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一般的な話題

マタタビの有効成分のはなし

Tshozoです。

近所に居るネコが非常にかわいいのです。ですが、どうにも気分屋で長時間膝の上に座ってくれるとかいうことをしてくれず、いつも悔しい思いをしております。

近所の猫 名前はまだ知らない
最近太ってモフモフ感がすごい

そこで考えたのが「マタタビを使ってやれば長時間なついてくれるに違いない」という短絡的な発想。急ぎペットショップに行き調べてみましたが、結構あるんですねマタタビ(エキス?)入りのペット玩具。ただ使うにしても本当に効果があるのか、なついてくれるにしても一体どういう原理で作用するのか気になってきましたのでザラッと探ってみることにしました。

マタタビと関連植物についての調査の歴史

【最初に】 北里大学 有原先生が書かれた文章[文献1]の完成度が非常に高く、以下その内容を下敷きとさせて頂いております。また本件の主役である「マタタビラクトン」で目覚ましい成果を挙げられた大阪市大 目 武雄(さかん たけお)教授のエッセイも全面的に参考にいたしました(文献2)。目教授に関する話題は東京工業大学 鈴木啓介先生による有機合成化学協会の2006年巻頭言(こちら)にもあるように、非常に魅力あふれる御方だったようです。残念ながら既にご逝去されているのですが、NMRもまだ無く設備も乏しい中、下記に示すような分子構造を特定するという難題に対しそれを様々な初歩的手法を組み合わせて目的を達成したその粘り強さに敬服いたします。

ということで以下本文。

マタタビは日本をはじめとしたアジアを中心とする地域に自生する植物で、蔦に近い灌木といった外観を持ち、その実(特に虫こぶ付のもの)が漢方薬として昔から用いられていたようです。一方、実は食用としてはさほど美味しくなく酒に漬けるか麹に漬けたりするのが普通のようで、上越の調味料「かんずり」とかでは隠し味として使用されていますです。

写真はWikipediaより引用
筆者の実家くらい田舎だと結構目にする

人間以外に対する薬効としてかなり昔から知られていたのが今回対象の「ネコ科の動物が酔っぱらう(ようにじゃれつく)」というもの。日本だと有機合成化学協会の巻頭言で西沢麦夫先生が述べられているように南総里見八犬伝で猫が刀を奪い取るところに記述されていたりします。

また海外でも同様の成分を含むミントの一種Catnip(日本名「イヌハッカ」・欧州原産)というハーブにネコの一部が特段の反応を示すことが知られていました。歴史的にはデラウェア大学のタッカー(Sharon Tucker・1987年)らによるCatnipの短い説明資料により紐解いてみると、このCatnipが紙面に挙がったのは200年以上前、イギリスの植物学者ジョン・レイ(John Ray)が最初のようで、そののち1759年に同じくイギリスの植物学者・園芸家フィリップ・ミラー(Phillp Miller)が、「傷つけたイヌハッカに対しネコ科の動物が特段の効果で誘引される」と紙面に記載したのが史上初めての「猫にイヌハッカ(マタタビ)」に関する科学誌への記載とのことでした[文献3]。意外なのが、欧米ではこれ以降1900年代になるまでCatnipに関する成分や反応について欧米科学誌への記述がほぼ一切無かった点ですね。

で、化学系の学術論文としてその成分について本格的に記述が始まったのは1910年前後ということで、その結果得られた構造や全合成のあたりの歴史につき色々調べてみることにしました。

化学的な視点からのマタタビ有効成分

結論から申し上げますと、マタタビ(系植物)の有効成分としてほぼ確定しているのは下図の赤線囲み「内」物質、そしておそらく間違いなく存在すると思われる材料に赤線囲み「外」の物質があります。赤線囲み内の物質が、目教授が世界で最初にマタタビから見つけて構造を特定した有効成分で、それ以外は次項に示す類似の効果を示す植物から抽出された物質のもようです(赤枠以外については詳細調査中)。

関連成分一覧 後述する文献(こちらの論文)から引用した図に一部加筆
なおフェニチルアルコールは文献2での記述があったため追加記載

これを見るとフェネチルアルコール(アルコール類)とアクチニジン(ピリジン類)以外は全てラクトン類。ラクトンについてグダグダと述べるのは筆者がよく知らないので本件の趣旨と異なるのでやめときますが、フェロモンや匂い関係の材料に含まれることが多い材料、ということだけは付記しておきます。

ちなみに赤枠内のイリドミルメシン Iridmyrmecin は目教授の1959年論文で「マタタビラクトン」という名称が付けられましたが、1955年にPavan, Fusco, Cavilらによりアルゼンチンアリの一種から抽出・構造特定した物質と同じものであることが後日判明[文献2]。この結果、先に構造を提示した3人の命名(正しくはPavanによるもよう)に従って『イリドミルメシン』が正式名称となりました。そう、マタタビラクトンは「別名」となってしまったわけです。・・・ただ全く関係の無い、しかも生活圏がほとんど重なってないはずのマタタビとアリの体内に全く同じ物質が存在することに非常に不思議な印象を受けます。

イリドミルメシンを防御(撃退用)物質として使うアリ “Iridmyrmex”
オーストラリアに主に生息するもよう(英語版wikiより引用)

またネコを惑わすのにはそれぞれ役割が違うようで、フェニルエチルアルコールは「涎」担当、アクチニジンとイリドミルメシンが「幸悦&誘引」担当ということ[文献2]。また後者2点のうちアクチニジンはネコ以外の動物にも誘引効果があるらしく、共通の嗅覚神経を保有しているのではないかという点をみても学術的に非常に興味がわくところではないでしょうか。あとさらに文献2にはマタタビより抽出したこれらの物質がネコに盗まれたとか実験室にネコが入ってきただとかいった面白エピソードがありますので猫好きの各位はこの材料をこっそり合成してネコまみれになることをお勧めいたしません

で、それらの化学合成に関する歴史ですがこれらの構造が確定後、天然物合成の試みがスタートしています。筆者の専門ではないためかなり不安な中身になってしまうのですがどうかご容赦を。また、イリドミルメシンは不思議なことに効果においては光学異性体である(+),(-)ともにネコ誘引効果があるようですので、以下(+)の方に絞って話を進めます。

イミドミルメシン(マタタビラクトン)合成手法の種類

一般的にはさほど難しくない合成物であるようで、構造特定後すぐ、論文上では1959年にドイツのボン大学で(こちら)、また1964年に京都大学の内本喜一郎教授により全合成が達成されています(論文こちら)。ただこの初期は5員環が先に出来ているところから合成しており、率直に申し上げると「富士山五合目から登る」的な印象を受けてしまいます。これに対し1990年あたりまで原料を変えて5員環から巻いていくパターンが色々とみられました。

これらの1990年にかけてのイミドミルメシンの合成上の問題は、やはり基本中の基本である「不斉部を含む炭素の環状フレーム」いかにうまく作るかに集中しています。そこらへんを色々調べた結果、細かいのも併せると9個くらいルートがあるみたいなのですが、ぱっと見でコストが安そうなものから恣意的に3点絞りました。③は原料よりもステップ数が短いので安そう、という独断に基づいております。

  • ①途中で環を作りながらコツコツとステップを刻むケース
  • ②環化反応に特徴を持たせたケース
  • ③不斉ラジカル反応でフレームと外周部を一気に作るケース

①Tetrahedron Letters より引用 11ステップで完成(リンクこちら
LDAを使ったマイケル付加反応により環を創る反応がポイント(と思う)

②Tetrahedron Letters より引用 (リンクこちら) N先生による全合成
同氏が開発したZrCp2を使って環化する6step目がカギ(と思われる)

③European Journal of Organic Chemistry より引用(リンクこちら)

なおこの他ノルボルネン系を原材料にしたものもありましたが都合により割愛いたします。反応の難易度と言う点では素人目にはどれも似たり寄ったりの印象を受けますが、美しさで言うと③が好きです。

ただ、筆者のように有機化学の入り口に入る前で憤死した人間からするとこういう高度なパズルを組み立てられる方々の頭の中を理解しがたいのですが、もしかしたら”ぷよぷよ”とか”Dr.マリオ”とかで十何連鎖とか出来る人と似た思考パターン、つまり先の先まで読み切る能力を持たれているのかもしれません。「行き当たりばったり」と「ニッポン無責任時代」という言葉が好きな筆者にはとことん合わない分野だなと思いつつも、眺めて美しさを味わうくらいは許していただきたい所存でございます。

マタタビならどんなネコでも誘引されるのか?

本件は化学系の話ではないのでほぼ蛇足ですが、必ずしもネコにマタタビ、というわけではないようです。要は惹きつけられないネコも居る、と。いっぽう目教授の記述によれば「イヌやサイにも効くケースがあった」とあります。ここらへんは酒に酔いやすい人間と酔いにくい人間がいることと同じだと言えるのではないでしょうか。

これについてあっちこっちのサイトで適当な意訳で採り上げられているのがこちらの論文。”“Responsiveness of cats (Felidae) to silver vine(Actinidia polygama), Tatarian honeysuckle(Lonicera tatarica), valerian (Valeriana officinalis) and catnip (Nepeta cataria)「マタタビとアルタイヒョウタンボク、セイヨウカノコソウとイヌハッカに対するネコの反応性」“が原題で、要は「」オープンアクセス誌で、内容がわかりやすく色々なサイトで採り上げられてますのでここでも要旨を後追いしてみます。

表紙からして相当にやる気

この論文で挙げられているのはSilver Vine(マタタビ)以外にTatarian Honeysuckle(アルタイヒョウタンボク) , Varelian(セイヨウカノコソウ)、そしてCatnip(イヌハッカ)というラクトン系のテルペン類を含む植物ですが、微妙にその成分が異なっておりその反応性も性別、種類でかなり異なる結果となっていました。最も中心的な成果となるグラフは下図のようなもので、

統計関係の数値については説明がめんどくさいので都合により省略
上の(“Intense”)数字が大きいほど反応したネコの数が多かったというのが大意

効果が抜群なのはやはりマタタビ、しかも虫こぶ(galls)が存在するものということが、グラフからも一目瞭然ですね。ただ意外なのはそれでも反応しない(Negative)のが一定数いるということ。そして反応の強さはネコの性別には左右されず、若年層のネコの方が若干反応が強い、という程度の差異しか得られていないことから、「反応する/しない」の差異はもう少し根本的な理由を突き止めなければならんのではないでしょうか。

また興味深い結果として、トラはあまり反応しないのに大型のネコであるボブキャットはかなり強く反応したということ。

同論文より引用 かわいいですのう

同じネコ科の動物にも反応するもの、しないものが分かれている一方、目教授が書いているようにサイのような全く別の動物にも影響がある上記のラクトン類。嗅覚か味覚かわかりませんがこれらのラクトンに反応する共通の生体構造や仕組みがあるのだとすると、まったく不思議としか言い様がありません。そこらへん、全く単純な興味でしかないのですがどなたか調べて頂けませんでしょうか(他力本願)。

蛇足になりますが学研の漫画シリーズ「ネコのひみつ」に「ライオンはマタタビに酔っぱらう」といった記述がありました。今回この論文をざっと眺めてみるとそのことはきちんと書かれており(“lions, jaguars, leopards and snow leopards appear to be sensitive to catnip,…”)、編集される方がきちんと調べていたんだなぁと改めて感心した次第です。

おわりに

ということでマタタビの中に含まれる薬効成分について調べてまいりましたがまったくこのひとつの化合物を挙げてみても関わった方々の多いこと。色々奥が深いなあと唸らされることしきりでした。

なお所謂麻薬や覚せい剤のような常習性がネコに対して顕著にみられない、というのがこれらの材料の良いところだそうで、大学のキャンパスとかで猫にまみれたい方はこそっと合成して身にふりかけておくことをお勧めします。いや、しません。

というか本筋としては、そんな化学物質に頼らずに猫と心を通わせられるようにせんか、ということが今回のオチですね。マタタビを買うか作るかして猫になついてもらっても、キャバクラとかに通ってお金ばら撒いて女の子についてもらうのと同じように空しいだけなのではないでしょうか。そんなところに行っても何も良いことありませんよ、ほんと。間違いありませんって。

てなわけで筆者は今も何も持たずに冒頭に挙げた猫に時節会いに行き、ひとしきり撫でて、飽きられたら帰るといういつもの日々を過ごしております。

それでは今回はこんなところで。

文中以外の参考文献

1.”「猫にマタタビ」の科学” 北里大学 有原 圭三教授による株式会社フード・ペプタイドのエッセイより リンクこちら

2.   “またたびの研究から” 目武雄先生による解説 「化学教育 」12(1), 16-22, 1964-03-20 リンクこちら

3. ”Rodale’s Illustrated Encyclopedia of Herbs” リンクこちら

4. ”The Chemistry of Cats and Catnip” リンクこちら

5. ”Catnip” 1 リンクこちら

6. ”Catnip” 2 リンクこちら

8. ”Catnip and the catnip response” リンクこちら

 

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Tshozo

Tshozo

メーカ開発経験者(電気)。54歳。コンピュータを電算機と呼ぶ程度の老人。クラウジウスの論文から化学の世界に入る。ショーペンハウアーが嫌い。

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