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化学者のつぶやき

鉄カルベン活性種を用いるsp3 C-Hアルキル化

2017年、イリノイ大学 M. Christina Whiteらは鉄フタロシアニン触媒から生成するメタルカルベン種を活用し、アリル位・ベンジル位の分子内C-Hアルキル化反応を達成した。

“Catalytic C(sp3)-H Alkylation via an Iron Carbene Intermediate”
Griffin, J. R.; Wendell, C. I.; Garwin, J. A.; White, M. C.* J. Am. Chem. Soc. 2017, 139, 13624-13627. DOI: 10.1021/jacs.7b07602 (アイキャッチ画像は本論文より引用)

先行研究と比較して優れている点

多くの後期遷移金属がメタルカルベン形成を通じて触媒的なC-Hアルキル化を進行させる一方、鉄カルベン種はシクロプロパン化反応への応用に限られていた。2002年に鉄カルベノイドを用いたC-H挿入反応[1]が報告されたが、化学量論量の鉄カルベノイドを単離後、高温で反応させるものであり、C-H挿入型形成反応を触媒的に進行させることはできなかった。

技術や手法の肝

Whiteらは先行研究[1]が触媒反応として機能しない理由として、高温でジアゾエステルの分解やフリーカルベン反応が競合しているためだと考えた[2]。そこで鉄カルベン種を電子的・かつ立体的にチューニングすることで、原料を損壊させない温和な条件下でのC-H挿入反応を達成した。

主張の有効性の検証

①初期検討

種々のジアゾエステルと鉄触媒を用いて反応性を確認したところ、立体的に空いた基質は二量化が進みやすく、立体的に混んだ基質はケトンを生成することが分かった。一方、電子求引基が二重置換したジアゾ化合物については、エステル置換型は反応が進行しなかったものの、スルホン置換型基質は鉄(III)フタロシアニンとの組み合わせで3%のC-H挿入生成物を与えることが分かった。更にカウンターイオンをBArF4アニオンに変え、基質のslow additionを行なうことで、53%まで収率が向上した。鉄(II)を用いたときやNaBArF4単独では反応が進行しなかった。

②基質一般性の検討

オレフィンα位やシリルエーテルα位、ベンジル位などで中程度の収率にて反応が進行した。電子豊富置換基ほど収率が高くなる傾向がある。シクロプロパン化反応(6員環形成)とC-H挿入(5員環形成)が競合する基質においては、選択性よくC-H挿入が進行している。(+)-Tocopherol由来の基質を用いたLate-stageC-H挿入も達成している。

③反応機構の考察

著者らは鉄オキソ種・鉄ナイトレン種に見られるようなホモリティクC-H結合切断が進行し、その後炭素ラジカルとC-C結合形成が起きる段階的な反応機構を提唱した。

これは以下の実験事実から示唆されている。

A) フリーカルベン種の否定

ジアゾエステルにジクロロメタン溶媒中でUV照射を行なうと、フリーカルベン種の生成を経てジクロロメタンへのC-H挿入を起こす。一方で鉄(III)フタロシアニンを用いた反応ではこの生成物は確認されないことから、フリーカルベン経由の反応では無いと言える。

B) 速度論的同位体効果(KIE)の測定

下記重水素置換基質との比較において、C-H挿入が律速段階であることが示されている(式a)。分子内H/D競合では、フタロシアニンのCl置換数の異なるリガンドの電子状態に応じて異なるKIE値を示す。このことからC-H挿入に鉄触媒が関与していることが示唆される。更にRh2(OAc)4のKIEH/D(1.8)より遥かに高い値を示すことから、協奏的ではなく段階的なラジカル機構で進行していることが示唆される(式b)[3]。

C) オレフィンの異性化実験

Z-オレフィン型基質では、Rh2(OAc)4触媒だと立体保持で進行する(協奏的機構)のに対し、鉄(III)フタロシアニン触媒ではE-オレフィンの異性化が生じる。このことも段階的ラジカル機構での進行を示唆している。フタロシアニンのCl置換数が増えると異性化率が小さくなってくるが、これは電子求引基が鉄カルベノイドを不安定化し、C-C結合形成が速くなっているためだと説明されている。

議論すべき点

  • 鉄カルベノイドの反応性が低いためか、強力な電子求引性基質に使用が限られている。「カルベンラジカル」形式の反応性を示す既知触媒に対する利点の実証は、今後の課題といえる。
  • ZhangらのCo-カルベンラジカル触媒[4]のように水素結合による安定化が施される設計ではどうか、鉄オキソ触媒のようにアキシアル置換基によって反応性をチューニングできるかどうか[5]、などには興味が持たれる。

参考文献

  1. Li, Y.; Huang, J.-S.; Zhou, Z.-Y.; Che, C.-M.; You, X.-Z. J. Am. Chem. Soc. 2002, 124, 13185. DOI: 10.1021/ja020391c
  2. Tortoreto, C.; Rackl, D.; Davies. H. M. L. Org. Lett. 2017, 19, 770. DOI: 10.1021/acs.orglett.6b03681
  3. Nakamura, E.; Yoshikai, N.; Yamanaka, M. J. Am. Chem. Soc. 2002, 124, 7181. DOI: 10.1021/ja017823o
  4. (a) Zhu, S.; Xu, X.; Perman, J. A.; Zhang, X. P. J. Am. Chem. Soc. 2010, 132, 12796. (b) Cui, X.; Xu, X.; Jin, L.-M.; Wojtas, L.; Zhang, X. P. Chem. Sci. 2015, 6, 1219. doi:10.1039/C4SC02610A
  5. Engelmann, X.; Monte-Pérez, I.; Ray, K. Angew. Chem. Int. Ed. 2016, 55, 7632. DOI: 10.1002/anie.201600507
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博士(薬学)。Chem-Station副代表。現在国立大学教員として勤務中。専門は有機合成化学、主に触媒開発研究。 関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。 素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

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