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一般的な話題

創薬開発で使用される偏った有機反応

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日々有機反応の開発をしている皆さんの中には、自分の反応が産業界でいつの日か利用されることを期待している方もいらっしゃるのではないでしょうか。

今回は、

「創薬開発の現場でどのような反応が用いられているか?またなぜその反応が好んで使用されているのか?」

という点に関して、グラクソ・スミスクライン(GSK)のある研究所で使用された反応に関するミニレビューから考えてみたいと思います。[1]

 

どんな反応が上位に来ている?

GSKでは呼吸器系のCEDD(研究所の1つ)に約100人の合成化学者が働いています。2005年にはその化学者らにより約4800もの反応が行われました。それらの反応を大きく22のグループに分けて調査したところ以下の結果を得ました(Fig. 1)。

 

Fig1a

Fig1. ref1 Fi1aより

 

この結果をみると、実は使われた反応の種類は驚くほど少ないことがわかります。4つの反応(アルキル化、縮合(アミド化、スルホンアミド化)、パラジウム触媒を用いたクロスカップリング反応, 保護基の着脱)が全体(4800反応)の63%を占めています。

また、83%が10種の反応で占められるということです(上記4反応に加えて、ハロゲン化、複素環生成反応、加水分解、メタル化、酸化、還元)。転位反応やラジカル反応、メタセシス、環化付加反応)などは稀にしかみることができません。

実際、私も10年の現場生活で、ほとんど、上記表と同様の反応を同様の割合でしてきたと記憶しています。

 

選ばれた反応の条件は?

基本的に上記反応の調査は、プロセスケミストリーではなく、リード化合物の探索段階(clinical candidatesを探す段階)の反応であることをまず認識して下さい。つまり、合成するほとんど全ての化合物は、最終的には不要になる化合物で初期の数段階のアッセイ系(2 mg-6 mg)で落ちてしまうものです。つまり、ほとんどの化合物は5 mg も作れれば、十分全ての分析をできるということです。(小動物の実験を経て、少し大きめの動物を使った少し高いレベルのアッセイ系(-数g)に達する化合物はほんの少数です。)

そのため、まずは多様性の高い化合物をできるだけ多数作ることが求められます。創薬のステージが上がるにしたがい合成する化合物の多様性は低くなり、作るべき化合物の数は次第に少なくなります。一方で作るべき化合物の量が大幅に増えます(1g-100g)。

一般に1000個合成しても前臨床にあがるものは数個あるかないかであるというのが現実でしょう。これを踏まえて、著者らの述べる理由『‥』を読んでください。理由の以外のところは補足の説明と私の見解も便乗しています。失礼な表現があった場合はご容赦ください。

理由

メディシナルケミストの目的は、いかに早く、臨床に上げる化合物を見出すかの一点のみです。そのため、方法論が確立している反応というのは重要です。』合成する化合物の多様性を求められる初期段階です。よって、毎回基質が変わる毎に反応最適化が必要とされたのではSARがろくにとれないため、やっている側はたまったものではありません。

②『基質一般性』。これはいうまでもないことです。例えば、ベンゼン環にベンゼン環が直結していて、片側のベンゼン環のみ、一カ所だけ官能基をつけるとしたら、MedChemはまずどの程度の数の置換基を頭に浮かべると思いますか?思いついた順に書いてみます。Me,Et,iPr,iBu,OH, OMe, CH2OH,F, Cl, NMe2,NHCOR,NHSO2R CO2NH2,CO2H,…環をもたない前提で少し考えただけでもかなりの数になります。

ちなみに一般的に、様々なnon-covalentな結合を求めて、もしくは、母核の電子密度を調整するため、あるいは、代謝されやすい部位を保護することをイメージし、母核の置換基の種類を考えます。それが、ベンゼンならばo,m,pの3カ所必要な訳ですからそれだけで、いかにすごい数になるかわかると思います。リソースの問題があるため全て合成することは不可能です。

そこで、ある程度優先順位を付けて順番に試すのが通常です。例えば、ベンゼン環に限れば、有名なTopliss Tree 2という手法を各自応用して使っていると思います。状況によって、ある程度絞った後に、マトリックスを作成して、全ての組み合せを合成することもあります。

さて一置換での分析が終わったとして、皆さんは一置換の検討だけで満足できますか?まさかですよね。最低でも二置換の組み合せをチェックするのが普通でしょう。さらに、残った片側のベンゼン環の方も、同様のことをする必要があるでしょう。さらにベンゼン環から複素環に変えた場合も考えるでしょう。もう1つ言えば、環と環の間にリンカー(linker)を入れる試みも必要でしょう。

つまり、単純な芳香環2つという縛りをつけてさえ、様々な物理化学的、立体的性質をもった置換基の組み合せをもった化合物を合成する必要があります。故に、使う反応には基質一般性を非常に大切に考えます。

官能基耐性』。

に関係していますが、薬になる化合物は、複素環やアミド、アルコール、アミン、カルボン酸等複数の官能基をもつものがほとんどです。そこで、それらの官能基があっても、反応が進行することは大変有用です。つまり、Buchwald-Hartwig amination, Suzuki-Miyaura-coupling, Still-Migita-Kosugi couplingなどは、両方の特性を兼ね備えた優れた反応であるため、創薬界では、非常に多用されるようになりました。それに頼りすぎる事により起こる弊害があることも確かですが…(後述)。

化合物のもつ、物理化学的性質は、創薬において非常に重視されます。特に、脂溶性が低い事(clogP<3)や高い水溶性の性質を有することは、化合物が上のステージに進めば進むほど重要視されます。

これらの値は、一度薬の顔がほぼできあがってからでは、修正することが極めて難しいため、現在では、創薬研究の初期の段階から、この2つのパラメーターには注意を払うのが通常です。そのため、分子量の小さいHitでも脂溶性が高く、水溶性に乏しい場合は、その性質を改善しながら、活性を上げる作業をする必要があります。すなわち、極性基を導入しながら進める必要があるのですが、ここでもHartwig-Buchwaldアミノ化反応はすばらしく効果を発揮することが多くあります。一例をFig2に示します。1つ目の化合物は、脂溶性を抑えています。2つ目の化合物は、若干の脂溶性が高めですが、水溶性があると期待されます。

Fig2

Fig2 ref1のFig2

 

⑤『不斉点を増やすことと、不斉点の安定性の懸念』。『歴史的に、新しい不斉点をHit to Lead (HtoL)展開中の化合物に導入することは避ける傾向があります。

理由は、選択的な反応とは言え、必ず、異なるエナンチオマーやジアステレオマーが存在しるためです。勿論、高い選択性なら、反応を進めるうちに、反応速度の差を利用し純度があがることもあるでしょうが、『少しでも不純物を含めば、創薬開発上大変な苦労をすることになります。』全ての不純物の代謝物や、生体内での動態、副作用まですべてにおいて、それらの性質を調べるための大幅に仕事量が増え結果、遅滞を招くことなるためです。

しかし、『最近では、完全な光学活性体として多数のbuilding blocksが比較的安価で手に入る時代になりましたので、これらを用いて不斉点を導入する事はしばしば見られるようになってきました。しかし、気をつけないといけないのは、その不斉点の安定性です。』創薬の最終段階として、製剤があります。そこでは、本体の化合物に様々な添加物を加え、生体内での動態を調整します。そのため、本体の化合物には、様々な環境下での(温度、湿度等)安定性を求められます。また、生体内に入れた場合、どこかが代謝されることも考える必要があります。その代謝が、安定な不斉点を不安定にする(ラセミ化する)という場合を考慮する必要があるためです。
それらの条件をクリアする安定な不斉点の導入ができるなら、「やってみなはれ」ということになります。現場にいた時私は、(嫌がる周りを尻目に)進んで不斉点を導入していました。プロセス化学では多少の問題しかおこらないと勝手に思っていました。理由は、「現在(当時)の有機化学の世界で、できない不斉反応はほとんど存在しない」、という不斉触媒反応開発で学位を取った自分の、根拠は薄いが強い矜持がかなり影響していたのだと思います。科学的見地からの考察としては、薬と目的タンパクの結合を分子認識と考えた場合、実際タンパクがキラルである以上、それを認識する化合物もキラルであった方がいいという単純な考えです。この仮定はoff targetsへの副作用を失くすためにも重要と考えているので、今も変わっていません。

触媒や反応剤、building blocksが市販

されていること、もしくは、外部と契約して、欲しい化合物を作ってもらえる契約を獲得できる条件にあること、も重要なポイントです。スピードと安定供給が命です。

安全性への懸念』。

実際、HtoLを行うのは、薬にするのが目的です。薬を創る上で研究者が最も恐れているのは毒性の問題です。市販後も追跡調査を当然受けますので、いつまでも安全性の問題はついて回ります。そのため、そのリスクをいかに防ぐか、ということを常に考えている必要があります。ただし、これまでにメカニズム既知の毒性が出た官能基があるからという理由で、その官能基をもつ化合物は必ず毒性を示すとは、絶対に言えません。なぜなら、その官能基の置かれた、立体的、電子的環境が異なるためです。場合によっては、よい方向に向かう可能性すらあります。だから、少し経験のあるMedChemなら「その構造(官能基)は、毒性が出るから薬にはならないよ」と、言えないことを知っているはずです。ただし、リスクが明らかに高いと解っている官能基に、他の選択肢があるのにわざわざ飛び込んでいく必要性はないでしょう。リスクの高いと言われる官能基をTable1に示します。

table1

Table.1 ref1のTable1

 

本レビュー(ref1)では、他に、HtoLの段階でうまくfocused library(array)を作ることが優位な点やそのために必要な要素が書かれていますので、気になる方は一読下さい。読み易い論文です。

 

最後に

パラジウム触媒を用いたクロスカップリング反応は、創薬界に大きな革命をもたらしたのではないでしょうか?その基質一般性、官能基耐性のため、ライブラリー合成始め、今も研究初期の段階で多用されています。その弊害が出て問題が騒がれ始めたのが、2010年以降ではないでしょうか。

どうしてもクロスカップリング反応を使うと、平面性の高い化合物が多くなる傾向があります。最近は改善されている例もありますが、一般的にオルト位にかさ高い置換基、もしくはやや大きい置換基があると反応が進行しにくくなります。オルト位に大きいものを入れれると平面性をくずせるのですが‥。(たとえ、カップリング反応する側が芳香族環でなく環状アミンても、カップリングする原子周辺の立体的かさ高さに敏感な反応のため、平面性の問題は残ります。)

次回は、現在、どのような化合物が求められているかについて述べてみたいと思います。

最近ノーベル賞を受賞した有機反応は、ほとんど、産業分野で何らかの大きな寄与をもたらした反応です。もし、ノーベル賞を目指す方がいるなら、創薬業界でどのような化合物が求められているか知っておいても損はないと思いますがいかがでしょう。

 

参考文献

[1] Cooper, T.; Campbell, I.; Macdonald, S. Angew. Chem., Int. Ed. 2010, 49, 8082-8091. DOI:10.1002/anie.201002238

[2 ] Topliss Tree:たいていの創薬の基礎の本に記載あり 元文献;Topliss, J. J. Med. Chem. 1972, 15, 1006. DOI: 10.1021/jm00280a002

 

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