[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

メタルフリー C-H活性化~触媒的ホウ素化

[スポンサーリンク]

有機ホウ素化合物は、ホウ素置換部位を様々な官能基へと変換できるため、有機合成において中間体として利用できる重要な化合物群です。そこで、容易に有機ホウ素化合物を合成する手段として、C-H結合の活性化およびそれを利用した脱水素的炭素-ホウ素カップリング反応に関する研究は、近年ますます注目を集めている熱い分野です 。[1]

触媒

本反応は、基本的には熱力学的に好ましい反応(例えば、ベンゼンとホウ素化合物間での脱水素的カップリング反応では、ΔG°(298) = −3.7 kcal·mol−1)ですが、活性化障壁が大きいため(Δ(298) = 31.3 kcal·mol−1)に、触媒を必要とします。そこで、本反応を促進する触媒としていくつかの遷移金属錯体がこれまでに報告されており、これらは主にIrやRhと言った比較的高価な金属を含んでいます。 では、金属を用いないでC-H結合を活性化し、さらにホウ素化を行うことは可能なのでしょうか?

典型元素触媒

ごく最近、Laval大学(カナダ)のFontaineらのグループによって、典型元素化合物を触媒とする脱水素的炭素-ホウ素カップリング反応が報告されたので、紹介したいと思います。

Marc-André Légaré, Marc-André Courtemanche, Étienne Rochette, Frédéric-Georges Fontaine, Science 2015, 349, 513-516, DOI:10.1126/science.aab3591

著者らは、ベンゼン環のオルト位にテトラメチルピペリジニル基とホウ素(BH2)部位を導入したフラストレイテッドルイスペア(FLP)1を合成しています。[2] 1は三中心ニ電子結合を含むジボラン構造をしていますが、溶液中、加熱条件下では、単量体として機能します。

rk08012015-1

 

 

まず、1(0.5当量)とN-メチルピロールとの反応から、ピロール内の窒素に隣接する炭素(2位)とホウ素が脱水素的に結合を形成することを確認しました。次に、生成した化合物 2とピナコールボラン(H-Bpin)の反応を検討し、その結果、Bpin基が置換したピロール3aを得ています。この時、1が再生していることが確認できたことから、1を触媒として利用できると考えたんですね。

 

rk08012015-2

 

 

ここで通常なら、いろんな官能基を持つピロールやら他のヘテロ環化合物をさっさと試すところでしょうけど、著者らは、様々な官能基を持つ化合物を添加した反応を検証しています。この手法は、2013年にGloriusらがNature Chemistryに報告した、新しい「化学反応の汎用性検証法」に沿ったアプローチですね。[3] 試した化合物とその結果は以下の通り(原著SIより引用)。

rk08012015-3

 

 

得られた結果をもとに、実際にいくつかピロール、チオフェン、フランのホウ素化を検討しています(下図、原著論文より)。反応の選択性は、脱離する水素の酸性度ではなく、基質内の電子密度分布や炭素の求核性に依存するようです。

rk08012015-4

 

 

また、理論計算を基に、著者らは以下の反応機構を提案しています。
(1) FLPによるTS1を経たC-H結合の切断
(2) 分子内イオン対状態(Int)から、水素の脱離による2の生成
(3) 2とH-Bpin間のσ結合メタセシス(TS2)を経て、1′および化合物3の生成。
さらに、重水素ラベル実験によって、ステップ1及びステップ2どちらも反応速度に影響を与えていることを確認しています。

rk08012015-5

 

 

ステップ3の遷移状態(TS2)は、ボリル置換イリジウム触媒によるC-H結合活性化機構とよく類似しています(下図:A)。[4] また、B-H、B-C結合とH-H及びH-Si結合間のメタセシスは既に報告(提案)されており(下図:B、C)[5]、今後、この機構を基軸とした金属を用いない触媒反応がさらに開発されることでしょう。

rk08012015-6

 

 

著者らは最後に、FLPを用いたC-H結合活性化は、ホウ素化以外の触媒的カップリング反応にも適応できるだろうと示唆しています。sp2炭素-水素以外の結合の活性化から官能基化まで行える新しいメタルフリー触媒反応も、近い将来どんどん出てきそうですね。

 

参考文献

  1. I. A. Mkhalid, J. H. Barnard, T. B. Marder, J. M. Murphy, J. F. Hartwig, Chem. Rev. 2010110, 890–931. DOI: 10.1021/cr900206p
  2. D. W. Stephan, G. Erker, Angew. Chem. Int. Ed. 2010, 49, 46–76. DOI: 10.1002/anie.200903708
  3. Karl D. Collins, Frank Glorius, Nat. Chem. 2013, 5, 597-601. DOI: 10.1038/NCHEM.1669
  4. M. A. Larsen, J. F. Hartwig, J. Am. Chem. Soc. 2014, 136, 4287–4299. DOI: 10.1021/ja412563e
  5. (a) Y. Wang, W. Chen, Z. Lu, Z.-H. Li, H. Wang, Angew. Chem. Int. Ed. 2013, 52, 7496 – 7499. DOI: 10.1002/anie.201303500 (b) G. I. Nikonov, S. F. Vyboishchikov, O. G. Shirobokov, J. Am. Chem. Soc. 2012, 134, 5488 – 5491. DOI: 10.1021/ja300365s

 

外部リンク

 

関連書籍

関連記事

  1. 窒素固定をめぐって-2
  2. ペプチドのらせんフォールディングを経る多孔性配位高分子の創製
  3. natureasia.com & Natureダイジェ…
  4. だんだん柔らかくなるCOF!柔軟性の違いによる特性変化
  5. 創薬・医療系ベンチャー支援プログラム”BlockbusterTO…
  6. 露出した銀ナノクラスター表面を保持した、高機能・高安定なハイブリ…
  7. 人を器用にするDNAーナノ化学研究より
  8. 中国へ行ってきました 西安・上海・北京編②

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. C–NおよびC–O求電子剤間の還元的クロスカップリング
  2. 光線力学療法 Photo Dynamic Therapy (PDT)
  3. 有機合成化学協会誌2023年10月号:典型元素・テトラシアノシクロペンタジエニド・二重官能基化・パラキノジメタン・キナゾリノン
  4. グロブ開裂 Grob Fragmentation
  5. 三菱化学グループも石化製品を値上げ、原油高で価格転嫁
  6. メラノーマ治療薬のリード化合物を発見
  7. 金属原子のみでできたサンドイッチ
  8. 第121回―「亜鉛勾配を検出する蛍光分子の開発」Lei Zhu教授
  9. Reaxys Prize 2010発表!
  10. 甘草は虫歯を予防する?!

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2015年8月
 12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31  

注目情報

最新記事

光と水で還元的環化反応をリノベーション

第609回のスポットライトリサーチは、北海道大学 大学院薬学研究院(精密合成化学研究室)の中村顕斗 …

ブーゲ-ランベルト-ベールの法則(Bouguer-Lambert-Beer’s law)

概要分子が溶けた溶液に光を通したとき,そこから出てくる光の強さは,入る前の強さと比べて小さくなる…

活性酸素種はどれでしょう? 〜三重項酸素と一重項酸素、そのほか〜

第109回薬剤師国家試験 (2024年実施) にて、以下のような問題が出題されま…

産総研がすごい!〜修士卒研究職の新育成制度を開始〜

2023年より全研究領域で修士卒研究職の採用を開始した産業技術総合研究所(以下 産総研)ですが、20…

有機合成化学協会誌2024年4月号:ミロガバリン・クロロププケアナニン・メロテルペノイド・サリチル酸誘導体・光励起ホウ素アート錯体

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2024年4月号がオンライン公開されています。…

日本薬学会第144年会 (横浜) に参加してきました

3月28日から31日にかけて開催された,日本薬学会第144年会 (横浜) に参加してきました.筆者自…

キシリトールのはなし

Tshozoです。 35年くらい前、ある食品メーカが「虫歯になりにくい糖分」を使ったお菓子を…

2つの結合回転を熱と光によって操る、ベンズアミド構造の新たな性質を発見

 第 608回のスポットライトリサーチは、北海道大学大学院 生命科学院 生命科学専攻 生命医…

スポットライトリサーチ まとめ【初回〜第200回まで】

ケムステの人気企画スポットライトリサーチ、2015 年に始まって以来、2024 年現…

【産総研・触媒化学融合研究センター】新卒・既卒採用情報

触媒センターでは、「個の力」でもある触媒化学を基盤としつつも、異分野に積極的に関…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP