[スポンサーリンク]

ケムステニュース

MALDI-ToF MSを使用してCOVID-19ウイルスの鼻咽頭拭い液からの検出に成功

[スポンサーリンク]

JEOLのJMS-S3000 SpiralTOF™-plus マトリックス支援レーザー脱離イオン化飛行時間質量分析計を用いた、COVID-19ウイルスの鼻咽頭拭い液からの検出に関する国立医薬品食品衛生研究所の研究論文が「Analytical Chemistry」誌に掲載されました。(引用:JEOLニュースリリース3月28日)

COVID-19ウィルスに感染しているか否かについては、流行直後からPCRによるDNA増幅を主の方法で診断されてきましたが、化学において分子構造の推定に用いられる質量分析機器でCOVID-19ウィルスの検出に成功した結果が報告されましたので詳細を紹介させていただきます。

研究の背景ですが、上記の通りリアルタイムPCR(PT-PCR)がCOVID-19ウィルスの感染判定に広く使われてきましたが、複雑な器具や試薬を使用しなければならないこと、温度に敏感な反応であること、実験者がコンタミに注意しなければならないといった点が欠点となっています。そこでPCRの代替として、LC-MS/MSやLC-QToF MSを使ってSARS-CoV-2特有のペプチドを検出した例が報告されていますが信頼性がさほど高くない結果にとどまっています。また、免疫親和性精製後にLC-MSで検出する方法も開発されていますが、特別な抗体が必要です。そして何よりもLCを使う以上、カラムで分離する時間が1サンプルずつかかるのが欠点となります。

そんな中、マトリックス支援レーザー脱離イオン化飛行時間質量分析計(MALDI-ToF MS)は、タンパク質やペプチドを複雑な試薬なしでかつコンタミのリスクを最小限で検出できる質量分析装置です。ウィルス学においては、SARS-CoV-1やインフルエンザウィルスなどのタンパク質やトリプシン分解ペプチドを分析した先行研究が報告されていますが、培養後のサンプルが使われており、迅速な検出には不適だと考えられます。SARS-CoV-2においてもMALDI-ToF MSやMALDI FT-ICR MSを使用して様々なアプローチで検出する研究が行われていますが、検出の正確性が高くなかったり、臨床サンプルではテストされていなかったりと正確な診断に適した方法は開発されていませんでした。そこで本研究では、鼻咽頭拭い液からSARS-CoV-2を精製してMALDI-ToF-MSにて検出する方法を検討しました。

次に実験の結果を見ていきます。まず、不活性されたSARS-CoV-2のポリアクリルアミド電気泳動(SDS-PAGE)を行い、約50kDaに主のバンドを確認しました。そしてこの50kDaに含まれるトリプシン性ペプチドをMALDI-ToF MSで質量分析を行いデータベースを調べたところ、SARS-CoV-2のヌクレオカプシドタンパク質(NP)に由来する20のペプチドが検出されました。よって以後MALDI-ToF MS分析においてこれらのペプチドを対象分子としました。

本研究で使用したMALDI-ToF MS

次にSARS-CoV-2のNPの精製についてですが、ウイルスの鼻咽頭拭い液にはいくつかのタンパク質が含まれており、それらがSARS-CoV-2の検出において干渉する可能性があるため、精製操作が必要不可欠です。そこで高いウィルス回収率が報告されている限外濾過を検討しました。不活性化されたSARS-CoV-2とCOVID-19陰性のボランティアの方の鼻咽頭拭い液の混合物を使い、種々の分画分子量で精製を行ったところ300 kDa MWCOの限外濾過カートリッジでクリアに分離できることが確認され、加えてアニオン交換を行うことで、コンタミのタンパク質を除去できることをSDS-PAGEにて確認しました。

SDS-PAGEの結果 A:濃縮SARS-CoV-2を異なるMWCOの限外濾過カートリッジで精製した結果 B:鼻咽頭拭い液を異なるMWCOの限外濾過カートリッジで精製した結果 C:SARS-CoV-2と鼻咽頭拭い液を300 kDa MWCOの限外濾過カートリッジとアニオン交換で精製した結果 CF= Concentrated Fraction, FF = Flow-through Fraction (出典:原著論文)

次に上記で確立した方法を使って実際に生のSARS-CoV-2とCOVID-19陰性の鼻咽頭拭い液の混合物を精製し、MALDI-ToF MSで分析を行いました。

測定方法 (出典:原著論文)

108.7 コピーの濃度のサンプルでは7つのNPに由来するペプチドが観測されました。SARS-CoV-2が含まれていない鼻咽頭拭い液のみのサンプルの測定ではこの7つのピークのS/N比は0.86から1.10となり、NPに由来するペプチドのS/Nのしきい値は2.0となりました。

MALDI-ToF MSスペクトル (出典:原著論文)

種々の濃度のサンプルでペプチドピークのS/N比を比較したところ、SARS-CoV-2の検出限界は106.7 コピーとなりました。この検出限界について、数学的モデルなどの結果を参照し、臨床検体から伝染するウィルス量を検出できるレベルの精度だと考察されています。さらに先行研究にて限外濾過とMALDI-FT-ICR MSを用いた研究では、高いバックグラウンドが検出された一方、本研究では限外濾過とアニオン交換を組み合わせ高精度なMALDI-ToF MSを使用したため低いバックグラウンドでSARS-CoV-2に由来するペプチドを測定できたとコメントしています。

濃度ごとの各ピークのS/N比

最後にCOVID-19陽性と陰性の方の検体を用いて測定を行いました。具体的に19人の陽性の検体とRT-PCRでもTCID50でも陰性だった4人の検体を上記の精製を行いMALDI-ToF MSでペプチドのピークを調べました。陽性の場合は、2から7のペプチドのピークがしきい値を超えて検出された一方、陰性ではペプチドのピークはすべてしきい値以下となりました。そして調べた陽性検体のTCID50の値よりこのMALDI-ToF MSでは伝染性COVID-19患者からSARS-CoV-2 NPに由来するペプチドを検出できることを確認しました。

また、m/z 2060付近に検出されるピークの精密質量に着目し、ウィルスの変異によって検出されるペプチドの質量が変わることが分かりました。これによりこの方法がまさに今流行しているSARS-CoV-2の変異ウィルスにも対応できることが示されました。

まとめとして、本研究ではマルチサンプルに適切な精製方法とMALDI-ToF MSを使ったSARS-CoV-2 NPに由来するペプチドの検出に成功しました。この方法のRT-PCRと比較した長所と短所は下記のようになり、測定時間とコストに大きなメリットがあると主張されています。感度についてはRT-PCRよりも劣りますが、陽性患者の隔離の判断には適切な結果をもたらすとしており、この方法がSARS-CoV-2の感染拡大防止に役立つことを願っているそうです。

二つの方法の比較

MALDI-ToF MSでCOVID-19ウイルスを検出するということで興味深い研究だと思いました。RT-PCRではサンプルの機械の中での滞在時間が長いため、同時測定数を多くしたい場合にはRT-PCR装置が多く必要になるものの、この方法では同時測定数を非常に多くしたい場合でもMALDI-ToF MSは1台で間に合うところが大きなメリットではないでしょうか。これから先、SARS-CoV-2に感染しているかを検査する需要がどこまで続くか分かりませんが、未知のウィルスに対する研究や新たな感染拡大においても対応できる研究成果だと思います。

関連書籍

[amazonjs asin=”4781315739″ locale=”JP” title=”食品分野における微生物制御技術の最前線《普及版》 (食品シリーズ)”] [amazonjs asin=”9811023557″ locale=”JP” title=”Fundamentals of MALDI-ToF-MS Analysis: Applications in Bio-diagnosis, Tissue Engineering and Drug Delivery (SpringerBriefs in Applied Sciences and Technology)”]

関連リンクとMALDI-ToF MSに関するケムステ過去記事

Avatar photo

Zeolinite

投稿者の記事一覧

ただの会社員です。某企業で化学製品の商品開発に携わっています。社内でのデータサイエンスの普及とDX促進が個人的な野望です。

関連記事

  1. 化学物質研究機構、プロテオーム解析用超高感度カラム開発
  2. 高校生の「化学五輪」、2010年は日本で開催
  3. 京大融合研、産学連携で有機発光トランジスタを開発
  4. 疑惑の論文200本発見 米大が盗作探知プログラム開発
  5. AIで世界最高精度のNMR化学シフト予測を達成
  6. 独バイエル、世界全体で6100人を削減へ
  7. シンポジウム:ノーベル化学賞受賞の米教授招く--東北大、来月12…
  8. 家庭での食品保存を簡単にする新製品「Deliéa」

注目情報

ピックアップ記事

  1. 青色LED励起を用いた赤色強発光体の開発 ~ナノカーボンの活用~
  2. ラジカルの安定性を越えろ! ジルコノセン/可視光レドックス触媒を利用したエポキシドの開環反応
  3. 2015年ケムステ人気記事ランキング
  4. Illustrated Guide to Home Chemistry Experiments
  5. セミナー/講義資料で最先端化学を学ぼう!【有機合成系・2016版】
  6. 第61回「セラミックス粉体の合成から評価解析に至るまでのハイスループット化を目指す」藤本 憲次郎 教授
  7. TPAP(レイ・グリフィス)酸化 TPAP (Ley-Griffith)Oxidation
  8. 会社説明会で鋭い質問をしよう
  9. Google日本語入力の専門用語サジェストが凄すぎる件:化学編
  10. 菅裕明 Hiroaki Suga

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2022年4月
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930  

注目情報

最新記事

【10月開催】 【第二期 マツモトファインケミカル技術セミナー開催】 題目:有機金属化合物 オルガチックスを用いたゾルゲル法とプロセス制御ノウハウ(2)

■セミナー概要当社ではチタン、ジルコニウム、アルミニウム、ケイ素等の有機金属化合物を“オルガチッ…

日本プロセス化学会2024ウインターシンポジウム

有機合成化学を基盤に分析化学や化学工学なども好きな学生さん、プロセス化学を知る絶好の…

2024年ノーベル化学賞は、「タンパク質の計算による設計・構造予測」へ

2024年10月9日、スウェーデン王立科学アカデミーは、2024年のノーベル化学賞を発表しました。今…

デミス・ハサビス Demis Hassabis

デミス・ハサビス(Demis Hassabis 1976年7月27日 北ロンドン生まれ) はイギリス…

【書籍】化学における情報・AIの活用: 解析と合成を駆動する情報科学(CSJカレントレビュー: 50)

概要これまで化学は,解析と合成を両輪とし理論・実験を行き来しつつ発展し,さまざまな物質を提供…

有機合成化学協会誌2024年10月号:炭素-水素結合変換反応・脱芳香族的官能基化・ピクロトキサン型セスキテルペン・近赤外光反応制御・Benzimidazoline

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2024年10月号がオンライン公開されています。…

レジオネラ菌のはなし ~水回りにはご注意を~

Tshozoです。筆者が所属する組織の敷地に大きめの室外冷却器がありほぼ毎日かなりの音を立て…

Pdナノ粒子触媒による1,3-ジエン化合物の酸化的アミノ化反応の開発

第629回のスポットライトリサーチは、関西大学大学院 理工学研究科(触媒有機化学研究室)博士課程後期…

第4回鈴木章賞授賞式&第8回ICReDD国際シンポジウム開催のお知らせ

計算科学,情報科学,実験科学の3分野融合による新たな化学反応開発に興味のある方はぜひご参加ください!…

光と励起子が混ざった準粒子 ”励起子ポラリトン”

励起子とは半導体を励起すると、電子が価電子帯から伝導帯に移動する。価電子帯には電子が抜けた後の欠…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP