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スポットライトリサーチ

世界初のジアゾフリーキラル銀カルベン発生法の開発と活性化されていないベンゼノイドの脱芳香族化反応への応用

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第310回のスポットライトリサーチは、千葉大学大学院医学薬学府 (根本研究室)・伊藤 翼さんにお願いしました。

芳香族化合物は特別な共鳴安定効果を備えるため、構造を壊すことは通常困難です。しかしとても反応性の高い銀カルベン種を穏和に生成できる条件を用いることで、脱芳香族化反応が進行することが明らかにされました。またこれは不斉反応化も可能であり、多環性光学活性分子を与える新手法になることも示されました。J. Am. Chem. Soc.誌 原著論文・プレスリリースに公開されています。

“Asymmetric Intramolecular Dearomatization of Nonactivated Arenes with Ynamides for Rapid Assembly of Fused Ring System under Silver Catalysis”
Ito, T.; Harada, S.; Homma, H.; Takenaka, H.; Hirose, S.; Nemoto, T.  J. Am. Chem. Soc. 2021, 143, 604–611.doi:10.1021/jacs.0c10682

研究を現場で指揮された原田慎吾 講師から、伊藤さんについて以下のコメントを頂いています。博士課程を突き進むアクティブな学生としてまだまだ沢山の成果を出してくれそうです。それでは今回もインタビューをお楽しみください!

 伊藤翼くんは、凄まじい集中力を持つ学生です。与えられた課題に真摯に取り組み、すぐに結果をだすことができます。また発想力にも優れており、最近では面白そうな研究テーマを提案してくれます。当研究室で行ったウォーレン章末問題試験では、修士1年生で平均得点1位を取り、周囲を驚かせました(ただしタイ留学に行っていたため未受験回があり非公式扱いに)。伊藤翼くんは持ち前の実験技術・量子計算の知識に加え、後輩の面倒見も良く研究室で役立つ色んな技を伝授してくれています。実際に本研究においてどうしても収率が伸び悩んだ際に、NMRでは検出されない不純物が原料にコンタミしていることが原因という作業仮説を立て、基質を高温条件で活性炭処理してから反応にかけるという一風変わった手順にて収率の改善に成功しました。今後の活躍も期待しておりますが小生が気にかけている唯一の懸念は、同研究室内にいた彼女が卒業してしまい、伊藤君が孤独感に苛まれないかです。

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

イナミド化合物を用いた世界初の銀カルベン発生法を開発し、活性化されていないベンゼンノイドの不斉脱芳香族化反応へと応用しました。これまでにイナミドを用いた金属カルベン発生法の不斉化は未達成であり、変換法が少ない、活性化されていないベンゼノイドの脱芳香族化反応へと適用できる点が本反応の強みです。さらに、反応終了後、ジエノフィルを添加することで、高立体選択的に5連続縮環化合物をワンポットで合成でき、ベンゼン環を仮想上のシクロヘキサトリエンのように変換可能です。

また密度汎関数法に基づく理論計算により、銀カルベンの発生に続く、ワンポット[4+2]環化付加反応までの反応機構やエナンチオ選択性発現機構を解析しました。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

本研究で特に思い入れがある点は反応条件の最適化です。研究開始当初は異なる基質で検討しておりましたが、芳しい結果は得られませんでした。そこで、基質設計を見直した際に、報告した脱芳香族化反応が進行し、本研究の方針が固まりました。方針が決まった後も不斉収率の向上が困難であり、100以上の条件検討の末、最適条件を見つけることができました。検討の中には数種類の不斉触媒を一から合成することもあり、満足する最適条件が見つかったときは何より数多のトライ&エラーが報われてほっとしたことを覚えています。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

不斉収率の向上も困難でしたが、最も困難だったのは誘導体化です。誘導する化合物の分子量が大きく、また、反応点が多いことから、反応の制御が非常に困難でした。全合成をやっている感覚に近かったです。既知な反応条件をほとんど試したものの、良い結果が一つも得られなかった時は諦めかけました。しかし既に試した条件を再度見直したところ、「条件を変えれば上手くいくのでは?」と思い検討し直したところ、目的の反応が進行しました。どこに活路が転がっているか分からないもので、検討した反応を見直すことも重要だという良い教訓になりました。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

今年度から同研究室で博士課程を専攻しており、新しいことに常に目を向け、学んでいきたいと思っています。また、これまでに化学を通して様々な経験や感動がありました。そしてこれらは研究を通して初めて得られたものだと思います。研究は化学に直接触れられる数少ない手段ですので、今後も研究を続ける中で、刺激を受けそしてそれを共有し、研究をしていない人にも化学の魅力を伝えられる存在になりたいです。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

この度はスポットライトリサーチへの寄稿の機会を頂きありがとうございました。研究室に配属された時から、スポットライトリサーチに特集されている先輩研究者が憧れであり、目標でした。「いつかここに載せてもらえる研究者になるぞ!」という気持ちで研究に取り組んでおりましたので、一つ夢が叶い、とても喜ばしいです。ぶっちゃけ浮かれておりますが、これからも精進し続けたいと思います。
最後になりますが、多くのご助言を頂いた、根本哲宏教授、原田慎吾講師、研究を補助して頂いた本間榛花博士、竹中浩貴君、広瀬峻平君にこの場を借りて感謝申し上げます。

研究者の略歴

名前:伊藤 翼(いとう つばさ)
所属:千葉大学大学院医学薬学府 薬化学研究室(根本研究室) 博士後期課程1年
研究テーマ:ジアゾフリー銀カルベン発生法による脱芳香族化反応の開発および金属カルベン反応における元素特性の解明
略歴
2019年3月 千葉大学薬学部薬科学科卒業(根本哲宏 教授)
2021年3月 千葉大学大学院医学薬学府総合薬品科学専攻修士課程修了(根本哲宏 教授)
2021年4月- 千葉大学大学院医学薬学府先端創薬科学専攻博士後期課程(根本哲宏 教授)

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博士(薬学)。Chem-Station副代表。現在国立大学教員として勤務中。専門は有機合成化学、主に触媒開発研究。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

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