[スポンサーリンク]

スポットライトリサーチ

逆生合成理論解析という手法を開発し、テルペン系類縁天然物 peniroquesine の難解な生合成機構の解明に成功

[スポンサーリンク]

第533回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院薬学系研究科 内山研究室の松山 太郎(まつやま たろう)さんにお願いしました。

内山研究室では、「有機合成化学」「分光学・物理化学」「理論化学・計算科学」を3つの柱として、新しい分子を能動的かつ精密にデザインし、新たな分子変換反応の開発、新合成法の開拓、未知機能の創出に挑んでいます。元素の様々な組み合わせで構成される分子の反応性・機能性が、元素のどのような性質に由来するのかを分子構造・電子構造を理解することによって明らかにし、既存の学問領域にとらわれない新しい学理を探求することを目指しています。

本プレスリリースの研究内容は、天然物の生合成経路についてです。本研究グループでは、生合成機構解明における強力な方法論として「逆生合成解析」という理論的手法を開発し、テルペン系天然物 peniroquesine の生合成経路の全貌解明に成功しました。この研究成果は「JACS Au」誌に掲載され、プレスリリースに成果の概要が公開されています。

Revision of Peniroquesine Biosynthetic Pathway by Retro-biosynthetic Theoretical Analysis: Ring Strain Controls the Unique Carbocation Rearrangement Cascade

Taro Matsuyama, Ko Togashi, Moe Nakano, Hajime Sato,* Masanobu Uchiyama*

DOI:10.1021/jacsau.3c00039

研究室を主宰されている内山 真伸 教授より松山さんについてコメントを頂戴いたしました!

スポーツ万能な松山太郎くんは、絵を描くことにも長けており、あっという間に特徴をつかんで似顔絵を描いてくれます。本研究でも、その巧みな技と体育会系ストイックな姿勢、そして高い空間認識能力で、提唱されてきた生合成機構の立体問題にいち早く気付き、逆生合成理論解析手法を開発することで、真の生合成経路を導くことに成功しました。今後は時間軸も加えた多次元空間認識能力を発揮して、博士課程とその後のキャリアも自ら設計し、独創的に創り上げていくことでしょう。今後の益々の活躍、期待しています!

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

創薬研究において、天然物は強い生物活性を有するシード化合物として極めて重要な役割を担ってきました。しかし、天然物の生合成は、酵素内部という実験的に直接観測のできない領域で起こるため、その詳細な反応機構の解明は非常に困難な課題です。今回、当研究グループは理論計算による「逆生合成解析」という方法論(ここでは「逆生合成理論解析」と呼びます)を確立することで、テルペン系天然物である peniroquesine の難解な生合成経路を解明しました。

図 1. 逆生合成理論解析を用いた生合成機構の解明

天然物は非常に単純な構造を持つ炭化水素(初期物質)から多くのキラル中心を持つ多環性骨格を有する複雑な分子へと生合成されます。一般に、最終生成物(天然物)は初期物質と比べて自由度が低く、配座異性体の数が極めて制限されています。当研究グループは、この特徴に注目することで、最終生成物から初期物質へと「あみだくじを『あたり』から逆に辿るように」生合成経路を逆向きに解析する「逆生合成理論解析」という手法を開発しました(図1)。本手法により、従来想定されていた生合成機構を大幅に修正する合理的な生合成経路の発見に至りました。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

本研究では、まず初めに以前提唱されていた想定反応機構をもとに、初期物質から最終物質へと DFT 計算を行いました。その結果、bicyclo[4.2.1]nonane 骨格の形成(IM9TS_9–10)において非常に大きな活性化エネルギー(> 25 kcal/mol)が必要となることが明らかになりました(図 2A)。これは、本反応が室温で自発的に進行できないことを意味しています。そこで、IM10 をもとに反応経路の網羅的な探索を行いました。その際に、最終生成物の限定的な配座をもとに生合成経路を逆向きに辿る「逆生合成理論解析」という手法を確立することで、効率的かつ合理的に探索を行うことに成功しました。二重結合の幾何異性化機構の発見と共に、提唱されていた生合成経路を覆す合理的な反応機構を見出した際はとても感動しました。

図 2. Peniroquesine の生合成機構解明における逆生合成理論解析の利用例

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

やはり、二重結合の幾何異性化機構が、どのタイミングで起こるのか、どのような機構で起こるのか、の解析が本研究の鍵となりました。分子の3次元構造を一つ一つ丁寧に分析し、ときには分子模型を組み立てながら骨格を理解することで、最終的に、その異性化機構の全容解明に成功し、初期物質(SM)の配座が縮環様式の違いを生み、異性化経路を実現していることを見出しました

実際に理論計算によって得られた2つの生合成経路(以前提唱されていた経路と今回解明した新経路)のエネルギーダイアグラムを比較すると、両者が大きく異なる反応経路をたどっていることがわかります(図 3)。複数の可能性ある反応経路の中から真の反応経路を導く上で、生成物(PD)側から辿る本手法(逆生合成理論解析)が非常に有効であることを示していると言えます。

図 3. DFT 計算によって得られた 2つの経路のエネルギーダイアグラム

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

化学の醍醐味のひとつは、シンプルな原理・原則によって化学の言葉で複雑な現象を解き明かすことだと思います。今後も、化学を広く深く学び、様々な現象を化学的に理解できるようになりたいです。

また、現在こうして自分の好きな化学に没頭する日々を享受できているのは、周囲の方々の支えがあるからだと思います。今後は、これまでに頂いた恩を少しでも社会に還元できるよう、化学の基礎研究を通じて社会貢献をしていきたいです。そのための第一歩として、まずは博士課程に進学して、化学の専門知識や実験技術をもっと身につけたいと考えています。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

ここまで読んでいただき、誠にありがとうございました。普段から楽しく拝読している Chem-Station に、本研究を取り上げていただき大変光栄に思います。最後になりましたが、本研究を進める上でご指導とご協力を頂きました内山真伸教授(東大院薬)、佐藤玄特任助教(山梨大院総合)へ深く御礼申し上げます。

研究者の略歴

松山 太郎(まつやま たろう)

所属:東京大学大学院薬学系研究科 内山研究室 修士課程2年

研究テーマ:理論化学と実験化学の協奏による天然物の生合成機構解明

関連リンク

Avatar photo

Zeolinite

投稿者の記事一覧

ただの会社員です。某企業で化学製品の商品開発に携わっています。社内でのデータサイエンスの普及とDX促進が個人的な野望です。

関連記事

  1. 茨城の女子高生が快挙!
  2. 超塩基に匹敵する強塩基性をもつチタン酸バリウム酸窒化物の合成
  3. 最新プリント配線板技術ロードマップセミナー開催発表!
  4. シクロデキストリンの「穴の中」で光るセンサー
  5. 【追悼企画】世のためになる有機合成化学ー松井正直教授
  6. 海外でのアカデミックポジションの公開インタビュー
  7. 2つ輪っかで何作ろう?
  8. 触媒なの? ?自殺する酵素?

注目情報

ピックアップ記事

  1. 硫黄―炭素二重結合の直接ラジカル重合~さまざまなビニルポリマーに分解性などを付与~
  2. 材料開発の変革をリードするスタートアップのデータサイエンティストとは?
  3. 佐藤 伸一 Shinichi Sato
  4. ボールドウィン則 Baldwin’s Rule
  5. 有機合成化学協会誌2024年12月号:パラジウム-ヒドロキシ基含有ホスフィン触媒・元素多様化・縮環型天然物・求電子的シアノ化・オリゴペプチド合成
  6. 分子研オープンキャンパス2022 参加登録受付中!
  7. 第24回ケムステVシンポ「次世代有機触媒」を開催します!
  8. 向山酸化 Mukaiyama Oxidation
  9. 水素化反応を効率化する物質を自動化フロー反応装置で一気に探索
  10. キラル超原子価ヨウ素試薬を用いる不斉酸化

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2023年6月
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
2627282930  

注目情報

最新記事

【日産化学 27卒/Zoomウェビナー配信!】START your ChemiSTORY あなたの化学をさがす 研究職限定 キャリアマッチングLIVE

3日間で12領域の研究職社員がプレゼンテーション!日産化学の全研究領域を公開する、研…

hERG阻害 –致死性副作用をもたらす創薬の大敵–

創薬の臨床試験段階において、予期せぬ有害事象 (または副作用) の発生は、数十億円以…

久保田 浩司 Koji Kubota

久保田 浩司(Koji Kubota, 1989年4月2日-)は、日本の有機合成化学者である。北海道…

ACS Publications主催 創薬企業フォーラム開催のお知らせ Frontiers of Drug Discovery in Japan: ACS Industrial Forum 2025

日時2025年12月5日(金)13:00~17:45会場大阪大学産業科学研究所 管理棟 …

【太陽ホールディングス】新卒採用情報(2027卒)

■■求める人物像■■「大きな志と好奇心を持ちまだ見ぬ価値造像のために前進できる人…

欧米化学メーカーのR&D戦略について調査結果を発表

この程、TPCマーケティングリサーチ株式会社(本社=大阪市西区、代表取締役社長=松本竜馬)は、欧米化…

有馬温泉でラドン泉の放射線量を計算してみた【化学者が行く温泉巡りの旅】

有馬温泉は、日本の温泉で最も高い塩分濃度を持ち黄褐色を呈する金泉と二酸化炭素と放射性のラドンを含んだ…

アミンホウ素を「くっつける」・「つかう」 ~ポリフルオロアレーンの光触媒的C–Fホウ素化反応と鈴木・宮浦カップリングの開発~

第684回のスポットライトリサーチは、名古屋工業大学大学院工学研究科(中村研究室)安川直樹 助教と修…

第56回ケムステVシンポ「デバイスとともに進化する未来の化学」を開催します!

第56回ケムステVシンポの会告を致します。3年前(32回)・2年前(41回)・昨年(49回)…

骨粗鬆症を通じてみる薬の工夫

お久しぶりです。以前記事を挙げてから1年以上たってしまい、時間の進む速さに驚いていま…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP