[スポンサーリンク]

ケムステニュース

リチウム金属電池の寿命を短くしている原因を研究者が突き止める

[スポンサーリンク]

リチウムリオンバッテリー(リチウムイオン二次電池)はPCやスマートフォンなどの電子機器に利用されていますが、研究者らはバッテリーの性能をさらに向上させるため、リチウム金属電池といった新たな電池の研究を進めています。カリフォルニア大学サンディエゴ校の研究者が率いる研究チームは、充放電のたびに劣化してしまうリチウム金属電池の弱点の原因を、新たな分析手法の開発によって突き止めました。 (引用:Gigazine8月28日)

リチウム金属を負極に使うリチウム金属電池はリチウムイオン電池と比べてはるかに大きい理論容量を持つものの、安全性も含めて様々な問題があり二次電池としての実用化には至っていません。特に充放電を続けていくとクーロン効率が低下することが知られていて、リチウムイオン電池と同様にSEI(Solid Electrolyte Interface)層による何らかの影響があると考えられていますが、詳細は不明で解明に向けた研究が多くのチームで続けられています。本研究では、SEI中のLi+/Li0を実験的に算出しその値とクーロン効率を比較することで、SEIを含むリチウムデポジットの性能への影響を明らかにしました。この研究を行ったのは、UCサンディエゴのナノエンジニアリンク部門、Energy Storage and Conversion研究室のY. Shirley Meng教授のグループです。この研究室ではリチウム電池だけでなく、様々な種類のバッテリーについて研究を行っているようです。過去、数人の日本人が研究に携わっていて、現在はRyosuke Shimizuさんが大学院生として在籍しているようです。

研究のコアとなったSEI中のLi+/Li0の算出方法ですが、それは至ってシンプルで、水をかけて反応させ発生した水素を定量するというものです。具体的な手順は、

  1. 様々な電解質を使って負極がリチウム、正極が銅の電池を試作し、リチウムデポジットを電極上に成長させる。
  2. アルゴングローブボックス中で、電池を分解しリチウムデポジットが成長したCu電極を三角フラスコに入れる。
  3. フラスコの上部をシールした後、グローブボックスから取り出し0.5mlの水を加える。
  4. 30μlフラスコ内のガスを取り出してGCで分析

電池を分解後、フラスコに入れて上部を密閉した後の様子(by UC San Diego Jacobs School of Engineering

同時にLi電極の重量ロスを測定することで、電極からのSEIへのリチウムの寄与を計算することができ、Li+/Li0を導くことができるというものです。ここで問題になるのがリチウムデポジット中にLiHが存在する場合で、他のリチウム化合物は、水と反応しても水素を発生させないもののLiHだけは水と反応して水素を発生させ、Li0の定量を妨げる可能性があります。

リチウムデポジット中に含まれる化合物と水との反応

そこで、下記予備実験を行いました。

  1. 上記同様にSEIが成長したCu電極を製作し重水を加える。
  2. 発生したガスを残留ガス分析に導入する
  3. D2とHDの分圧の違いで存在比を推定

軽水を使うとわからない(1と2)が重水を使うと異なる水素が発生する(3と4)

結果、HDは検出されなかったので、LiHはリチウムデポジット中に存在しないものとして以降計算を行ったそうです。

Li+/Li0とクーロン効率を比較したところ、クーロン効率が10%から80%までの時は、Li+/Li0は1以下で同様の比率を示すものの、80%以上は指数関数的な相関でLi+/Li0比が急増加することが分かりました。この原因を確かめるために、Cu電極上に成長したリチウムデポジットの断面のSEM画像を撮影しました。するとLi+/Li0が高い=クーロン効率が良いサンプルのリチウムデポジットほど、ち密な層が形成していて羊羹のようですが、Li+/Li0が低い=クーロン効率が低いサンプルのSEIはスカスカの線状になっていて、タッパーで押し固めて保存したそうめんのようになっています。HRTEMを測定しても線状のSEIからLi0が大面積で検出され、SEI中のLi0が影響していることが確かめられました。

この結果により初期デポジットの形が電池の性能向上において重要で、長細い昆布のようなリチウムデポジットが形成されると、充放電を繰り返すうちに、SEI中に電気的に不活性なLi0が多く取り残されてしまい、クーロン効率が低下します。一方で、塗り壁のようなリチウムデポジットでは、充放電を繰り返してもSEI中に取り残されるLi0は、少なくて済みクーロン効率の低下は抑えられます。参考としてGMが開発した電解質を使った場合の電極のSEM画像を示していますが、柱状のリチウムデポジットが形成されていて、クーロン効率も96.5%と以上に高い値になっています。人工的にSEIをLi電極側に作り出し電池の性能を向上させる研究が盛んに行われていますが、電極の構造変化があるなか、Liの分離をカバーする必要があるため、柔軟性があるポリマー型の人工SEIがクーロン効率の向上には望ましいと主張しています。

デポジットの違い:上段が長細い場合、中段が太い場合、下段が人工SEIを使う場合の理想形

実験方法は単純であるものの、リチウムデポジット中のLi0がクーロン効率に関与していると考えこの研究を進めたことが大変興味深く感じました。GMが開発した電解質を使うとクーロン効率の低下を抑える構造のリチウムデポジットが形成されていることから、電解質中の成分がキーであることが予想でき電解質とリチウムデポジットの関係について論じた続報が期待されます。またSEIに目を向けると、この論文ではクーロン効率を向上させるもので人工的なSEI形成でリチウムデポジット中のLi0をコントロールできると主張していますが、安全性の面からも分離する金属リチウムの量を減らすことができるので実用化には必要な技術だと思います。これはリチウム金属電池に関する研究ですが、リチウムイオン電池のSEIについても共通点があり、更なる性能向上のために何か応用が利くのではないでしょうか。

関連書籍

[amazonjs asin=”4526079898″ locale=”JP” title=”リチウムイオン二次電池の性能評価-長く安全に使うための基礎知識-“] [amazonjs asin=”4781313698″ locale=”JP” title=”大容量Liイオン電池の材料技術と市場展望《普及版》: -材料・セル設計・コスト・安全性・市場- (エレクトロニクスシリーズ)”]

関連リンク

Avatar photo

Zeolinite

投稿者の記事一覧

ただの会社員です。某企業で化学製品の商品開発に携わっています。社内でのデータサイエンスの普及とDX促進が個人的な野望です。

関連記事

  1. 繊維強化プラスチックの耐衝撃性を凌ぐゴム材料を開発
  2. 広瀬すずさんがTikTok動画に初挑戦!「#AGCチャレンジ」を…
  3. 米ファイザー、今期業績予想を上方修正・1株利益1.68ドルに
  4. ゾイジーンが設計した化合物をベースに新薬開発へ
  5. 大日本住友製薬が発足 業界5位、将来に再編含み
  6. 材料研究分野で挑戦、“ゆりかごから墓場まで”データフル活用の効果…
  7. 製薬会社5年後の行方
  8. 日宝化学、マイクロリアクターでオルソ酢酸メチル量産

注目情報

ピックアップ記事

  1. ゲイリー・モランダー Gary A. Molander
  2. イミデートラジカルを用いた多置換アミノアルコール合成
  3. 低分子化合物の新しい合成法 コンビナトリアル生合成 生合成遺伝子の利用法 Total Synthesis vs Total Biosynthesis
  4. 発想の逆転で糖鎖合成
  5. 【書籍】10分間ミステリー
  6. あなたの合成ルートは理想的?
  7. SunRiSE 第2期募集中
  8. 菅沢反応 Sugasawa Reaction
  9. これならわかるNMR/二次元NMR
  10. 5/15(水)Zoom開催 【旭化成 人事担当者が語る!】2026年卒 化学系学生向け就活スタート講座

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2019年9月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
30  

注目情報

最新記事

7th Compound Challengeが開催されます!【エントリー〆切:2026年03月02日】 集え、”腕に覚えあり”の合成化学者!!

メルク株式会社より全世界の合成化学者と競い合うイベント、7th Compound Challenge…

乙卯研究所【急募】 有機合成化学分野(研究テーマは自由)の研究員募集

乙卯研究所とは乙卯研究所は、1915年の設立以来、広く薬学の研究を行うことを主要事業とし、その研…

大森 建 Ken OHMORI

大森 建(おおもり けん, 1969年 02月 12日–)は、日本の有機合成化学者。東京科学大学(I…

西川俊夫 Toshio NISHIKAWA

西川俊夫(にしかわ としお、1962年6月1日-)は、日本の有機化学者である。名古屋大学大学院生命農…

市川聡 Satoshi ICHIKAWA

市川 聡(Satoshi Ichikawa, 1971年9月28日-)は、日本の有機化学者・創薬化学…

非侵襲で使えるpH計で水溶液中のpHを測ってみた!

今回は、知っているようで知らない、なんとなく分かっているようで実は測定が難しい pH計(pHセンサー…

有馬温泉で鉄イオン水溶液について学んできた【化学者が行く温泉巡りの旅】

有馬温泉の金泉は、塩化物濃度と鉄濃度が日本の温泉の中で最も高い温泉で、黄褐色を呈する温泉です。この記…

HPLCをPATツールに変換!オンラインHPLCシステム:DirectInject-LC

これまでの自動サンプリング技術多くの製薬・化学メーカーはその生産性向上のため、有…

MEDCHEM NEWS 34-4 号「新しいモダリティとして注目を浴びる分解創薬」

日本薬学会 医薬化学部会の部会誌 MEDCHEM NEWS より、新たにオープン…

圧力に依存して還元反応が進行!~シクロファン構造を活用した新機能~

第686回のスポットライトリサーチは、北海道大学大学院理学研究院化学部門 有機化学第一研究室(鈴木孝…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP