[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

可視光によるC–Sクロスカップリング

[スポンサーリンク]

可視光により促進されるアリールチオールとアリールハライドのC–S結合形成クロスカップリングが開発された。穏和な反応条件で官能基許容性が高く、様々な基質に適用可能である。

芳香族チオエーテル骨格形成反応

芳香族チオエーテル骨格は医薬品や有機材料まで幅広く応用例があり、有用な構造体である。そのため、低環境負荷で原子効率に優れる効率的なC–S結合形成法の開発は、合成化学から物質科学まで広い分野へと多大なるインパクトを与える。

これまでC–S結合形成には主に遷移金属触媒によるチオールとハロゲン化アリールとのクロスカップリングが用いられてきた(図1A)。しかし、空気に脆弱な配位子の使用や、強塩基および高温を必要とすることが多く(1)、より穏和なC–Sカップリングの開発が望まれる。

近年、穏和な反応条件下でのC–Sクロスカップリングを実現する手法として可視光レドックス触媒を用いた反応が注目されている。これまでにRuやIr錯体などの可視光レドックス触媒を用いたC–S結合形成反応(図1A)(2)が開発されているが、反応系のスケールアップやレアメタルの使用に難点がある。またUVを用いたC–S結合形成反応(図1B)(3)も報告されているが、高エネルギーなUVの使用はしばしば副反応を誘起してしまう。

今回、コロラド州立大学のMiyake助教授らは、塩基存在下で可視光により進行するチオールとハロゲン化アリールのC–Sカップリング反応を見出したので紹介する(図1C)。遷移金属触媒及び可視光レドックス触媒なしに室温で反応が進行するのは特筆すべき点である。

図1. アリールハライドとチオール間のC–Sクロスカップリング

 

Visible-Light-Promoted C–S Cross-Coupling via Intermolecular Charge Transfer

Liu, B.; Lim. C.-H.; Miyake, G. M. J. Am. Chem. Soc. 2017, 139, 13616.

DOI: 10.1021/jacs.7b07390

論文著者の紹介

研究者:Garret M. Miyake

研究者の経歴:
B.S., Pacific University
2006-2011 Ph.D., Colorado State University (Prof.  Eugene Y.-X. Chen)
2011-2014 Posdoc., California Institute of Technology (Prof.  Robert H. Grubbs)
2014-2017 Assistant Prof., University of Colorado Boulder
2017- Assistant Prof., Colorado State University

研究内容 : 高分子化学、光化学、材料化学

論文の概要

今回の成果はMiyake助教授らが注力している有機可視光レドックス触媒を用いる反応の研究において、アリールチオールとアリールハライドとのC–S結合形成反応の開発中に偶然発見されたものである。

本反応はDMSO溶媒中、アリールハライド1とアリールチオール2に対しCs2CO3を1.5当量加え、可視光を照射することでチオエーテル3が得られる(図2A)。

本反応は広範な基質一般性をもち、電子供与基、電子求引基あるいは立体障害が大きい置換基をもつ2に対しても適用できる。官能基許容性は高く、2にヒドロキシ基、アミンやヘテロ芳香環をもつ場合でも反応が進行する。実際に、高反応性官能基をもつ医薬品の誘導化へと応用展開がなされている。

さらに、これまで可視光レドックス触媒によるC–Sクロスカップリングではあまり適用されていなかった塩化アリールも反応する。

紫外可視吸収スペクトル分析とDFT計算を用いた反応機構解析により、本反応は電子不足性アリールハライド1aとチオラートアニオン2aからなるEDA[Electron Donor–Acceptor]錯体の形成を経て進行することが示唆された(図2B)。すなわち、1) 2aが塩基により脱プロトン化されることで1aとEDA錯体を形成、2) チオラートからアリールハライドへの可視光吸収による分子間電荷移動、3) ハロゲンイオン、チイルラジカル及びアリールラジカルの生成、4) チイルラジカルとアリールラジカルのラジカルカップリングによる目的物の生成、という機構で進行する。

図2. 基質適用範囲(A)と推定反応機構(B)

 

以上のように、今回の論文では可視光を用いた穏和な条件下でのC–Sカップリング反応が達成された。汎用性が高い本反応は、今後チオエーテル骨格形成において大きな威力を発揮するであろう。

参考文献

  1. Kosugi, M.; Shimizu, T.; Migita, T. Lett. 1978, 13. DOI: 10.1246/cl.1978.13
  2. (a) Oderinde, M. S.; Frenette, M.; Robbins, D. W.; Aquila, B.; Johannes, J. W. Am. Chem. Soc. 2016, 138, 1760. DOI: 10.1021/jacs.5b11244 (b) Wang, X.; Cuny, G. D.; Noël, T. Angew. Chem., Int. Ed. 2013, 52, 7860. DOI: 10.1002/anie.201303483
  3. (a) Bunnett, J. F.; Creary, X. Org. Chem. 1974, 39, 3173. DOI: 10.1021/jo00935a037 (b) Uyeda, C.; Tan, Y.; Fu, G. C.; Peters, J. C. J. Am. Chem. Soc. 2013, 135, 9548. DOI: 10.1021/ja404050f
Avatar photo

山口 研究室

投稿者の記事一覧

早稲田大学山口研究室の抄録会からピックアップした研究紹介記事。

関連記事

  1. 有機化学系ラボで役に立つ定番グッズ?100均から簡単DIYまで
  2. 【予告】ケムステ新コンテンツ「元素の基本と仕組み」
  3. 2007年度ノーベル化学賞を予想!(1)
  4. 有機合成化学者が不要になる日
  5. NeoCube 「ネオキューブ」
  6. 鉄錯体による触媒的窒素固定のおはなし-2
  7. 文具に凝るといふことを化学者もしてみむとてするなり ⑦:「はん蔵…
  8. アルデヒドからアルキンをつくる新手法

注目情報

ピックアップ記事

  1. 表現型スクリーニング Phenotypic Screening
  2. 東芝:新型リチウムイオン電池を開発 60倍の速さで充電
  3. イオン交換が分子間電荷移動を駆動する協奏的現象の発見
  4. 化学者ネットワーク
  5. 櫻井英樹 Hideki Sakurai
  6. 論説フォーラム「グローバル社会をリードする化学者になろう!!」
  7. 高井・ロンバード反応 Takai-Lombardo Reaction
  8. ファイザーがワイスを買収
  9. 2012年10大化学ニュース【前編】
  10. マテリアルズ・インフォマティクスの手法:条件最適化に用いられるベイズ最適化の基礎

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2017年10月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031  

注目情報

最新記事

第23回次世代を担う有機化学シンポジウム

「若手研究者が口頭発表する機会や自由闊達にディスカッションする場を増やし、若手の研究活動をエンカレッ…

ペロブスカイト太陽電池開発におけるマテリアルズ・インフォマティクスの活用

持続可能な社会の実現に向けて、太陽電池は太陽光発電における中心的な要素として注目…

有機合成化学協会誌2025年3月号:チェーンウォーキング・カルコゲン結合・有機電解反応・ロタキサン・配位重合

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2025年3月号がオンラインで公開されています!…

CIPイノベーション共創プログラム「未来の医療を支えるバイオベンチャーの新たな戦略」

日本化学会第105春季年会(2025)で開催されるシンポジウムの一つに、CIPセッション「未来の医療…

OIST Science Challenge 2025 に参加しました

2025年3月15日から22日にかけて沖縄科学技術大学院大学 (OIST) にて開催された Scie…

ペーパークラフトで MOFをつくる

第650回のスポットライトリサーチには、化学コミュニケーション賞2024を受賞された、岡山理科大学 …

月岡温泉で硫黄泉の pH の影響について考えてみた 【化学者が行く温泉巡りの旅】

臭い温泉に入りたい! というわけで、硫黄系温泉を巡る旅の後編です。前回の記事では群馬県草津温泉をご紹…

二酸化マンガンの極小ナノサイズ化で次世代電池や触媒の性能を底上げ!

第649回のスポットライトリサーチは、東北大学大学院環境科学研究科(本間研究室)博士課程後期2年の飯…

日本薬学会第145年会 に参加しよう!

3月27日~29日、福岡国際会議場にて 「日本薬学会第145年会」 が開催されま…

TLC分析がもっと楽に、正確に! ~TLC分析がアナログからデジタルに

薄層クロマトグラフィーは分離手法の一つとして、お金をかけず、安価な方法として現在…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP