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化学者のつぶやき

キラルな八員環合成におすすめのアイロン

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キラルなジイミン鉄触媒を用いた1,3-ジエンのクロス[4+4]環化付加反応が開発された。緻密な触媒設計により、置換シクロオクタジエンの高エナンチオ選択的合成が達成された。

鉄触媒を用いたシクロオクタジエン合成

キラルなシクロオクタジエンは、天然物の部分骨格や不斉触媒の配位子にみられる重要骨格である。エントロピーの観点から閉環反応では8員環が構築しにくいため、シクロオクタジエン合成は現在でも有機合成化学における課題の1つである。高い原子効率かつ直感的な合成法の1つとして、金属触媒を用いた1,3-ジエンの[4+4]環化付加反応が知られている。1950年代にZieglerやWilke、Reedらは、ニッケル触媒を用いたブタジエンの[4+4]環化付加反応を報告した(図1A)。しかし、この手法では置換1,3-ジエンを原料とすると、化学選択性および位置選択性が低下するという課題があった。
一方、1985年にtom Dieckは -ジイミン-鉄(DI-Fe)錯体がブタジエンの[4+4]環化付加反応に対して触媒作用を示すことを見いだした[1]。1992年、彼らはキラルなDI-Fe触媒Fe1を用いることで、(–)-1,7-ジメチル-1,5-シクロオクタジエンを中程度のエナンチオ選択性で得ることに成功した(図1B)[2]。また、2019年にChirikらはFe2およびFe3を触媒とする、一置換1,3-ジエンの高ジアステレオ選択的[4+4]環化付加反応を報告した(図1C)[3]。しかし、これらの反応はいずれも高エナンチオ選択性の発現には至っておらず、さらなる触媒開発が必要であった。
今回、Cramerらは鉄錯体Fe4を合成し、それを触媒に用いることで、一置換1,3-ジエンのクロス[4+4]環化付加反応を高エナンチオ選択的に進行させることに成功した(図1D)。

図1. (A) 1,3ジエンのニッケル触媒[4+4]環化付加反応 (B) tom Dieckらによる反応 (C) Chirikらの反応 (D) 今回の反応

Enantioselective Iron-Catalyzed Cross-[4+4]-Cycloaddition of 1,3-Dienes Provides Chiral Cyclooctadienes

Braconi, E.; Götzinger, A. C.; Cramer, N. J. Am. Chem. Soc. 2020, 142, 19819–19824.

DOI: 10.1021/jacs.0c09486

論文著者の紹介


研究者:Nicolai Cramer
研究者の経歴:
1998–2003 B.S., University of Stuttgart, Germany
2003–2005 Ph.D., University of Stuttgart, Germany (Prof. Sabine Laschat)
2005–2005 Research, University of Osaka, Japan (Prof. Michio Murata)
2006–2007 Postdoc, University of Stanford, USA (Prof. Barry M. Trost)
2007–2010 Habilitation, ETH Zurich, Switzerland (Prof. Erick M. Carreira)
2010–2013 Assistant Professor, EPF Lausanne, Switzerland
2013–2015 Associate Professor, EPF Lausanne, Switzerland
2015–           Professor, ETH Lausanne, Switzerland
研究内容:エナンチオ選択的な金属触媒反応の開発および生理活性物質合成への応用

論文の概要

本反応は、一位と二位にそれぞれ置換基を有するジエン12に対し、DI-Fe(II)触媒とその活性化剤であるジブチルマグネシウムを作用させることで目的のシクロオクタジエン3を与える。著者らはまずDI-Fe(II)触媒が本反応の化学選択性、立体選択性に及ぼす影響を調査した(図2A)。その結果、触媒Fe4が最も高い化学選択性およびエナンチオ選択性で3aを与えた (Entry 1)。芳香環を有するFe5では、エナンチオ選択性が -スタッキングにより支配され、Fe4の場合と逆転した(Entry 2)。Fe4に比べジイミン側鎖がより嵩高いFe6を用いた場合は、鉄原子周りの立体障害により化学選択性が低下した(Entry 3)。また著者らはX線構造解析から、Fe4を用いた場合の高エナンチオ選択性の発現要因は、C2対称に広がったジイミン側鎖との立体反発を避けるようにして、鉄原子とジエンが相互作用するためであると結論付けた。
本反応の基質適用範囲は広く、電子求引基(1b)や電子供与基(1c)およびハロゲン(1d)を有するアリール基や、嵩高いtert-ブチル基(1e)をもつジエン1を用いた際に、高収率かつ高エナンチオ選択的に対応するシクロオクタジエン3bb–3ecを与えた(図2B)。またジエン2がオレフィン(2d)やフラン(2e)を有する場合にも、良好な収率およびエナンチオ選択性で3fd3feが得られた。さらに、本反応によって得られる3gfにロジウム錯体を添加することでロジウム不斉触媒4へ、ギ酸を作用させることでビシクロ[3.3.0]オクタン(5)への誘導化が可能である(図2C)。

図2. (A) ジイミン配位子骨格の立体効果 (B) 基質適用範囲 (C) 誘導化

以上、エナンチオ選択的クロス[4+4]環化付加反応によるキラルな8員環合成法が報告された。今後は、本反応により合成されるシクロオクタジエンをキラル配位子とした不斉反応の開発が期待される。

参考文献

  1. tom Dieck, H.; Dietrich, J. Selectivity and Mechanism of Diene Cycodimerization on Iron (0) Complexes. Angew. Chem., Int. Ed. 1985, 24, 781–783. DOI: 10.1002/anie.198507811
  2. Baldenius, K.-U.; tom Dieck, H.; Konig, W. A.; Icheln, D.; Runge, T. Enantioselective Syntheses of Cyclopentanoid Compounds from Isoprene and trans-1,3-Pentadiene. Angew.  Chem., Int. Ed. 1992, 31, 305–307. DOI: 10.1002/anie.199203051
  3. Kennedy, C. R.; Zhong, H.; Macaulay, R. L.; Chirik, P. J. Regio- and Diastereoselective Iron-Catalyzed [4+4]-Cycloaddition of 1,3-Dienes. J. Am. Chem. Soc. 2019, 141, 8557–8573. DOI: 1021/jacs.9b02443
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