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スポットライトリサーチ

提唱から60年。温和な条件下で反芳香族イソフロリンの合成に成功

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第451回のスポットライトリサーチは、大阪大学 大学院理学研究科化学専攻 物性有機化学研究室・博士前期課程2年生の杉村 晴菜さんにお願いしました。

杉村さん達は今回、1960年にその存在が提唱されていたもののこれまで未達成であった反芳香族イソフロリンの合成に世界で初めて成功しました。単離された反芳香族イソフロリンの鮮やかな赤色が印象的です。前駆体のポルフィリンは緑色であり、芳香族性の変化が視覚的にも感じられるのが非常に面白いですね!(しかし、この色変化は、杉村さん曰く注意を要する部分でもあったそうです…!)

本研究成果は原著論文としてEuropean Journal of Organic Chemistry誌に掲載され、カバーピクチャーにも選出されました。

”20π Antiaromatic Isophlorins without Metallation or Core Modification”

Haruna Sugimura, Kana Nakajima, Ken-ichi Yamashita* and Takuji Ogawa

European Journal of Organic Chemistry, 2022, e202200747.

DOI: 10.1002/ejoc.202200747

また、本研究成果は大阪大学プレスリリースでも発表されています。

今回、本研究を指揮された山下 健一 講師より、杉村さんについてコメントを頂戴しました!

杉村さんとは、彼女が学部4年生の時から一緒に反芳香族イソフロリンの研究を行っております。今回発表した研究成果は、実は杉村さんの研究目標のゴールではなくむしろスタートラインに相当します。杉村さんは、遠方から通学しているにも関わらず、毎日誰よりも早く研究室に来て、目標に向けて研究に勤しんでおり、現在も、続報の投稿に向けて準備中です。
杉村さんの論文がアクセプトされて、表紙掲載のお誘いがあったときに、私自身は全く画のセンスがないので、杉村さんに丸投げしてみたところ、彼女もデジタルに画を書いた経験がほとんどなかったようで頭を抱え込んでしまいました。そこで、アナログでもよいから自分の得意なもので挑戦してみてはと助言したところ、急に水を得た魚のようになり、最終的に杉村さんの妹さんの手も借りて、書道により描かれた表紙が完成しました。なお、今回採用された書道以外の用意もしてくれておりました。
杉村さんは、私の指導学生の中で最初の博士後期課程進学者となる予定です。およそ1年前に杉村さんに進学の相談を受けました。それは相談というよりも、もっと研究を続けたい!という意思表示であり、第一声を聞いたときにその力強さに思わず変な声が出てしまいました。しかし、杉村さんのこの決断から私自身も大きな力をもらいました。杉村さんのさらなる成長を楽しみにしております!

それでは、杉村さんのインタビューをお楽しみください!

 

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?

今回我々は、世界で初めて中心金属を持たず中心元素の置換もされていない反芳香族イソフロリンの合成に成功しました。イソフロリンは、クロロフィルやビタミンB12などの全合成の業績によりノーベル化学賞を受賞したWoodwardによって、1960年にポルフィリン合成の中間生成物として提唱された化合物です(図a)。イソフロリンはポルフィリンよりもπ電子が二個多い20π電子系の化合物であり、反芳香族性を示すと期待できます。これまで合成されたイソフロリンは、図b左に示すように構造が大きくゆがんで反芳香族性を示さないものです。環中心に金属を導入したイソフロリン(図b中央)は酸化に対して極めて不安定でした。近年になって、中心窒素原子を酸素や硫黄原子に置換したりすることで、安定な反芳香族イソフロリン類縁体が報告されています(図b右)。しかし中心金属を持たず、また元素置換もされていない反芳香族イソフロリンの合成は、今回我々が報告するまで未報告でした。今回単離に成功したのは、通常のポルフィリン合成経路(Q1の図a)とは逆の経路で合成に取り組んだところです。さらに、反芳香族イソフロリンの合成前駆体として、還元されやすいテトラシアノポルフィリンを採用しました。テトラシアノポルフィリンは1980年代から報告のある化合物で、四つのシアノ基に由来して高い電子受容性を持つことが特徴です。ドナー・アクセプター材料としての利用や、電気化学的な研究が盛んであり、容易に2電子還元を受けることまでは電気化学測定から知られておりました。しかしながら、その還元によって得られる化合物は単離されておらず、還元体の構造・性質は未解明のままでした。

テトラシアノポルフィリンに温和な還元剤であるヒドラジンを添加したところ、溶液の色が緑色から赤色へ変化し(トップ画像)、還元が示唆されました。単結晶構造解析(図c)や核磁気共鳴(NMR)測定から、イソフロリンの生成と反芳香族性を示すことが明らかになりました。反芳香族化合物は一般に不安定なことが多いですが、我々が今回単離したイソフロリンは、反芳香族性を保ちつつ、空気中で取り扱い可能なほど安定でした。

(a)ポルフィリン合成経路、(b)これまでに合成されたイソフロリン類縁体、(c)今回単離した反芳香族イソフロリンの結晶構造。灰色:炭素原子、白色:水素原子、青色:窒素原子、黄色:フッ素原子

 

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

イソフロリン前駆体の検討を行ったことです。最初に既報のテトラシアノポルフィリン溶液に還元剤を一滴添加したところ、溶液の色が緑色から赤色へ変化し、紫外可視吸収スペクトルの形状からもイソフロリンの合成が示唆されました。しかし、1H NMRのピークは著しくブロードでした。これは、還元が定量的に進行しておらず、中間体である19πラジカルとの平衡があるためであると考えました。実際、ヒドラジンを溶媒量使用すると、反芳香族イソフロリンの生成を示す明確な1H NMRが得られました。そこで、ヒドラジンの使用量を減らすことを目的として、さらなる電子求引性置換基の導入を試みました。様々な置換基を検討した結果、フェニル基上にCF3を導入することで、わずかな還元剤存在下でのイソフロリン定量合成に成功しました。1H NMRでも明確なピークのシフトが観測されています。このイソフロリン生成前後での色変化は、個人的に気に入っている部分ではありますが、定量生成とは結び付かず注意が必要でした。イソフロリンが合成できているかどうか、慎重な判断を心がけていました

 

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

イソフロリン合成前駆体への置換基の選択に苦労しました。電子求引性置換基が入ると、原料合成の過程の反応の一つ(ブロモ化反応)が進行しにくくなることが予想されました。そこで複数の置換基を選択し、一気に条件検討しました。実際予想は的中し、最終的にゴールにたどり着いたのは、今回合成したCF3置換体一つだけでした。置換基の種類が異なるだけで、反応の進行度が大きく異なり、分子設計の難しさを実感しました。

 

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

今回の研究に取り組む中で、もっと研究を続けたいと感じ博士後期課程への進学を決めました。テトラシアノポルフィリンのように古くから知られている化合物であっても、まだまだ研究の余地はあると感じます。今回は還元体について調査しましたが、テトラシアノポルフィリンに焦点を当てた研究にも興味があります。また、今回合成した反芳香族イソフロリンの様々な金属錯体も研究したいです。反芳香族性と金属イオンの間で何か相関がみられると面白いなと考えています。

 

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

今回の研究に関するイラストが論文雑誌の表紙に掲載されましたので、是非ご覧いただきたいです。イソフロリンの構造を書道で描き、周辺にその性質「金属導入や中心修飾なしの反芳香族イソフロリン」を散らし書きという技法で示しています。大学で書道を専攻している妹がデザインしてくれたもので、金箔の散らされた半紙を使ったり、朱墨で環電流の経路を示したりとこだわってくれました。

 

 

研究者の略歴

名前:杉村 晴菜(すぎむら はるな)

所属:大阪大学大学院 理学研究科 化学専攻 物性有機化学研究室 博士前期課程2年

研究テーマ:β-テトラシアノイソフロリンの合成と反芳香族性の評価

 

 

 

関連リンク

大阪大学大学院理学研究科 物性有機化学研究室 Website

大阪大学ResOU:提唱から60年。温和な条件下で反芳香族イソフロリンの合成に成功

researchmap 山下 健一

 

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Shirataki

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目には見えない生き物の仕組みに惹かれ、生体分子の魅力を探っていこうとしています。ポスドクや科学館スタッフ、大学発ベンチャー研究員などを経て放浪中。

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