[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

やっぱりリンが好き

[スポンサーリンク]

「リンの代わりにヒ素をDNAに取り込む生物が発見!?」…そうNASA(アメリカ航空宇宙局)の発表を聞いて、驚きの騒ぎになってからしばらく。サイエンス誌に掲載された論文には、専門家からのコメントの嵐で非難轟々。続報が気になるところでしたが、ついに決定的な反論が、NASAとは違うふたつの研究チームによってそれぞれ実証されたようです。

生き物はヒ素ではなくやっぱりリンが好きだった!

 

心の声「アイキャッチ画像でやりたいことはやってしまったのでもう続きはやらなくていいですか?」

えぇーっ、ごほん。

どの生命もみな、核酸炭素水素窒素・酸素・リンから構成され、どれもみな不可欠な元素です。しかし、周期表の他の元素で同じ機能を持たせることは、理屈の上では可能かもしれません。

論文[1]よりGFAJ-1株

論文[1]よりGFAJ-1株

2010年12月2日、「”A bacterium that can grow by using arsenic instead of phosphorus.“(リンの代わりにヒ素を使って生育できる細菌)」と銘打って、サイエンス誌のオンライン版に論文[1]が公表されました。2011年6月3日には、組版され紙媒体でも論文が公表されましたが、テクニカルコメントの嵐。その数、8つと異例の多さです。そもそもヒ素DNAは水中で安定かという疑問[5]もあり、物議をかわしました。

渦中の人ならぬ渦中の菌となったこのGFAJ-1株は、カリフォルニアのヒ素が多いモノ湖から単離されました。最初の論文では次のようなことが報告されています。

論文[1]

(1)リンもヒ素も加えない培地よりも、ヒ素を加えた培地のほうがよく生育した。
(2)リンだけを加えた培地で育てた場合と比べると、ヒ素だけを加えた培地で育てると細胞内ヒ素の存在比は3000倍になった。
(3)リンだけを加えた培地で育てた場合と比べると、ヒ素だけを加えた培地で育てるとDNAを抽出したときに2倍のヒ素が検出された。

ただこれ「リンを加えない」というのと「リンを含まない」というのは別問題で、ホントにゼロだという証拠は論文には示されていません。また、DNAの抽出方法は大いに疑問が残るものであり、しかも不純物の可能性を考えると論文で示されているヒ素含有量の相対値の取り方はかなり不適切だと思われます。

 

では、2012年7月27日に公表されたふたつの論文[2]と論文[3]の追試はどうでしょう。

論文[2]

(1)リンの添加量ではなく作った培地のリンを定量して生育を調べたところ、リンの濃度にのみ生育は依存しヒ素の濃度には依存しなかった。
(2)メタボローム解析を行ったところ、ヒ素は含有したヌクレオチドは検出されず、代わりに亜ヒ酸グルコースなどが多く検出された。
(3)ヒ素を含む培地であってもDNA中に含まれるヒ素の量はリンと比べて100万分の1以下だった。

論文[3] 

(1)こちらもリンの添加量ではなく作った培地のリンを定量して生育を調べた。
(2)DNAの抽出方法をより厳密にしたところ検出されるヒ素の差はわずかになった。
(3)内部標準のデオキシアデノシン亜ヒ酸を検出できる条件で液体クロマトグラフィー/質量分析で調べたところ抽出DNAからは検出されなかった。

 要するに「生育実験の培地に使ったヒ素にリンが混入していた」・「DNAは抽出方法が不十分だった」というのが原因のようです。いつの間にか、論文[1]がオープンアクセスになっていたので、自宅でもまたチョちょっと読んでみましたが、確かにヒ素の純度はどこにも言及されていないし、DNAの抽出条件は「遺伝子操作用の学生実験じゃないんだから!」とツッコミたくもなりました。

うーん。査読制度が機能していなかったようですね。

もうひとつ、普通の大腸菌でも実験をしたチーム[4]があり、こちらはなかなかおもしろくて、ヒ素を投与するとリボソームが分解されて、必要なリンをひねりだすのだそうです。この作用は、大腸菌でもGFAJ-1株でも同様に観察されたとのこと。当然、GFAJ-1が増殖する前の、持ち込みのリンでもこういったことが起こるのでしょう。

それこそまだ宇宙にはどうだか可能性は分かりませんが……DNAのリンをヒ素で代替できる生命は地球上のどこを探しても見つからなかった。これが、ことの顛末になりそうです。

結論としてはやっぱりリンが好きということになります。ちなみに、この『やっぱりリンが好き』のフレーズは、日本語Natureダイジェスト2012年9月号[6]のメールマガジンで見かけて気に入り、ついお借りしてしまいました。Natureダイジェストの該当記事の本文が気になる方は、ぜひ購入して読んでみてくださいね。

参考文献

[1] “A Bacterium That Can Grow by Using Arsenic Instead of Phosphorus.” Felisa Wolfe-Simon et al. Science 2011 DOI: 10.1126/science.1197258

[2] “GFAJ-1 Is an Arsenate-Resistant, Phosphate-Dependent Organism.” Tobias J. Erb et al. Science 2012 DOI: 10.1126/science.1218455

[3] “Absence of Detectable Arsenate in DNA from Arsenate-Grown GFAJ-1 Cells.” Marshall Louis Reaves et al. Science 2012 DOI: 10.1126/science.1219861

[4] “Growth of a Bacterium That Apparently Uses Arsenic Instead of Phosphorus Is a Consequence of Massive Ribosome Breakdown.” Georgeta N. Basturea et al. J. Biol. Chem. 2012 DOI: 10.1074/jbc.C112.394403

[5] “Kinetic Consequences of Replacing the Internucleotide Phosphorus Atoms in DNA with Arsenic” Mostafa I. Fekry et al. ACS Chem. Biol. 2011 DOI: 10.1021/cb2000023

[6] Natureダイジェスト2012年9月号P2『やっぱりリンが好き』 DOI: 10.1038/ndigest.2012.120902

[7] ピアプロキャラクター利用ガイドライン(http://piapro.jp/license/character_guideline)

 『鏡音リン』・『鏡音レン』はクリプトン・フューチャー・メディア株式会社の著作物です。

 

関連書籍

The following two tabs change content below.
Green

Green

静岡で化学を教えています。よろしくお願いします。
Green

最新記事 by Green (全て見る)

関連記事

  1. 文具に凝るといふことを化学者もしてみむとてするなり⑤:ショットノ…
  2. 無水酢酸は麻薬の原料?
  3. アルケンとニトリルを相互交換する
  4. シクロファン+ペリレンビスイミドで芳香環を認識
  5. 実験の再現性でお困りではありませんか?
  6. カーボンナノベルト合成初成功の舞台裏 (1)
  7. 二酸化炭素をはきだして♪
  8. 学部4年間の教育を振り返る

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. 開催間近!ケムステも出るサイエンスアゴラ2013
  2. Reaxys無料トライアル実施中!
  3. タンチョウ:殺虫剤フェンチオンで中毒死増加
  4. 史跡 土肥金山
  5. 2014年ケムステ記事ランキング
  6. 8億4400万円で和解 青色LED発明対価訴訟
  7. レザ・ガディリ M. Reza Ghadiri
  8. ベンジル酸転位 Benzilic Acid Rearrangement
  9. 入門 レアアースの化学 
  10. メーヤワイン・ポンドルフ・ヴァーレイ還元 Meerwein-Ponndorf-Verley (MPV) Reduction

関連商品

注目情報

注目情報

最新記事

有機合成化学協会誌2019年11月号:英文版特集号

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2019年11月号がオンライン公開されました。…

製品開発職を検討する上でおさえたい3つのポイント

基礎研究と製品開発は、目的や役割がそれぞれ異なります。しかし、求人情報の応募要件を見てみると「〇〇の…

二刀流のホスフィン触媒によるアトロプ選択的合成法

不斉付加環化反応による新奇アリールナフトキノン合成法が報告された。2つの機能を有する不斉ホスフィン触…

ヒドロゲルの新たな力学強度・温度応答性制御法

第230回のスポットライトリサーチは、東京農工大学大学院工学府(村岡研究室)・石田敦也さんにお願い致…

光誘導アシルラジカルのミニスキ型ヒドロキシアルキル化反応

可視光照射条件下でのアジン類のミニスキ型ヒドロキシアルキル化反応が開発された。官能基許容性が高いため…

イオン交換が分子間電荷移動を駆動する協奏的現象の発見

第229回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院 新領域創成科学研究科(竹谷・岡本研究室)・山下…

Chem-Station Twitter

PAGE TOP