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スポットライトリサーチ

シクロデキストリンの「穴の中」で光るセンサー

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第469回のスポットライトリサーチは、上智大学理工学部 物質生命理工学科 分析化学研究グループ(早下・橋本研究室)の鈴木 陽太(すずき ようた)博士にお願いしました。

早下・橋本研究室では、超分子化学・分子認識・錯体化学・電気化学に基づいた「分離と計測のための新しい方法論の創出」を目標に研究を行っています。具体的には、リン酸化合物・糖類の検出法やそれに応答する超分子複合体の開発、超分子複合体を用いた細菌の検出などに取り組まれています。

本プレスリリースの研究内容は、水中でのD-グルコースの高選択検出についてです。ブドウ糖(D-グルコース)は血糖として体内に広く存在し、その精確な濃度の追跡や管理は、糖尿病の早期発見や治療のために重要です。しかしながら、体内には他の様々な糖も共存するため、精確な D-グルコースの濃度の測定には D-グルコース”だけ”を見つけ出すセンサーの開発が要求されます。本研究では、シンプルな蛍光性分子と環状オリゴ糖の超分子複合体が、D-グルコースを認識して水中で劇的な発光の増強を示すことを明らかにしました。そしてこの複合体は D-グルコースに対して非常に高い感度、選択性、そしてキラル選択性を示しました。

この研究成果は、「ACS Sensors」誌に掲載され、Supplementary Coverに採択されました。またプレスリリースにて成果の概要が公開されています。

Recognition of D‑Glucose in Water with Excellent Sensitivity, Selectivity, and Chiral Selectivity Using γ‑Cyclodextrin and Fluorescent Boronic Acid Inclusion Complexes Having a Pseudo-diboronic Acid Moiety

Yota Suzuki*, Yuji Mizuta, Ayame Mikagi, Tomoyo Misawa-Suzuki, Yuji Tsuchido, Tomoaki Sugaya, Takeshi Hashimoto, Kazuhiro Ema, and Takashi Hayashita*

ACS Sens. 2023, 8, 1, 218–227
DOI: doi.org/10.1021/acssensors.2c02087

研究室を主宰されている早下隆士 教授より、鈴木博士についてコメントを頂戴いたしました!

鈴木陽太君は、早稲田大学先進理工学部の石原浩二先生の研究室で博士号を取得した後、2021年4月に我々の分析化学グループに日本学術振興会特別研究員PDとして参画してくれました。早稲田大学時代から、我々の進めるシクロデキストリン複合体の研究に興味を持ってもらい、学生の学会発表でも頻繁に質問をしてくれたことを覚えています。鈴木君が研究室に入ってからの活躍には目を見張るものがあり、新しい研究に取り組んだこの2年間で、既に筆頭著者2報を含め4報の論文を発表しています。「朝を制する者は、人生も制する」という考えから、私は大学に毎朝7時前に来て仕事を始めているのですが、彼も私のスタイルを見習ってか、埼玉の家を朝5時半に出て、7時には大学に来て研究を始める頑張り屋さんです。また探究心の強さから、学内の物理領域や生物領域など他領域の先生方とも積極的に交流して、研究ネットワークの輪を広げてくれました。

2022年にイタリアで開催された国際シクロデキストリンシンポジウム(ICS 2022)では、The Award of CYCLONET Young Investigator Training Program 2019を受賞し、非ヨーロッパ圈の大学からの申請者の中で、最も優れた若手研究者として表彰されています。彼はこのプログラムを使って、2022年の5月から7月まで、イタリアのカターニア大学で、Sortino教授の指導のもとで癌治療薬の設計に関する研究も行っています。今回の彼の発見は、D体のグルコースのみを高選択的に蛍光識別できるシクロデキストリン複合体センサーの開発に成功したものですが、D体とL体のキラル識別がこれほど見事に達成できるとは考えていませんでした。早速、国内の特許に出願すると共に、アメリカ化学会誌のACS Sensorsに投稿し、Supplementary cover掲載の論文として紹介されました。鈴木君の考案した複合体は、新しい発光材料としても興味深く、彼の今後の益々の活躍を期待しています。

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

ここ数十年,ジボロン酸によるブドウ糖(D-グルコース)の分子認識が盛んに研究されています。2つのボロン酸部位を持つ「ジボロン酸」は,D-グルコース内の二か所のシスジオール部位と反応します。これを利用して,ジボロン酸部位に蛍光シグナル部位を導入した「ジボロン酸型化学センサー」が数多く報告されています(図1上)[1]。この化学センサーは従来の酵素型ブドウ糖センサーよりもはるかに耐久性が高いため,次世代における糖尿病診断系の基本骨格として注目されています。しかしその一方で,水に溶けない,合成が難しい,他の糖も認識してしまうなどの問題点がありました。

そこで本研究では,シクロデキストリンとピレン二量体による超分子複合体の形成に着目しました。シクロデキストリンは複数の単糖ユニットが繋がった環状のオリゴ糖で,外側は親水性,内側は疎水性というユニークな性質を持ちます。中でも,8つの単糖で構成されるγ(ガンマ)-シクロデキストリンは,水中でピレン分子を2つ同時に包接します。その結果,青色蛍光を示すピレンが二量体を形成し,緑色の二量体蛍光を発します。これを利用して,γ-シクロデキストリンの空孔にピレン部位を持つ単純なボロン酸を二分子同時に包接した超分子複合体を設計しました(図1下)。つまり,水中でD-グルコースを認識するための”ジボロン酸部位”を擬似的に作り出しました。その結果,単純な構造で,高い水溶性を持ち,水中でD-グルコースを非常に高い感度・糖選択性で認識して劇的な蛍光強度の増大を示す超分子複合体の開発に成功しました。さらに,この超分子複合体は鏡像異性体のL-グルコースを添加しても蛍光強度の増大を起こさない,つまり,キラル選択性を有することも明らかになりました(図2)。

図1. 研究のコンセプト

図2. 様々な糖類を添加した時の超分子複合体溶液の蛍光

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

この超分子複合体がキラル認識能を持つことを発見したことです。実験より,この二分子のピレン型ボロン酸はシクロデキストリンの空孔に反時計回りで内包されている,つまり,この超分子複合体はキラリティを有することが分かりました。そこで私は,ジボロン酸部位にもキラリティが伝搬されていると考え,D-グルコースのキラル認識への応用を閃きました。キラル選択性を持つ既報のジボロン酸型化学センサーの合成は困難で,報告例はとても少ないです。つまり,この単純な構造の超分子複合体でキラル認識を達成できれば,学術的に驚くべき発見になるだろうと思いました。手に汗握りながらスペクトルを測定した結果,予想通りにD-グルコースに対してキラル選択性を示してくれました。さらにボロン酸の構造を検討することで,既報のジボロン酸型化学センサー(2倍程度)を凌駕する優れたキラル選択性(6倍)を実現しました。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

中性条件でD-グルコースを感度良く蛍光認識させることでした。私が本学に来た時点で既に類似構造の超分子複合体はいくつか開発されていたものの,塩基性条件でしか認識しない,感度が低いなどの問題がありました。そこで様々なボロン酸構造の検討に着手しました。しかし,この超分子錯形成は構成要素の構造に対して非常に敏感であるため思うように制御できず,結果の出ない時期が続きました。

前所属先で,私はボロン酸の錯形成反応の速度論的解析を長年していました。(誇張して言うと,溶液中のボロン酸の動きが目で見えます。)その経験を活かして様々な条件を検討した結果,中性でD-グルコースとの反応が進みやすい化学種を増やす,理想的な条件・ボロン酸構造を見つけ出すことに成功しました。最終的に,pH 7.4の水中においてμMレベルのD-グルコースの蛍光認識を達成しました。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

まだまだ若輩者であるため,将来の化学がどうなるのか分かりませんし,数十年後はどのような研究が流行しているのか皆目予想もつきません。しかし,だからこそ私は,今後の時勢に左右されずに長く安定して学術や社会へ貢献する研究,つまり新しいコンセプトの開拓をしていきたいと常々思っています。

そのような気持ちがあり,私はシクロデキストリンの空孔を反応場とした水中での分子認識という,世界でもほぼ誰にもやられていない研究に挑戦しました。そして幸運にも,シクロデキストリンのキラルな空孔を反応場としたキラル認識という,(小さな)新しいコンセプトの開拓者になれたかと思っています。今後も引き続き,違った見方で既存の概念を塗り替えていく,風変わりな研究者になることを目指します。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

分析化学には目に見えないものを可視化していくことに面白さがあります。それは病気の発見や毒物の検出に使われるだけでなく,延いては森羅万象の謎(生命とは何か,宇宙とは何か)へ迫れる化学であると(個人的に)思っています。本記事でご紹介したこの分析化学研究の一端を通して,読者の皆様がこの分野に対し少しでもご関心を持ってくださいましたらこの上なく幸せです。

私の愛読書の一つに「置かれた場所で咲きなさい(著:渡辺和子)」という有名な本があります。土の中に根を張って,七転び八起きで耐え忍べば,いつかは花が咲くと,私に語り掛けてくれました。私の研究を皆様へご紹介できた幸運に,心からの喜びを感じております。

私の学生時代の指導教授は,「学ぶの語源は真似ぶです。何かを学ぶときはお手本を探しなさい。」とよく仰っていました。本学への異動後,早下隆士教授からは研究者・そして人間としてのあるべき姿を学びました。同グループの橋本剛准教授,研究員,学生の皆様からは,未開の研究を推し進めていくための熱心な姿勢を目の当たりにしました。また,本研究の遂行にあたり,本学内外の様々な先生方から各専門分野の知識・アイデアを授かりました。皆様お一人おひとりが,私の手本となった方々です。本研究の遂行,そして私の研究者としての成長へお力添えを賜りましたこと,皆様へ心より感謝申し上げます。

[1] X. Sun, T. D. James, Glucose Sensing in Supramolecular Chemistry, Chem. Rev. 2015, 115, 8001–8037.

研究者の略歴

名前:鈴木 陽太(すずき ようた)

所属:上智大学 理工学部 物質生命理工学科 早下隆士教授 研究室 日本学術振興会特別研究員PD

研究分野:分析化学,超分子化学

研究テーマ:ボロン酸の反応性に基づくシクロデキストリンゲル化学センサーの開発

略歴 :

2021年2月 早稲田大学大学院 先進理工学研究科 化学・生命化学専攻 博士後期課程 修了 (石原浩二教授 研究室)

2019年4月~2021年2月 日本学術振興会特別研究員DC2

2019年9月~2020年3月 University of Bath (UK) 客員研究員 (Prof. Tony D. James group,JSPS若手研究者海外挑戦プログラム)

2021年2月~2021年3月 日本学術振興会特別研究員PD (石原浩二教授 研究室)

2021年4月~ 現職

2021年7月~2022年3月 早稲田大学 理工学術院総合研究所 招聘研究員

2022年5月~2022年7月 University of Catania (Italy) 客員研究員 (Prof. Salvatore Sortino group, CYCLONET Young Investigator Training Program)

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ただの会社員です。某企業で化学製品の商品開発に携わっています。社内でのデータサイエンスの普及とDX促進が個人的な野望です。

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