[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

C-H結合活性化を経るラクトンの不斉合成

[スポンサーリンク]


先日、Vy M. Dong 助教授(カナダ・トロント大学)の講演を聴いてきました。

彼女は見ての通り、まだまだ若い駆け出しの女性研究者です。

パーソナル情報

CVによれば、CaltechのDavid MacMillanのラボでPh.D.を取得し、UC BerkeleyにてRobert Bergman・Kenneth Raymondのもとでポスドクを行った後に、2006年にトロント大学にてポストを取得したばかりの女性研究者です。

彼女の専門分野は有機合成化学、特に均一系触媒開発。

ラボを立ち上げて間もない彼女ですが、ここ2年間で10報近くの論文を報告しています。publication listによればそのほとんどがJACSもしくはAngewandte Chemieという一流ジャーナルにアクセプトされており、この年代の研究者としては驚異的な業績を上げている一人といえます。

 

講演内容

講演内容は、C-H結合活性化型不斉触媒を用いるキラルラクトンの合成、パラジウム触媒を用いたジオール合成反応、炭素源としてのCO2活用触媒の開発、などでした。

ラクトン合成法[1]に関しては最も研究が進んでおり、競合する脱カルボニル化をどう抑えるか、7員環と違って5員環合成では銀塩添加剤がなぜ必要となったのか、DFT計算を用いた遷移状態解析から一連のメカニズム・原因を考察していました。

VMDong_1.jpg

VMDong_2.jpg

VMDong_3.gifいずれの仕事も今の潮流に乗ってきっちりやってるような類の、典型的”優等生”なテーマ設定でしょうか。
勿論それが悪い、ということではありません。北米の若手研究者は、大学のテニュア(終身雇用権)を得るまでの短期(通常5年未満)に目立った実力を示さなければならないという、厳しい現実に置かれています。オリジナリティをある程度示しつつも、結果の出やすいテーマ設定を工夫せざるを得ない――そういうことが必要不可欠なのです。その現実は考慮しなくてはなりません。

 

基本をおさえたプレゼンテーションのスタイル

彼女のプレゼンテーションスタイルには、同じ合成化学者として大いに刺激を受けました。

結論を先に述べてしまいますが、

① キー要素(新規性・有用性・進歩性=特許三原則と同じですね)を落とさず示す
自分が当たり前と思ってしまうことでも、丁寧に分かりやすく
③ ビジュアルを駆使して視覚に訴えた説明を心がける

といった、至極基本的なことを落とさずやるということです。

たとえば、キラルラクトン合成に関するプレゼンは、以下の様な構成になっていました。

「自分の開発した方法はこんな新規性があるよ」 =過去の代表例(マクロラクトン化や他のラクトン合成法)と比較して、結合生成様式の違いをクリアに示す

「開発した方法は将来こんな価値を持ってくるよ」
=医薬品や天然物の類似骨格を応用具体例として挙げ、斬新な合成法の提案を行う

「一連の仕事はこんな風に進展させられるよ」=3次元構造が判明している錯体を、中間体構造のモデルとして示し、計算結果も加えてメカニズムがどうなっているのか考察。そこから類似の反応が同様の系で開発可能なことを妥当性高く示す。

具体的な内容を詳しく追わずとも、太字の要素がちゃんと伝われば、凄いことをやってると感じられる―そうなってるように思いませんか?

筆者が在籍している環境では、多彩な分野の化学者が集まって講演を聴きに来ます。言い換えれば、分野外の化学者も結構な率でいるわけで、合成化学者向けに特化した講演をしてもそこまで心に響かない環境なのです。

こういった場所でインパクトあるプレゼンを行うためには何が重要なのか、つまり「他分野の化学者に魅力を感じてもらうためには、どんな工夫が必要か」――彼女のプレゼンは、多くのヒントを示唆してくれたとともに、基本原則に立ち返ることの重要性を改めて認識させてくれました。

 

おわりに

アメリカでは30代前半の若手研究者であってもあちこちからやって来て、毎日のように誰かが研究発表を行っている印象があります。博士院生・ポスドクで
あっても、academic job huntingの前段階として、ツテを頼って講演行脚し、自分を売り込む――といったことも珍しくないようです。

そんな、「自発的なアピールを推奨する」「若いうちから独立心を育む」「激しい議論を行ったとしても、後を引かずさっぱりしている」雰囲気が自然と存在しているのは、日本とは最も異なる点に感じられます。

そういう入れ替わり立ち替わりが激しい、流動性の高い環境だからこそ、自己アピール・プレゼンテーションをしっかりやって自らの存在を印象づけることが重要になってくるわけですね。

日本の教育システムには、プレゼンの基本理論・体系的学習がほとんど盛り込まれていません。これには、人材流動性の低さゆえじっくりとした技術伝達が出来る環境にあり、インパクトのあるプレゼンをすることがそれほど重要とはならない、というような文化的背景も少なからずあるとは思えます。

しかしこれからのグローバル化時代は、日本でも人材流動性が増す方向に向かうでしょうから、そんなことは言ってられないようにも思えます。

プレゼンスキルは、基本的な技術の習得と訓練次第で、かなりの部分が改善できます。例えば上記に記したポイントは、講演者の性格やしゃべりのスキルとは全く関係ないことがおわかりでしょう。それゆえに、トレーニング機会や学習機会が少ないことが、いっそう残念に思えてなりません。

関連書籍に挙げたものはプレゼン理論を学ぶ上で取っつきやすく、また理系向けの良質な書籍なので、学生の皆さんは一読してみることをオススメします。

 

関連文献

  1. (a) Shen, Z.; Khan, H. A.; Dong, V. M.  J. Am. Chem. Soc. 2008, 130, 2916. (b) Shen, Z.; Dornan, P. K.; Khan, H. A.; Woo, T. K.; Dong,
    V. M. J. Am. Chem. Soc. 2009, 131, 1077. (c) Phan, D. H. T.; Kim, B.; Dong, V. M.  J. Am. Chem. Soc. 2009, 131, 15609.

 

関連書籍

[amazonjs asin=”4062575841″ locale=”JP” title=”理系のための口頭発表術―聴衆を魅了する20の原則 (ブルーバックス)”][amazonjs asin=”4797349778″ locale=”JP” title=”論理的にプレゼンする技術 聴き手の記憶に残る話し方の極意 (サイエンス・アイ新書)”]

 

関連リンク

Avatar photo

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. カーボンナノリング合成に成功!
  2. 2021年ノーベル化学賞ケムステ予想当選者発表!
  3. 世界初!ラジカル1,2-リン転位
  4. アウグスト・ホルストマン  熱力学と化学熱力学の架け橋
  5. マテリアルズ・インフォマティクスにおける高次元ベイズ最適化の活用…
  6. 太陽電池を1から作ろう:色素増感太陽電池 実験キット
  7. 小スケール反応での注意点 失敗しないための処方箋
  8. 化学者がMidjourneyで遊んでみた

注目情報

ピックアップ記事

  1. 金属内包フラーレンを使った分子レーダーの創製
  2. CO酸化触媒として機能する、“無保護”合金型ナノ粒子を担持した基板を、ワンプロセスで調製する手法を開発
  3. 「機能性3Dソフトマテリアルの創出」ーライプニッツ研究所・Möller研より
  4. カチオン性三核Pd触媒でC–I結合選択的にカップリングする
  5. 米メルク、業績低迷長期化へ
  6. 砂糖から透明樹脂、大阪府立大などが開発に成功
  7. キャロライン・ベルトッツィ Carolyn R. Bertozzi
  8. 世界で初めて有機半導体の”伝導帯バンド構造”の測定に成功!
  9. 博士号で世界へ GO!-ー日本化学会「化学と工業:論説」より
  10. 高峰公園

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2009年11月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
30  

注目情報

最新記事

【日産化学 27卒/Zoomウェビナー配信!】START your ChemiSTORY あなたの化学をさがす 研究職限定 キャリアマッチングLIVE

3日間で12領域の研究職社員がプレゼンテーション!日産化学の全研究領域を公開する、研…

hERG阻害 –致死性副作用をもたらす創薬の大敵–

創薬の臨床試験段階において、予期せぬ有害事象 (または副作用) の発生は、数十億円以…

久保田 浩司 Koji Kubota

久保田 浩司(Koji Kubota, 1989年4月2日-)は、日本の有機合成化学者である。北海道…

ACS Publications主催 創薬企業フォーラム開催のお知らせ Frontiers of Drug Discovery in Japan: ACS Industrial Forum 2025

日時2025年12月5日(金)13:00~17:45会場大阪大学産業科学研究所 管理棟 …

【太陽ホールディングス】新卒採用情報(2027卒)

■■求める人物像■■「大きな志と好奇心を持ちまだ見ぬ価値造像のために前進できる人…

欧米化学メーカーのR&D戦略について調査結果を発表

この程、TPCマーケティングリサーチ株式会社(本社=大阪市西区、代表取締役社長=松本竜馬)は、欧米化…

有馬温泉でラドン泉の放射線量を計算してみた【化学者が行く温泉巡りの旅】

有馬温泉は、日本の温泉で最も高い塩分濃度を持ち黄褐色を呈する金泉と二酸化炭素と放射性のラドンを含んだ…

アミンホウ素を「くっつける」・「つかう」 ~ポリフルオロアレーンの光触媒的C–Fホウ素化反応と鈴木・宮浦カップリングの開発~

第684回のスポットライトリサーチは、名古屋工業大学大学院工学研究科(中村研究室)安川直樹 助教と修…

第56回ケムステVシンポ「デバイスとともに進化する未来の化学」を開催します!

第56回ケムステVシンポの会告を致します。3年前(32回)・2年前(41回)・昨年(49回)…

骨粗鬆症を通じてみる薬の工夫

お久しぶりです。以前記事を挙げてから1年以上たってしまい、時間の進む速さに驚いていま…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP