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化学者のためのエレクトロニクス講座~5Gで活躍する化学メーカー編~

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このシリーズでは、化学者のためのエレクトロニクス講座では半導体やその配線技術、フォトレジストやOLEDなど、エレクトロニクス産業で活躍する化学や材料のトピックスを詳しく掘り下げて紹介します。今回は、昨今話題の5G通信に欠かせない代表的な素材とメーカーをご紹介します。

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イメージ(画像:Flickr)

次世代基板材料

5G通信では28 GHz帯という極めて高周波の信号を扱う必要があることから、その伝送損失を押さえた低誘電率の新素材の利用が見込まれます。このような基板材料として脚光を浴びているのが液晶ポリマー(LCPです。液晶ポリマーは既存の基板材料であるガラスエポキシ樹脂(FR-4)やポリイミド樹脂(PI)と異なり、より低誘電率で高周波特性に優れる上に耐熱性が高く、吸水性が低いため、5G向けの次世代材料として本命視されています。

液晶ポリマー市場で圧倒的な首位に立っているのが村田製作所です。同社は「メトロサーク」と呼ばれる樹脂多層基板を開発し、2017年にApple社(米)のiPhone Xにはじめて搭載されました。

とはいえその製造は困難を極め、メトロサーク事業は当初莫大な赤字を計上していました。しかしながら、同社は製造能力の拡大を推し進め、事業は徐々に軌道に乗ってきているとされています。

従来、LCP基板を大量に供給できたのは村田製作所のみでした。これは製造難易度の高さのみならず、ポリマーフィルム原料の量産を行っていたのが同社のみだったためです。

今日LCPが次世代基板の主力になると目される中で、村田製作所のほかにもこの市場に参入する企業が増え始めています。

その一つがクラレです。クラレは、折り曲げた形状を維持でき高密度実装に適したLCPフィルム製品「ベクスター」の販売を開始し、その生産量は年間100万m²にも及びます。それでも昨今の需要増加に応えられないとして、西条事業所で新たに3割の増産に踏み切りました。

また、住友化学もLCP業界の古参であり、加工性に優れる溶融式と、薄膜化に適した溶液式の両方を手がける唯一のメーカーでもあります。住友化学は新たに、溶媒可溶性タイプと溶融張力を強化した新LCP「スミカスーパーLCP」を開発、サンプル出荷を開始しました。さらに、高周波対応コネクター向けなどに射出成型コンパウンド用としてもサンプル出荷を開始するとしています。

従来、LCPは有機溶媒に溶解せず、プリント配線板などへの加工に適したフィルム化が困難とされていました。普及製品でも押出成形かインフレーション方式に限局されていたために、続くめっき処理など基板加工が難しく、量産や多層化が難航していました。

このような流れは日本企業にとどまらず、台湾勢の参入も見込まれています。台湾企業の嘉聯益科技AZOTEKとともに本格的にLCP基板の量産を目指し、歩留まりの安定化を図る方針です。LCP分野の今後の進展に期待が高まります。

LCPと並び、次世代基板材料として注目されるのがフッ素樹脂です。AGC(旧:旭硝子)は5G向けプリント基板材料となるフッ素樹脂製品の生産能力増強の一環として、千葉工場に製造設備を新設し、2019年に稼働しました。これは28 GHz帯の伝送損失が既存の樹脂材料よりも30%以上低減できるもので、銅張積層板(CCL)用途での利用を想定したものです。

また、信越化学工業は非常に細い石英の糸を素材とし、厚さ20 μm以下までの積層基板の薄膜化に対応可能な石英クロス(SQXシリーズ)や、熱硬化性樹脂としては最低レベルの誘電率と吸湿性を誇り、低粗度の銅箔に対しても高い接着力を有するため、FCCL(フレキシブル銅張積層板)や接着剤などへの使用にも適した低誘電率樹脂(SLKシリーズ)を開発しています。これらもLCPを補完する新素材として目が離せません。

合成石英ガラスアンテナ

AGCは車載用や室内外用アンテナとしての実用化を見据えた5G向けの合成石英ガラスアンテナを開発し、2019年からサンプル出荷を始めています。高周波特性に優れ伝送損失が小さい高純度の合成石英ガラスを使用し、金属のアンテナパターンに微細なメッシュ加工を施すことで、限りなく透明に近づけているのが特徴です。これにより、視認できる場所に設置しても景観を損なわず、視界の遮りも最小限に抑えられるとしています。IoTと5G通信の運用開始が見込まれる中、車載用や室内外家電用といった分野における次世代アンテナとして注目されています。

合成石英ガラスアンテナ(画像提供:AGC

ノイズ抑制熱伝導シート

デクセリアルズ(旧:ソニーケミカル)は高速で大容量の情報処理をする5G用途のICチップ向けに、ノイズ抑制機能と高い熱伝導率を両立した薄型の炭素繊維シート「EX10000K3」を開発しました。磁性紛配合によりGHz帯の高周波ノイズに対して高いノイズ抑制機能を付与したほか、垂直方向に20W/m・Kの高い熱伝導率を持ち合わせていることから、5G通信などに用いられる高速大容量の情報処理を担うLSIの熱対策とノイズ対策に適しています。

一方、信越化学工業も同様の用途向けの放熱材を組み合わせた粘着性のあるシートや、熱で溶融、硬化し接着するシートなどを新たに開発しており、近く上市予定としています。

ごく一部、代表的な素材とメーカーを取り上げましたが、このほかにも5G通信に対応するためには数多くの技術が必要とされるため、新たな市場の開拓が期待されています。化学メーカーの活躍の素地も大きく、今後の技術の進展が待たれます。

次回は5Gの先の次世代通信技術に触れたいと思います。お楽しみに!

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化学メーカー勤務。学生時代は有機をかじってました⌬
電気化学、表面処理、エレクトロニクスなど、勉強しながら執筆していく予定です

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