[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

決め手はジアゾアルケン!!芳香環の分子内1,3-双極子付加環化反応

[スポンサーリンク]

芳香環の1,3-双極子付加環化反応を達成した。生成が困難なジアゾアルケンを双極子に用いたことがこの高難度反応の成功の鍵である

 1,3-双極子付加環化反応

1960年代にHuisgenらが見いだした1,3-双極子付加環化反応は、現在でも複素環化合物の合成に広く用いられている [1]。典型的な1,3-双極子付加環化反応は、双極子(アジドやジアゾアルカン、ニトリルオキシドなど)に親双極子(アルキンやアルケンなど)を作用させ、中性の付加環化体を形成する(図1A)。加えて、アラインなどの環状アルキンも反応性の高い親双極子としてよく用いられる[2]。しかし、芳香環を親双極子として用いた1,3双極子付加環化反応は未だ報告がない。芳香族性に基づく安定化により親双極子としての反応性が著しく低いことがその要因である。

一方2007年Fokinらは、N-スルホニル1,2,3-トリアゾール1aを開環する活性化エネルギーが、N-メチル1,2,3-トリアゾール1bよりも84 kcal/mol低いことを計算化学的に明らかにした(図1B)[3]。今回、著者らは12の環鎖互変異性を利用すれば、ジアゾアルケンが生成できると考えた(図1C)。すなわち、スルホニル基を有する金属トリアゾール4を合成できれば、4の環鎖互変異性により、ジアゾアルケン5が反応系中で生成すると想定した。ジアゾアルケンは双極子として高い反応性をもつと予想されるため、分子内の芳香環部位との1,3-双極子付加環化反応が進行し、スルホイン中間体6が得られると考えた。

図1. (A) 1,3-双極子付加環化反応 (B) 先行研究 (C)本研究

 

“Arenes participate in 1,3-dipolar cycloaddition with in situ-generated diazoalkenes”

Aggarwal, S.; Vu, A.; Eremin, D. B.; Persaud, R.; Fokin, V. V. Nat. Chem. 2023, 15, 764–772.

DOI: 10.1038/s41557-023-01188-z

論文著者の紹介 

研究者の経歴:Valery V. Fokin

1998 Ph.D., University of Southern California, USA (Prof. Nicos A. Petasis)

1998 Postdoc, The Scripps Research Institute, USA (Prof. K. Barry Sharpless)

2000 Assistant Professor, The Scripps Research Institute, USA

2013 Associate Professor, The Scripps Research Institute, USA

2015 Professor, University of Southern California, USA

研究内容:(3+2)付加環化反応、クリックケミストリーに有用な触媒開発

論文の概要

THF中、–48 °Cでリチウムフェニルアセチリド7ap-トルエンスルホニルアジド8を添加し、室温まで昇温した後に塩化アンモニウム水溶液を加えると、スルタム10aを収率86%で得ることに成功した (図2A)。本反応ではリチウムアセチリド7とスルホニルアジド8より、トリアゼン9を経由してリチウムトリアゾール4-Liが生成したと考えられる。その後、想定通り4-Liの環鎖互変異性によって生成したジアゾアルケン5が芳香環部位と分子内1,3-双極子付加環化反応し、6を経由して10を与えたと考えた。次に基質適用範囲を調査したところ、電子供与基をもつアルキン7bや電子求引基をもつ7c、直鎖アルカンをもつアルキン7dにおいても対応する10b–dが得られた。また、スルホニル基のメタ位にニトロ基をもつ8a8bを用いるとN2フラグメントが残ったスルホイン11a, bが得られた。これは6の芳香族化の際に、ニトロ基が脱離基として働いたと考えられる。

想定反応機構を考察するため、中間体INT4の生成経路のDFT計算を試みた(図2B)。まず閉環型INT1は、遷移状態TS1を経て開環し、反応系中でジアゾアルケンINT2が生成すると考えられる。生成したINT2より遷移状態TS2を経て、脱芳香族的な分子内1,3-双極子付加環化反応が進行し、INT3となる。ジアゾアルケンの高い反応性とスルホニル基による芳香環の電子密度の低下が反応の鍵である。また、TS3のエネルギー障壁はわずかであり、INT2からINT4の生成はほとんど協奏的な環化付加反応で進行することが示された。

図2. (A) 基質適用範囲 (B) INT4の自由エネルギーの計算値 (kcal/mol)

以上、リチウムアセチリド7とスルホニルアジド8から反応系中で望みのジアゾアルケンを生成させることに成功し、結果的に、前人未到の芳香環の分子内1,3-双極子付加環化反応の開発へと至った。本反応は生物学活性なスルタム類を簡便に合成可能であり、医薬品合成への貢献が期待される。

 参考文献

  1. A) Michael, A. Ueber Die Einwirkung von Diazobenzolimid Auf Acetylendicarbonsäuremethylester. J. Prakt. Chem. 1893, 48, 94–95. DOI: 10.1002/prac.18930480114 b) Huisgen, R. 1,3-Dipolar Cycloadditions. Past and Future. Angew. Chem., Int. Ed. 1963, 2, 565–598. DOI: 10.1002/anie.196305651 c) Huisgen, R. Kinetics and Mechanism of 1,3-Dipolr Cycloadditions. Angew. Chem., Int. Ed. 1963, 2, 633–645. DOI: 10.1002/anie.196306331
  2. a) Breugst, M.; Reissig, H. The Huisgen Reaction: Milestones of the 1,3‐Dipolar Cycloaddition. Angew. Chem., Int. Ed. 2020, 59, 12293–12307. DOI: 10.1002/anie.202003115 b) Agard, N. J.; Prescher, J. A.; Bertozzi, C. R. A Strain-Promoted [3+2] Azide−Alkyne Cycloaddition for Covalent Modification of Biomolecules in Living Systems. J. Am. Chem. Soc. 2004, 126, 15046–15047. DOI: 10.1021/ja044996f
  3. Yoo, E. J.; Ahlquist, M.; Kim, S. H.; Bae, I.; Fokin, V. V.; Sharpless, K. B.; Chang, S. Copper-Catalyzed Synthesis OfN-Sulfonyl-1,2,3-Triazoles: Controlling Selectivity. Angew. Chem., Int. Ed. 2007, 46, 1730–1733. 10.1002/anie.200604241

山口 研究室

投稿者の記事一覧

早稲田大学山口研究室の抄録会からピックアップした研究紹介記事。

関連記事

  1. 化学者に役立つWord辞書
  2. タンパク質リン酸化による液-液相分離制御のしくみを解明 -細胞内…
  3. 第2回エクソソーム学術セミナー 主催:同仁化学研究所
  4. 液晶中での超分子重合 –電気と光で駆動する液晶材料の開発–
  5. 無保護糖を原料とするシアル酸誘導体の触媒的合成
  6. なぜ電子が非局在化すると安定化するの?【化学者だって数学するっつ…
  7. 科学カレンダー:学会情報に関するお役立ちサイト
  8. 力をかけると塩酸が放出される高分子材料

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. ChemDraw の使い方【作図編④: 反応機構 (前編)】
  2. アメリカで Ph.D. を取る –エッセイを書くの巻– (前編)
  3. 2004年ノーベル化学賞『ユビキチン―プロテアソーム系の発見』
  4. Aza-Cope転位 Aza-Cope Rearrangement
  5. 危険物データベース:第2類(可燃性固体)
  6. 北エステル化反応 Kita Esterification
  7. 揮発した有機化合物はどこへ?
  8. 可視光エネルギーを使って単純アルケンを有用分子に変換するハイブリッド触媒系の開発
  9. ピーナッツ型分子の合成に成功!
  10. カルタミン

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2023年9月
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930  

注目情報

最新記事

マイクロ波プロセスを知る・話す・考える ー新たな展望と可能性を探るパネルディスカッションー

<内容>参加いただくみなさまとご一緒にマイクロ波プロセスの新たな展望と可能性について探る、パ…

SFTSのはなし ~マダニとその最新情報 後編~

注意1:この記事は人によってはやや苦手と思われる画像を載せております ご注意ください注意2:厚生…

様々な化学分野におけるAIの活用

ENEOS株式会社と株式会社Preferred Networks(PFN)は、2023年1月に石油精…

第8回 学生のためのセミナー(企業の若手研究者との交流会)

有機合成化学協会が学生会員の皆さんに贈る,交流の場有機化学を武器に活躍する,本当の若手研究者を知ろう…

UBEの新TVCM『ストーリーを変える、ケミストリー』篇、放映開始

UBE株式会社は、2023年9月1日より、新TVCM『ストーリーを変える、ケミストリー』篇を関東エリ…

有機合成化学協会誌2023年9月号:大村天然物・ストロファステロール・免疫調節性分子・ニッケル触媒・カチオン性芳香族化合物

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2023年9月号がオンライン公開されています。…

ペプチドの精密な「立体ジッパー」構造の人工合成に成功

第563回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院 工学系研究科応用化学専攻 藤田研究室の恒川 英…

SNS予想で盛り上がれ!2023年ノーベル化学賞は誰の手に?

さてことしもいよいよ、ノーベル賞シーズンが到来します!化学賞は日本時間 10月4日(水) 18時45…

ケムステ版・ノーベル化学賞候補者リスト【2023年版】

各媒体からかき集めた情報を元に、「未来にノーベル化学賞の受賞確率がある、存命化学者」をリストアップし…

DMFを選択的に検出するセンサー:アミド分子と二次元半導体の特異な相互作用による検出原理を発見

第562回のスポットライトリサーチは、大阪府立大学(現:大阪公立大学)大学院 工学研究科 電子・数物…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP