の立体選択性を向上させることができる可能性があります。

触媒活性種5bのX線構造

図3. 触媒活性種A’のX線構造

実際に彼らは、aryl基として2,6-diisopropylを用いると反応性は低下するものの立体選択性が向上することを見出しました(図4)。さらに、様々なアルケンで反応を行っても同様の傾向があることを確認しています。

アリール基とアルケンの検討

図4. アリール基とアルケンの検討の一部

③量子化学計算を用いた遷移状態の解析

最後に、得られた結晶構造を用いた遷移状態(TS)の解析が行われています。非対称アルケンを用いる場合、アルケンの面選択性に伴って4種類のTSが考えられます(図5)。それぞれの構造のエネルギーをDFT計算によって求めたところ、TS1の構造が最も低いエネルギーとなると予測されました。しかし、各TS構造のNBO解析では、よりエネルギーの高いTS2の状態においてアルケンと硫黄原子間の相互作用が大きいことが示唆されています。そこで各TSに至ることで生じる歪みエネルギーを調べると、TS2ではTS1に比べ大きな歪みエネルギーを有することが明らかとなりました。つまり、アルケンとの立体障害を避けるために活性種Aが歪むことで生じるエネルギーの大きさが、TSを決めているようです。従って彼らは、現在の触媒設計ではZ体のアルケンや多置換のアルケンを用いて立体選択性を出すことは難しいと予想しています。また容易に想像できますが、aryl基がxyryl基の場合は、TS構造間のエネルギー差がより大きいことがわかりました。この結果は、嵩高いaryl基を用いた際に立体選択性が向上した実験事実と矛盾しません。

図5

以上、反応機構解明に興味のある筆者にとっては、今回の報告は反応機構解明を行うためのお手本のような論文だと感じました。もちろん実は書き方により機構解明が役に立ったようにうまく書いている可能性もあります。また、全ての反応で今回のような結果に至らない場合もありますが、わからない!の一言で片付けず、よりよい反応の開発を目指すための反応機構を理解しようと思わせる内容でした。

参考文献

  1. Denmark, S. E.; Kornfilt, D. J. P.; Vogler, T. J. Am. Chem. Soc.  2011, 133, 15308. DOI: 10.1021/ja2064395
  2. Denmark, S. E.; Chi, H. M. J. Am. Chem. Soc.  2014136, 8915. DOI: 10.1021/ja5046296

関連書籍

bona

投稿者の記事一覧

愛知で化学を教えています。よろしくお願いします。

関連記事

  1. 映画007シリーズで登場する毒たち
  2. ボタン一つで化合物を自動合成できる機械
  3. SNS予想で盛り上がれ!2021年ノーベル化学賞は誰の手に?
  4. 学術論文を書くときは句動詞に注意
  5. アイディア創出のインセンティブ~KAKENデータベースの利用法
  6. Altmetric Score Top 100をふりかえる ~2…
  7. 中性ケイ素触媒でヒドロシリル化
  8. 環状ビナフチルオリゴマーの大きさが円偏光の向きを変える

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. 東大キャリア教室で1年生に伝えている大切なこと: 変化を生きる13の流儀
  2. マイクロプラスチックの諸問題
  3. 第58回「新しい分子が世界を変える力を信じて」山田容子 教授
  4. メルクがケムステVシンポに協賛しました
  5. 有機合成化学協会誌2018年10月号:生物発光・メタル化アミノ酸・メカノフルオロクロミズム・ジベンゾバレレン・シクロファン・クロミック分子・高複屈折性液晶・有機トランジスタ
  6. 総合化学4社、最高益を更新 製造業の需要高く
  7. 有機合成の落とし穴
  8. アメリカへ博士号をとりにいく―理系大学院留学奮戦記
  9. カフェインの覚醒効果を分子レベルで立証
  10. 化学系必見!博物館特集 野辺山天文台編~HC11Nってどんな分子?~

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2015年3月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031  

注目情報

最新記事

有機合成化学協会誌2023年9月号:大村天然物・ストロファステロール・免疫調節性分子・ニッケル触媒・カチオン性芳香族化合物

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2023年9月号がオンライン公開されています。…

ペプチドの精密な「立体ジッパー」構造の人工合成に成功

第563回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院 工学系研究科応用化学専攻 藤田研究室の恒川 英…

SNS予想で盛り上がれ!2023年ノーベル化学賞は誰の手に?

さてことしもいよいよ、ノーベル賞シーズンが到来します!化学賞は日本時間 10月4日(水) 18時45…

ケムステ版・ノーベル化学賞候補者リスト【2023年版】

各媒体からかき集めた情報を元に、「未来にノーベル化学賞の受賞確率がある、存命化学者」をリストアップし…

DMFを選択的に検出するセンサー:アミド分子と二次元半導体の特異な相互作用による検出原理を発見

第562回のスポットライトリサーチは、大阪府立大学(現:大阪公立大学)大学院 工学研究科 電子・数物…

イグノーベル賞2023が発表:祝化学賞復活&日本人受賞

今年もノーベル賞とイグノーベル賞の季節がやってきました。今年もケムステではどちらについても全速力で記…

ポンコツ博士の海外奮闘録XXII ~博士,海外学会を視察する~

ポンコツシリーズ国内編:1話・2話・3話国内外伝:1話・2話・留学TiPs海外編:1話・…

マテリアルズ・インフォマティクスの導入・活用・推進におけるよくある失敗とその対策とは?

開催日:2023/09/20 申込みはこちら■開催概要近年、少子高齢化、働き手の不足の影…

第40回ケムステVシンポ「クリーンエネルギーの未来を拓く:次世代電池と人工光合成の最新動向」を開催します!

まだ暑いですが、秋の気配は感じられていますでしょうか。2020年初頭から…

材料開発の未来を語る、マテリアルズ・インフォマティクスに特化したカンファレンスが9/26(火)開催!

【参加無料】詳細・視聴予約はこちら今まさに、第一線で活躍しているマテリアルズ・インフォマティクス…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP