[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

多孔質ガス貯蔵のジレンマを打ち破った MOF –質量でもよし、体積でもよし–

[スポンサーリンク]

2020 年 Omar Farha らのグループは三角柱型 6 塩基酸配位子を用いて MOF を合成し、体積あたりの表面積を妥協することなく高い比表面積 [m2/g] を実現しました。

“Balancing Volumetric and Gravimetric Uptake in Highly Porous Materials for Clean Energy”
Chen, Z.; Li, Penghao; Anderson, R.; Wang, X.; Zhang, X.; Robinson, L.; Redfern, L. R.; Moribe, S.; Islamoglu, T.; Gómez-Gualdrón, D. A.; Yildirim, T.; Stoddart, F.; Farha, O. M. Science 2020, 368, 297. DOI: 10.1126/science.aaz8881

問題設定

天然ガスを燃料とする軽自動車のガス貯蔵材料の開発において、ガスの重量容量と体積容量のどちらも重要になります。

しかし一般的な多孔質材料では、高い重量容量と高い体積容量は相容れません。下の図は、様々な材料の 35 bar, 77 K での水素の理論容量を体積容量と重量容量で比較したグラフです。[2,3] このグラフを発表した筆者らによると、比表面積 3100–4800 m2/g の材料において体積容量の最大値を迎え、その後は比表面積の増加にともなって体積容量が減少しています。[3] その理由は、 多孔性材料の高い重量容量は、材料自体の密度 [g/cm3] の低さによって実現している場合があり、体積あたりの吸着サイトも少なくなるからです。言い換えると、高い重量容量をもつ材料はスカスカな場合が多いわけです。

水素の質量貯蔵容量と体積貯蔵容量量の相関図. 図は論文 [3] から一部改変して引用. 

技術や手法のキモ

トリプチセンをベースにした三角柱状の六塩基酸リンカーが、今回報告された MOF のキモになっています。典型的な MOF では、金属が節の役目を果たして、配位子は節を繋ぐ役割を果たします。しかし NU-1501のリンカーのトリプチセン部位は剛直な六角柱の節として働きます。このような有機分子の節を使用することで、MOF 全体における有機成分の重量割合が高まります。その結果、MOF の孔の大きさをあまり広げずに、MOF 自身の重量を下げることができます。トリプチセン部位が平面ではなく、六角柱状であることも注目すべきです。この配位子は二次元の接続点ではなく三次元の接続点として機能しているため、MOF の構造を丈夫にしています。

トリプチセンをベースにした六塩基酸配位子 PET と PET-2. 後に説明する NU-1501 は PET-2 を配位子に持つ. (図は論文から一部改変して引用)

主張の有効性検証

比表面積と体積表面積の積を指標として、データベース上の 2800 の MOF と NU-1501 を比較しました。具体的には、データベース上の MOF の理論的な比表面積と体積表面積の積を計算し、それを空孔の体積や孔径を横軸にしてプロットしました。その結果、NU-1501 の比表面積と体積表面積の積は上位 5% にランクインし、空孔の体積や孔径は、比表面積と体積表面積の積がちょうど極大を迎える x 軸上に位置していました。これは、NU-1501 は重量容量と体積容量を最大化するにあたり、極めて理想的な構造であることを示しています。

比表面積 (GSA: gravimetric surface area) と体積表面積 (VSA: volumetric surface area) の分析. 水平なオレンジの実線はデータベース上で上位 5% の GSA とVSA の積のボーダーラインで, 垂直なオレンジの点線は、GSA×VSA が極大を迎えるときの空孔の割合 (void fraction) や最大孔径 (largest pore diameter) を示しています (図は論文から一部改変して引用).

最後に高圧条件でのメタン吸着等温線および水素吸着等温線を測定しました。メタンの総貯蔵量は、270 K, 5–100 bar の圧力スイング条件において、これまで報告されている多孔質材料の中で、最も高い重量操作容量[4]を発揮し、報告されている多孔質材料の中で最高クラスの体積操作容量を発揮することを示しました。水素の総貯蔵量は、77K, 100 bar での吸着, 160 K → 5 bar  での脱着の操作条件において、報告されている MOF  のなかで重量容量と体積容量のどちらも最も高いことを示しました。

(左) NU-1501-Al のメタンの吸着等温線. (右) 様々な多孔質材料における室温下, 5 bar → 100 bar のスイングでのガスの操作容量のプロット. 横軸は体積容量を表し, 縦軸は重量容量を表す. NU-1501は重量容量において、他の多孔質材料を凌ぎつつ、体積容量においてもトップレベルの機能を持つことが示されている. (図は論文から一部改変して引用)

議論すべき点

室温下での水素吸着量には課題が残りそうです。下のグラフは、NU-1501-Al の 77 K と 296 K での水素の総貯蔵量を表したグラフになります。低温度での水素の貯蔵量は高いものの、296 K での水素貯蔵量は、同条件での水素ガスの体積とほぼ同体積であることがわかります。米国エネルギー省が軽自動車用の水素貯蔵条件として提案しているのは -40 ºC (233 K) から 60 ºC (333 K) の温度条件であるため、NU-1501 は”その条件での水素貯蔵” にはベストな材料ではないと考えられます。くわえて配位子合成の手間も、実用化の壁になる可能性が高いです。

NU-1501の水素吸着等温線. 青色のプロットは 77 K, 緑色は 160 K, 赤色は 296 K でのパフォーマンスを表す. 黒色の実線は, 296 K における水素ガスの密度. 77 K での低温では高い水素貯蔵能力を示していても, 室温付近では水素貯蔵能力が著しく低下している. 水素の密度は NIST のデータベースから引用. 

とはいえ低温下でのパフォーマンスはこれまでの MOF よりも抜群に優れています。材料をより応用的な研究へ発展させるには、材料がベストなパフォーマンスを発揮できる応用先を見極める必要があるでしょう。

次に読むべき論文は?

2014 年の Martin Head-Gordon らによる水素吸着の理論計算5
この論文では、MOF と水素の相互作用を計算し、水素と強く相互作用できるような材料の設計方法を理論的に指摘しています。具体的には 有機リンカーや金属部位のモデル小分子と水素の相互作用を Energy Decomposition Analysis により分析し、どのような部分構造において、どのような相互作用 (静電気的相互作用/分極/軌道相互作用など) が強くなるのかを明らかにしています。

2013 年の Omar Farha, Taner Yildirim らによる様々な MOF のメタン貯蔵容量の比較6
この論文では、いくつかのメジャーな MOF のメタン貯蔵容量を比較した結果 HKUST-1 (Cu3(BTC)2,, BTC2- = benzene-1,3,5-tricarxoxylate)  が当時報告されているMOFのなかで、室温下でのメタン貯蔵容量が最大であることが示されています。HKUST-1 は古くから知られていて、かつすでに市販化されているほど、大量生産可能な MOF です。この論文では、実際に MOF を材料として使用するにあたっての問題点 (= 成形にともなうパフォーマンスの低下) も指摘しています。

関連記事

参考文献, 脚注

  1. Chen, Z.; Li, Penghao; Anderson, R.; Wang, X.; Zhang, X.; Robinson, L.; Redfern, L. R.; Moribe, S.; Islamoglu, T.; Gómez-Gualdrón, D. A.; Yildirim, T.; Stoddart, F.; Farha, O. M. Science 2020, 368, 297. DOI: 10.1126/science.aaz8881
  2. Allendorf, M. D.; Hulvey, H.; Gennett, T.; Ahmed, A.; Autrey, T.; Camp, J.; Cho, E. S.; Furukawa, H.; Haranczyk, M.; Head-Gordon, M.; Jeong, S.; Karkamkar, A.; Liu, D.; Long, J. R.; Meihaus, K. R.; Nayyar, I. H.; Nazarov, R.; Siegel, D. J.; Stavila, V.; Urban, J. J.; Veccham, S. P.; Wood, B. C. Energy Environ. Sci. 201811, 2784-2812. DOI: : 10.1039/c8ee01085d
  3. Jacob, D.; Wong-Foy, A. G.; Cafarella, M. J.; Siegel, D. J. Chem. Mater. 2013, 25, 16, 3373-3382. DOI: 10.1021/cm401978e
  4. 操作容量は, 実際に材料から出し入れできるガスの量を表します. というのも, もし脱着の圧力が 5 bar だったすると, 5 bar 下において依然として材料に吸着されているガスは, 取り出すことができません. したがって, 圧力スイングや温度スイングの始まりと終わりでの吸着量の差を取ることで, 操作容量を定義します.
  5. Tsivion, E.; Long, J. R.; Head-Gordon, M. J. Am. Chem. Soc. 2014136, 17827-17835. DOI: 10.1021/ja5101323
  6. Peng, Y.; Krungleviciute, V.; Eryazici, I.; Hupp, J. T.; Farha, O. K.; Yildirim, T. Am. Chem. Soc. 2013, 135, 11887. DOI: 10.1021/ja4045289

関連書籍

やぶ

投稿者の記事一覧

PhD候補生として固体材料を研究しています。学部レベルの基礎知識の解説から、最先端の論文の解説まで幅広く頑張ります。高専出身。

関連記事

  1. 複雑にインターロックした自己集合体の形成機構の解明
  2. 第38回ケムステVシンポ「多様なキャリアに目を向ける:化学分野の…
  3. 各ジャーナル誌、続々とリニューアル!
  4. 第37回ケムステVシンポ「抗体修飾法の最前線 〜ADC製造の基盤…
  5. ネオ元素周期表
  6. ノーベル化学賞を受けた企業人たち
  7. 三中心四電子結合とは?
  8. その化合物、信じて大丈夫ですか? 〜創薬におけるワルいヤツら〜

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. 星本 陽一 Yoichi Hoshimoto
  2. 化学者のためのエレクトロニクス入門② ~電子回路の製造工程編~
  3. スイスの博士課程ってどうなの?1〜ヨーロッパの博士課程を知る〜
  4. アミロイド線維を触媒に応用する
  5. 電子実験ノートSignals Notebookを紹介します③
  6. ゲイリー・モランダー Gary A. Molander
  7. デイヴィッド・リウ David R. Liu
  8. 有機レドックスフロー電池 (ORFB)の新展開:オリゴマー活物質の利用
  9. 銅触媒によるアニリン類からの直接的芳香族アゾ化合物生成反応
  10. 創薬化学―有機合成からのアプローチ

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2020年5月
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031

注目情報

最新記事

【26卒】太陽HD研究開発 1day仕事体験

太陽HDでの研究開発職を体感してみませんか?私たちの研究活動についてより近くで体験していただく場…

カルベン転移反応 ~フラスコ内での反応を生体内へ~

有機化学を履修したことのある方は、ほとんど全員と言っても過言でもないほどカルベンについて教科書で習っ…

ナノ学会 第22回大会 付設展示会ケムステキャンペーン

ナノ学会の第22回大会が東北大学青葉山新キャンパスにて開催されます。協賛団体であるACS(ア…

【酵素模倣】酸素ガスを用いた MOF 内での高スピン鉄(IV)オキソの発生

Long らは酸素分子を酸化剤に用いて酵素を模倣した反応活性種を金属-有機構造体中に発生させ、C-H…

【書評】奇跡の薬 16 の物語 ペニシリンからリアップ、バイアグラ、新型コロナワクチンまで

ペニシリンはたまたま混入したアオカビから発見された──だけではない.薬の…

MEDCHEM NEWS 33-2 号「2022年度医薬化学部会賞」

日本薬学会 医薬化学部会の部会誌 MEDCHEM NEWS より、新たにオープン…

マテリアルズ・インフォマティクスにおける分子生成の基礎と応用

開催日:2024/05/22 申込みはこちら■開催概要「分子生成」という技術は様々な問題…

AlphaFold3の登場!!再びブレイクスルーとなりうるのか~実際にβ版を使用してみた~

2021年にタンパク質の立体構造予測ツールであるAlphaFold2 (AF2) が登場し、様々な分…

【5月開催】 【第二期 マツモトファインケミカル技術セミナー開催】 有機金属化合物 オルガチックスによる「密着性向上効果の発現(プライマー)」

■セミナー概要当社ではチタン、ジルコニウム、アルミニウム、ケイ素等の有機金属化合物を“オルガチッ…

マテリアルズ・インフォマティクスにおける回帰手法の基礎

開催日:2024/05/15 申込みはこちら■開催概要マテリアルズ・インフォマティクスを…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP