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化学者のためのエレクトロニクス講座~半導体の歴史編~

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このシリーズでは、化学者のためのエレクトロニクス講座では半導体やその配線技術、フォトレジストやOLEDなど、エレクトロニクス産業で活躍する化学や材料のトピックスを詳しく掘り下げて紹介します。

今回は、人類の暮らしを一変させた半導体の歴史を紐解いていきます。

chip

半導体チップ(画像:pixabay

半導体以前

戦後になって半導体が発明される以前は、同様の機能を真空管が代替していました。21世紀の今となってはほとんど姿を消した真空管、ご存じの方がいるとすればかなりのオーディオ通かもしれませんね。まずはそんななじみの薄い真空管ですが、いったいどんな原理で動作するどのような装置だったのか、押さえておきましょう。

そもそも真空管は、かの発明王エジソンが1883年に「エジソン効果」を発見したことに由来します。

エジソン効果とは、彼の発明品でもある白熱電球の中に金属板(プレート)をおいて正電位を印加すると、加熱されたフィラメントから熱電子放出が起こり、これを陰極として、真空を通して電流が流れる現象です。この発見を端緒として、陰極から放出させた熱電子を電界や磁界により制御することにより、増幅などを行う能動素子としての真空管が誕生しました。

真空管(画像:Wikipedia

もっとも単純な二極管は、フレミングの法則でも知られるフレミングによって、1904年に発明されました。これはガラス管にフィラメントと金属板のアノードを封入したものです。真空中でフィラメントに電流を流すと高温となって放出される熱電子をアノードで捉えるもので、アノード側に正電圧をかけると、放出された熱電子は正電荷に引かれ陽極に向かって飛ぶ。この結果フィラメントからプレートに向けて電子の流れが生じる。すなわち、プレートからフィラメントに向かって電流が流れますが、負電圧をかけると熱電子はアノードには届きません。そのため、二極管はアノードからフィラメントに向かう電流のみ通す整流効果を示します。半導体のダイオードと同じ仕組みですね(奇しくも二極管の英称もdiodeです)。

二極管の構造(画像:Wikipedia

続いて発明されたのが三極管で、トランジスタと同じ働きをします。

これは二極管のフィラメントとアノードの間に粗い網状の電極(グリッド)を配置したもので、グリッドの電位を変化させることで、陰極-陽極間の加速電界を調整します。これにより、グリッドに与える電圧の変化(入力)を、プレートから電流の変化(出力)として取り出すことで、信号の増幅が可能になります。

三極管の構造(画像:Wikipedia

三極管にさらなる改良を加えた四極、五極の真空管も追って開発されましたが、基本的な動作原理は二極管、三極管に準拠するものです。

真空管は戦前期にラジオの増幅回路や軍用の電子装置類に広く使われて黄金時代を築きましたが、小型化が難しい、消費電力が大きい、寿命が短いといった欠点を抱えており、これらを克服した半導体に取って代わられました。

1960年代以降、半導体素子の歩留まりが向上して価格破壊が起こると、特殊な用途を除いて真空管の利用価値は凋落の一途をたどり、旧時代の遺物と見なされるようになりました。1976年に当時のソビエト連邦防空軍の将校であったヴィクトル・ベレンコ中尉が、当時の最先端(と喧伝されていた)戦闘機Mig-25に搭乗して日本の函館に亡命する事件(ベレンコ中尉亡命事件)が発生し、世界を震撼させましたが、最高速度マッハ3.2を誇るソ連屈指の機体に真空管が採用されていたことで、西側諸国の嘲笑を買ったという逸話があるほどです(詳細はベレンコ中尉亡命事件を参照)。

函館空港に強行着陸したソ連軍のMig-25(画像:Wikipedia

こうして斜陽化した真空管ですが、現在では特殊なオーディオ機器(アンプ)の増幅用に根強い人気を誇るほか、半導体の不得手とする超高周波・超大電力用途などのニッチな分野には残っています。

トランジスタの発明

今日の全ての半導体素子の基礎となるトランジスタの原理は、1947年にBell Telephone Laboratoriesのジョン・バーディーン(John Bardeen)とウォルタ・ブラッテン(Walter Houser Brattain)によって発明されました。彼らはゲルマニウム(Ge)の単結晶表面に2本の導線を近づけて立て(点接触型トランジスタ)、その一方に電流を流すと、もう一方に大きな電流が流れる現象を発見しました。これは信号が増幅されたことを意味し、これがキャリアの注入に起因することが判明しました。その後、同研究所のウィリアム・ショックレー(William Bradford Shockley)は、より動作が安定した今日の接合型トランジスタを発明しました。これら三氏はその業績をたたえられ、のちにノーベル物理学賞を授与されています。

トランジスタ(画像:Wikipedia

シリコンの席巻

1950年代の黎明期の半導体産業を支えたGeトランジスタでしたが、高温に弱く、動作温度範囲の上限が約70℃に制限されるという致命的な欠点を抱えていました。一方、周期表の一つ上のシリコンで作ったトランジスタは高温でも安定して作動したことから、ゲルマニウムは次第にその座を追われていきました。なお、近年ではゲルマニウムの高い電子移動度が注目され、再び脚光を浴びつつあります。

集積回路の発明

現在のモノリシックICの概念が登場したのは1958年のこと、TI社のJack St. Clair Kilbyによるものでした。

トランジスタの発明から10年がたった当時、半導体は既に軍用をはじめとする多様な分野に応用されつつあり、システムが高度になるにつれ、素子間の配線の複雑化が課題となっていました。その解決策として、当初は素子を基板上に高密度に実装して一体の組織とするマイクロモジュール方式が主流でした。

しかし、この方式では高密度実装に限界があったことから、Kilbyはブレークスルーによる打開を目指し、研究を続けました。その結果、一枚の半導体基板上に全ての素子を集積するという概念にたどり着きました。これは絶縁部を含めた素子全体に、当時は高価だったシリコンを用いる必要がありましたが、ウエハから集積回路(IC)を形成するという現代の方式の元祖であり、非常に先駆的な発想でした。

のちにKilbyの特許は各国の半導体メーカーとの間に多くの訴訟を起こしましたが(キルビー特許を参照)、この功績により、彼もまたノーベル賞を贈呈されています。

プレーナ技術

当初、トランジスタの製造には様々な試行錯誤がありましたが、1959年にFairchildのHoerniは、不純物拡散に使用したシリコン酸化膜を除去しないで絶縁膜として利用するプレーナ技術を発明し、実用的にモノリシック集積回路を製造できる方法が確立しました。これはフォトレジストを利用した現代の製法の礎となるものです。

それ以来ICは高集積化によってLSI(大規模集積回路)へと発展し、さらにはその周辺機能をも1チップにまとめてモジュール化したSoC(System on Chip)に軸足が移っていきました。メモリやCPUなど、身の回りの電子機器の基礎となる製品はこの系譜を継ぐものです。

その後のリソグラフィ技術の向上に伴って半導体素子の機能集積はさらに進み、かつてスーパーコンピュータでしかなしえなかった計算を、手のひらほどのスマートフォンで実現できるようになり、世界は大きく変わりました。今後もIoT化の進展など、同様の潮流が続くものと期待されます。

関連リンク

日本半導体歴史館

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化学メーカー勤務。学生時代は有機をかじってました⌬
電気化学、表面処理、エレクトロニクスなど、勉強しながら執筆していく予定です

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