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一般的な話題

「優れた研究テーマ」はどう選ぶべき?

 「科学者として取り組むべき研究テーマは、どういう指針で選ぶべきなのか?」―これは研究者なら誰しも頭を悩ませる問題でしょう。プロとして現実的に生き残っていくためには、純粋興味のみに依るのではなく、ある程度現実を見据えたテーマ設定が求められることも多々あるからです。また必ずしも研究者を第一志望としない学生たちであっても、適切なテーマを与えてやることは、彼らの成長という教育的観点からも意義深いことです。

“How to Choose a Good Scientific Problem”(by Uri Alon, Molecular Cell, 2009, 35, 726)は、研究テーマ選びの指針を示したエッセイです。数ページ程度の短文ながら、「優れたテーマ選びは、人材育成の一環である」という観点から、分野を問わない骨太の内容が綴られています。駆け出しの独立研究者(PI)が想定読者のようですが、経験の浅いメンバーを指導する立場にあり、プロジェクトを牽引することを求められる博士学生・ポスドク・若手スタッフにとっても、必読の文章といえます。

今回はこの文章から、エッセンスを抽出して紹介してみようと思います。

「優れたテーマ」の評価軸とは?

そもそも「優れたテーマ」とはどう評価すればよいものでしょうか?著者Alonは、次の2軸を用いることを提案しています。

①実行可能性(Feasibility)
・テーマが難しいか簡単か、言い換えれば完了までに要する時間が長いか短いか。
・取り組む研究者の能力とラボの技術蓄積に依存するパラメータ。
・紙の上では簡単でも、実際やってみると難しいテーマは無数にある。

②知的興味と重要度(Interest)
・プロジェクトの完遂によって得られる知の増分
・主観的な興味も絡む
・既知事項からどれだけ遠くにある知識を得られたか、によってある程度測れる

星の数ほどある研究テーマをこの評価軸に当てはめてみると、概ね下図左の様な分布図に従ってきます。

howto_research_1 (2)
(図は論文より引用)

ほとんどのテーマは「簡単だが重要度の低い(第4象限)」または「解決困難でしかも重要度の低い(第3象限)」テーマに分類されます。数は少なくなりますが「達成困難でかつ実りの多い(第2象限)」テーマも存在しています。しかし「実行可能であるが実りの多い(第1象限)」テーマというのは、ごく稀にしか存在していません。

このうちどれを選ぶべきなのでしょうか。Alonは「研究者人生のステージによって選ぶべきテーマ種は異なる」と主張しています。それを示しているのが右図です。

たとえば大学院生は、5年程度のまとまった研究期間が与えられる一方で、研究者としては未熟です。このためポジティブ・フィードバックが迅速に得られ、自信を持てる研究テーマ選びが有効です。つまり、第4象限に位置する「簡単だが重要度の低い」テーマから始めるのが適当としています。

博士研究員(ポスドク)は使える時間が2~3年と短いにもかかわらず、ポジション獲得のため結果を出さねばならない切実さがあります。できる限り「実行可能でありつつ実りの多い」テーマを追求することが必要です。

駆け出しの独立研究者(PI)は、自らのオリジナリティと存在意義をを示すために、数年単位のテーマを選ぶ必要に迫られます。加えて、何人もの学生を訓練しなくてはなりません。ゆえに、小課題に分割可能な「達成困難でかつ実りの多い」テーマ(Grand Challenge)を追求するのが適切としています。

テーマ選びの陥穽を避ける”3-months rule”

Alonはテーマ選びにおけるありがちな誤りとして、「最初に思いついたアイデアをテーマとして設定してしまうこと」を挙げています。

アカデミックの研究プロジェクトは、どんな小さなものでも数カ月単位、場合によっては数年単位で組まれるものです。加えてすぐさま終わると思えたテーマでも、予測もしない箇所であちこちつまずくものです。このような事情ゆえに、安易なテーマ設定はあとで望まぬ苦痛を生み出すことになります。

文中ではこのことを端的に

“It is important to remember that problems that are easy on paper are often hard in reality, and that problems that are hard on paper are nearly impossible in reality.”
「紙の上で簡単な問題は実際には難しいことが多く、紙の上でも難しい問題は現実に解くことがほぼ不可能なものだ」

と表現しています。

Alon氏のラボでは、新入りの学生とポスドクには“3-months rule”、すなわち「加入後3ヶ月が経つまで問題解決を開始してはいけない」というルールを課しているそうです。その3ヶ月間は「とにかく仕事を始めたくなってしまう」誘惑に惑わされず、論文を読みこんだり、他メンバーとのディスカッションや計画立案をすることに使え、というわけです。

よく練られたテーマに取り組むことで、後続の数ヶ月~数年を短縮することができたり、テーマの転換や見切り判断が正確になることは間違いありません。分野に応じて最初の期限をアレンジすることは必要でしょうが、これはなかなか興味深いシステムではないでしょうか。

そもそも問題の重要性はどうやって決まるのか

実行可能だからといって簡単な問題ばかり解いていては、インパクトのある仕事にならないのは当然です。ではどうすれば重要度の高い問題を見つけられるのでしょうか。

そもそもの話として科学の諸問題は主観的かつ個人的な認識に端を発していることが多く、その多様性の許容こそが、創造的科学の基盤になっているという現実があります。これを眺めたとき、以下の2つが混在しているために重要度設定における混乱を生んでいる、と文中では指摘されています。

1. 周りが考えている重要性
2. 自分の内なる声、理屈抜きの興味

著者のAlon自身は、「内なる声に耳を傾けることが、よりよい科学の実現に寄与する」というスタンスをとっています。毎日が単純労働であっても長期的なモチベーションを保つことができますし、長期にわたり疑問に思い続けるようなことならば、ふと思いついた程度のものに比べて(少なくとも自分自身にとっては)適切なテーマである可能性が高いからです。

すなわちインパクトをもたらしうる「重要度の高いテーマ」とは逆説的ながら、「自分自身の世界観を色濃く反映させたテーマ」といえそうです。もう少し現実的な表現で言い換えれば「他人には解けないけれども、自分には解ける重要問題を選定する」ことが肝要だということでしょう(こちらの記事も参照ください)。

科学研究は一種の「自己表現」です。学生やポスドクがそれぞれ持っている「内なる声」を手助けをしてやるようなテーマ選びをすること、それが良きメンターの役割だ、とAlonは付け加えています。

研究過程の紆余曲折こそが成長を促す

howto_research_2.jpg

(図は論文より引用)

左図のように「問題Aからはじめて解答Bを最短経路で目指すこと」が理想的とする見方が跋扈しているのは論を待ちません。しかしAlonは、こういう進め方が研究だと断じてしまう考えは、非常に危険であると主張しています。

そもそもほとんどのプロジェクトは、右図のような紆余曲折を得てゴールに辿り着くものばかりです。最初はBを目指すつもりでAから出発したけれども、なにをやってもうまくいかない時期というものがすぐに訪れます。ここで横道に逸れることを許さない姿勢を強要してしまうと、激しく落ち込んだり、モチベーションを失ってしまうことになりがちなのです。

しかし気楽に諦めず取り組んでいれば、いずれは新たな解答Cが見つかることもあります。仮にこれがBよりも重要で、また到達可能なものならば、Cを目指すようにすればそれでOKなのです。「より魅力的なCに至るには、現実的な迂回を誰しも必要とする」という視点こそが重要です。ほとんどの場合、最初からCは見えていません。

未知の領域に繰り返し取り組むことで、学生たちは自信をつけ、挑戦する気概を徐々に獲得していきます。その過程で予想外のことを見つけ出すには、広い視野と精神的な余裕も必要になるのです。ここでのメンターの役割とは、紆余曲折の雲中を進む学生をサポートすることと説かれています。

おわりに

日本の化学研究レベルは着実に向上していますが、その一方で、中印を始めとする人口の多いアジア諸国が、化学界に積極的に参入し続けてもいます。何も考えず闇雲に手を動かすという物量作戦的な考え方では、インパクトある研究ができないばかりか、競争に勝つことすら現実的にできなくなりつつあります。

概念的な新規性を追い求めるには、長期的ビジョンに立った研究戦略とメンバーの成長を促すような組織運営が、いよいよ重要になってくるでしょう。今一度、これらに目を向けていくことが必須たる現代、この文章は優れた指針の一つとなってくれるでしょう。

関連書籍

関連リンク

Uri Alon Lab

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cosine

博士(薬学)。Chem-Station副代表。現在国立大学教員として勤務中。専門は有機合成化学、主に触媒開発研究。 関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。 素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

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