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その構造、使って大丈夫ですか? 〜創薬におけるアブナいヤツら〜

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新参スタッフの DAICHAN です。
前回の記事「その化合物、信じて大丈夫ですか? 〜創薬におけるワルいヤツら〜」では、創薬の邪魔者とも言える PAINS について紹介しました。
今回は、邪魔なだけでは済まない、もっとアブナいヤツらについてのお話です。

こいつは厄介! アラート構造

創薬の初期段階では、構造活性相関取得のためにさまざまな官能基変換がなされます。
思いつく官能基を挙げてみてください。メチル基、ヒドロキシ基、アミノ基、ニトロ基、カルボニル基…etc…。とりわけカルボニル基からはさらに色々派生した官能基が思いつきます。アシルハライドや酸無水物は合成に欠かせない有用なカルボニル誘導体ですね。ですがその反応性の高さから、そのものを医薬品として使うことはまずできません。
アシルハライドや酸無水物のような反応性の高い官能基は創薬において「アラート構造 (structural alerts)」と呼ばれ、使用が忌避される傾向にあります。

最初期に提示されたアラート構造は、そのような高反応性基に関するものがほとんどでした。大学で有機化学をかじったことのある方ならば何となく想像がつきそうなものです。
しかし最近は、知っていないと気づけない、数多くのアラート構造が発見・提唱されています。創薬に携る皆様も、知らず知らずのうちに作ってしまっているかも…? そんなアラート構造による毒性発現には、生体内の薬物代謝酵素が深く絡んでいます。

変わっちまったぜ、アイツ…。アブナい「反応性代謝物」

生体には、外部から取り込まれた異物を代謝し解毒する数多くの酵素が備わっています。有名どころはシトクロムP450 (CYP) ですね。解毒代謝酵素は、基質の酸化により水溶性を上げる CYP などの第 I 相解毒代謝酵素と、基質にグルクロン酸・硫酸基などを付加しさらに水溶性を上げ排泄を促進する抱合酵素などの第 II 相解毒代謝酵素に大別されます。
CYPは実に基質特異性の低い酵素で、種々のアイソフォーム (CYP1A1, 2C9, 2C19, 2E1, 3A4…) がさまざまな基質の代謝を担います。しかしその基質特異性の低さゆえ、CYP を介した薬物相互作用がしばしば問題になります。例えば CYP3A4 の基質薬物には、ニフェジピン、ベラパミル、ワルファリン、トリアゾラム、シクロスポリン、スボレキサントなどがあります。マクロライド系抗生物質のクラリスロマイシンはCYP3A4 を強力に阻害するため、これらの薬剤との併用は注意または禁忌となっています (併用すると過剰な薬効が発現するため)。
CYP の問題点は、そのような薬物相互作用だけではありません。CYP によってある置換基が酸化された結果、元の化合物よりも不安定な反応性代謝物 (Reactive Metabolite) を生じることがあります
図1 は有名な鎮痛薬、アセトアミノフェンの代謝機構です。

図1. アセトアミノフェンの代謝機構

アセトアミノフェンは通常グルクロン酸抱合を受け安全に体外へ排泄されます (図1 左上→左下) が 、一部は CYP2E1 により酸化されキノンイミン型 (キノイド) の N-アセチル-パラベンゾキノンイミン (NAPQI) となります (図1 左上→中央)。NAPQI はチオールとの反応性が高く、大抵は豊富に存在するグルタチオン (GSH) によって抱合され、グルクロン酸抱合体と同様安全に排泄されます (図1 中央→右上)。しかし、例えば CYP2E1 の誘導剤であるエタノールを多量に摂取すると、グルクロン酸抱合よりも CYP による代謝が優先し、NAPQI の生成割合が増加します。やがて GSH が枯渇しキノイドを捕捉できなくなると、今度はさまざまなタンパク質由来のチオール基が NAPQI と不可逆的に結合し、本来の機能が阻害され、毒性発現に繋がります (図1 中央→右下)。
親化合物であるアセトアミノフェンのフェノール性ヒドロキシ基とアセトアミド基はパラ位の関係に位置し、pro-quinoidal (キノイド前駆体) な構造を取っています。このような、代謝によって反応性の高い部位を生じ得る構造を「アラート構造」に含める例が非常に多くなってきました。親化合物そのものは安定でも、生体内特有の反応によってアブナいヤツに変わってしまう (代謝活性化) ことがままあるのです

違いはどこだ? 見事なアラート構造の回避術

もうひとつアラート構造反応性代謝物にまつわる話題を挙げます。アラート構造による肝毒性の回避に繋がるお話です。
非ステロイド性抗炎症薬の分類の一つに、オキシカムという化合物群があります。中でもメロキシカム (モービック®) は、ロキソプロフェンやジクロフェナクなどに次いでそれなりに処方される印象があります。一方、スドキシカムという化合物は、重篤な肝障害の発症により開発中止となりました。図2にメロキシカムとスドキシカムの構造をそれぞれ示します。この二つ、いったいどこに違いがあるでしょうか?

図2 オキシカム系抗炎症薬メロキシカム及びスドキシカムの構造

答えは一目瞭然、末端のチアゾールにメチル基が生えているか生えていないかの違いしかありません。しかしこの一個のメチル基が、代謝と毒性に多大な影響を及ぼしているのです。
これらは両方とも、アラート構造に該当する2-アミノチアゾール部位を有しています。当該部位にメチル基を持たないスドキシカムは、CYP によりエポキシドを経てアシルチオウレア体へと代謝されます (図3) 。アシルチオウレアは反応性が高く、このためスドキシカムは重篤な肝毒性を示します。一方で、メロキシカムはメチル基の存在によりエポキシ化が進行せず、代わりにメチル基が水酸化を受けヒドロキシメチル体となり、その後カルボン酸への酸化と抱合により安全に体外へ排泄されます (図3)。実際、メロキシカム製剤のモービック®は添付文書の使用上の注意欄に「肝障害の患者」との記載はあるものの、本邦での承認から 20 年経過 (2020年現在) した今でも世界100カ国以上で問題なく使用されています。実に、たった一つのメチル基で代謝そして開発という二つの運命が大きく左右された例です。

図3 スドキシカム及びメロキシカムのアラート部位と代謝経路[1]

アラート構造あれこれ

インドールは創薬で頻出する重要な骨格です。そもそも必須アミノ酸のトリプトファンがインドール骨格を有していることからも、生命化学と密接に関与する構造と言えるでしょう。ですが、トリプトファンに似た 3-アルキルインドールは、なんとアラート構造に含まれる骨格なのです。図4 に示すように、生体分子との共有結合を引き起こしやすいイミンやエポキシドが代謝により生成します。

図4  3-アルキルインドールの代謝活性化経路

ベンゾジオキソランもまた医薬品に頻出する部分構造でありながら、代謝により反応性代謝物を生成するアラート構造に該当します。ベンゾジオキソランは CYP による代謝を経て、カルベンや o-ベンゾキノンなどの高反応性中間体を形成し、生体成分を不可逆的に修飾します (図5)。例えば抗うつ薬のパロキセチン (パキシル®、図5 inset) は構造中にベンゾジオキソラン部位を含み、CYP2D6 を不可逆的に阻害します。CYP2D6 の基質である抗精神病薬のピモジドは、パロキセチンとの併用により血中濃度が増加し QT 延長などの致死的な副作用が生じやすくなるため、併用禁忌とされています。

図5  ベンゾジオキソランの代謝活性化経路

その他の代謝に関連するアラート構造として、チオフェン、フラン、ニトロベンゼン、アニリン、ヒドラジンなどが挙げられます。3-アルキルインドールやベンゾジオキソランも含め、正書 [2] に具体例がまとめられていますので、より深く学びたい方は参考にしてみてください。

最後に

製薬企業での合成指針では、独自のアラート構造を組み込みフィルタリングを掛けている場合がほとんどだと言います。開発途中でのドロップアウトや上市後の撤退を避け、副作用発現や経済的損失を出さないための非常に重要な戦略でしょう。しかし、アラート構造を極度に恐れることは、構造の多様性を損失することにも繋がります。例えば薬理活性維持のためにどうしてもアラート構造を残さなければならない場合、他の部位の修飾・変換によって薬効を向上しドーズ (投与量) を下げることで反応性代謝物の絶対的な生成量を数ケタ減らすことができれば、反応性代謝物による生体傷害は無視できる程度になる場合もあります (確率的要素を含む癌原性・変異原性などを除く)。また、いわゆるバイオアイソスターの活用によってアラート構造を回避することも可能です。電子密度の低減や、代謝部位をスイッチング (他の部位を代謝されやすくする) も有用な方法です[3]
創薬ナレッジとしてアラート構造というアブナいヤツらの存在を念頭に置き、上手に利用し最終的に回避することがメディシナルケミストに必須のスキルであると考えられます。

参考文献

  1. Kalgutkar, A. M. ACS Cent. Sci. 2015, 1, 163. DOI10.1021/acscentsci.5b00231
  2. 長野哲雄 編、創薬化学 –メディシナルケミストへの道-、2018
  3. Limban,C.; Nuţă, D. C.; Chiriţă, C.;  Negreș, S. Arsene, A. L.: Goumenou M.;  Karakitsios, S. P.; Tsatsakis, A.M.; Sarigiannise, D. A., Toxicol. Rep. 2018, 5, 943. DOI: 10.1016/j.toxrep.2018.08.017

関連書籍

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創薬化学者と薬局薬剤師の二足の草鞋を履きこなす、四年制薬学科の生き残り。
薬を「創る」と「使う」の双方からサイエンスに向き合っています。
しかし趣味は魏志倭人伝の解釈と北方民族の古代史という、あからさまな文系人間。
どこへ向かうかはfurther research is needed.

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