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スポットライトリサーチ

ルイスペア形成を利用した電気化学発光の増強

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第511回のスポットライトリサーチは、兵庫県立大学大学院 理学研究科 物質科学専攻 物質構造制御学部門理学部 構造物性学講座(阿部研究室)に在籍されていた田原 圭志朗(たはら けいしろう)助教にお願いしました。田原助教は、2023年2月から香川大学 創造工学部 材料物質科学領域に准教授として所属されています。

阿部研究室では、固相・液相・固液界面を舞台とした「ボトムアップ型」多核錯体化学の創製と機能開拓や機能性多核金属錯体の結晶化学、分子のレドックス特性を生かした機能物質の開拓などの研究テーマを推進しています。

本プレスリリースの研究内容は、電気化学発光についてです。本研究グループでは、有機色素の新しい化学修飾の手法を開発し、電気化学発光を飛躍的に向上させることに成功しました。この研究成果は、「Angewandte Chemie International Edition」誌に掲載され、プレスリリースにも成果の概要が公開されています。

Lewis Pairing-Induced Electrochemiluminescence Enhancement from Electron Donor-Acceptor Diads Decorated with Tris(pentafluorophenyl)borane as an Electrochemical Protector

Takashi Ikeda, Keishiro Tahara, Ryoichi Ishimatsu, Toshikazu Ono, Luxia Cui, Momoka Maeda, Yoshiki Ozawa, Masaaki Abe

Angew. Chem. Int. Ed. 2023,e202301109

DOI: doi.org/10.1002/anie.202301109

研究室を主宰されている阿部 正明 教授より田原 助教についてコメントを頂戴いたしました!

私の研究室は金属錯体を要とした新物質群の開発とその機能創成を目指す研究に取り組んでいます。博士課程3年の池田君は、ここで得た知識と培った実験技術を核とする一方で、新しい研究分野にも目を向ける柔軟さとチャレンジ精神がありました。直接の実験指導者である田原助教の専門は、高分子錯体材料をはじめ、電気化学、バイオミメティック科学、混合原子価錯体、自己組織化単分子膜SAMを基盤とする電子デバイス・有機メモリの構築などであり、多様なバックグランドを持っています。この二人がタッグを組み、目をさらに外へと向けることで新しい研究がスタートしました。幸い電気化学発光と発光性有機結晶をそれぞれ専門とする研究者らの協力を得ることができ、今回の学際的コラボ研究が結実しました。今後も研究者としての眼力に磨きをかけ、ますます研究が発展するよう期待します。

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

本研究は、前任地の兵庫県立大学理学部の阿部研究室で実施しました。阿部研究室では、強発光性の金属錯体結晶について、超高圧状態での応答など、独自の視点で研究が進められています。私は、固体発光を間近で学ばせて頂きながら、溶液の電気化学の研究を進めてきました。電気化学発光(Electrochemiluminescence、ECL)は、電極表面での電気化学反応を利用する発光の一種です。励起光が不要で、溶液やゲルを反応媒体とするユニークな照明や、臨床診断用の免疫測定法などへの応用が期待されています。しかし、有機ECL材料は、電気化学的に生成させるラジカルカチオン/アニオンの安定性が一般的に低く、両中間体間の電子移動を経てECLが生成する前に分解してしまうという問題がありました。

本研究では、嵩高いルイス酸として有名なトリスペンタフルオロフェニルボラン(TPFB)を、電気化学的な保護基として利用する手法を開発しました(図1)。ルイスペア形成を利用することで、電子ドナー・アクセプター型の有機分子とTPFBを複合化させ、有機分子のシリーズのECL強度を最大で156倍にまで向上させることに成功しました。光吸収を経て光が生成されるフォトルミネッセンスに比べ、電極表面での一連の電気化学反応を経るECL生成過程は、より複雑で、難度が高くなります。これまで、熱活性化遅延蛍光、凝集誘起発光などの知見を参考に、励起状態から発光効率を高めることに主眼が置かれていました。本研究では、より重要な、基底状態での電極電子移動過程に取り組み、ラジカルカチオン/アニオンを安定化させることが出来ました。

図1 本研究の概念図:電気化学的な保護基の導入と電気化学発光(ECL)の増強

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

電子ドナーに有機半導体ユニットを用いたところに思い入れがあります。ベンゾチエノベンゾチオフェン(BTBT)は、代表的な有機トランジスタ材料の一つで、高いホール移動度と大気安定性を示します。今回、このBTBTを電子ドナーに導入した分子を新規に合成し、市販品の有機色素とともに、溶液中でのECL増強効果を実証しました。興味深いことに、固体中でTPFBは、通常の2次元のヘリンボーン構造から1次元πスタックカラムへと、BTBTユニットの配列を変換しました(図2)。この超分子配列を活かし、電気化学的なドーピングとエキシトンの非局在化の特長がある固体薄膜ECLを観測出来ました。新規BTBT誘導体の合成に拘ったことで、有機エレクトロニクス分野との境界領域で知見を得ることが出来ました。

図2 有機半導体ユニットの配列変換と1次元πスタックカラムからの固体薄膜ECLの生成

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

本テーマは、現在博士課程3年の池田貴志君が、修士2年の頃から取り組んでくれたもので、池田君と二人三脚で進めてきました。当初は結晶多形の作り分けが難しく、私は諦めて溶液系のデータだけでまとめてもらうつもりでした。池田君は、そこから頭が下がるほどの、スピードと実験量で粘ってくれて、多形の制御だけでなく、自然蒸発での薄膜化まで確立してくれました。次のステップとして、超分子構造を反映した固体機能のデモのために、単結晶トランジスタや抵抗変化型メモリなどを色々と検討しましたが、旗色が悪く、断念しました。九州大学の石松亮一先生(現 福井大学工学部応用物理学科)が快くご相談にのってくださり、ECLを共同で検討して頂く事になりました。周りの方々の助けが本当に大きいです。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

私は2023年2月に香川大学に異動し、現在、研究室を立ち上げています。10月に三年生を第一期生として迎える予定ですが、一緒に研究を進める中で、目先の実験結果に一喜一憂し過ぎず、背景に隠れた仕組みを見抜く大切さを伝えられたらと思います。今回の結果を大きく発展させ、ECLをバイオアッセイに応用するための、多重機能性の基幹材料の開発に取り組みたいです。また、別の有機トランジスタの研究で、顕著なヒステリシス現象に遭遇した経験から、非平衡系にも興味があり、新奇な有機デバイスの開発にも挑戦したいです。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

私は学生時代から一貫して、レドックス活性化合物を扱ってきました。電気化学分野は、電池や触媒が花形ですが、私の合成した化合物は、可逆なCVが見えても、強く光らないことがほとんどで、隣の芝が青く見えることもありました。その中で、羨ましい、すごいと思う、近い年代の研究者から話を聞いて、研究に取り入れることを大切にしてきました。甲南大学の角屋智史先生には、兵庫県立大在籍時に、有機半導体や有機デバイスについて、懇切丁寧に教えて頂きました。また、九州大学の小野利和先生からは、超分子結晶やTPFBを扱うアドバイスを頂き、今回共著者としても多くのサポートを頂きました。何でも自力で突破していくのが理想ですので、今回の進め方はあまり褒められるものではないかもしれませんが、一つのやり方としてご参考になれば幸いです。

最後になりましたが、研究を進めるあたり、固体発光面でインスピレーションを与えて頂いた兵庫県立大学の阿部正明教授、単結晶X線構造解析でご指導頂いた小澤芳樹准教授に厚くお礼申し上げます。また、貴重な機会を与えて頂きましたChem-Stationのスタッフの皆様に感謝申し上げます。

研究者の略歴

名前:田原 圭志朗(たはら けいしろう)

所属:香川大学 創造工学部 材料物質科学領域

略歴:

2011年3月 九州大学大学院工学府 物質創造工学専攻 博士後期課程修了

2011年4~7月 奈良先端科学技術大学院大学 物質創成科学研究科 博士研究員

2011年8~9月 同 特任助教

2011年10月~2016年9月 同 助教

2016年10月~2021年3月 兵庫県立大学大学院 物質理学研究科 助教

2021年4月~2023年1月 同 理学研究科 助教

2023年2月~ 香川大学 創造工学部 材料物質科学領域 准教授

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ただの会社員です。某企業で化学製品の商品開発に携わっています。社内でのデータサイエンスの普及とDX促進が個人的な野望です。

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