[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

ペプチド模倣体としてのオキセタニルアミノ酸

[スポンサーリンク]

スイス連邦工科大学チューリヒ校・Erick M. Carreiraらは、ペプチド等価体の一つであるオキセタニルアミノ酸含有ペプチドを、立体選択的に合成する方法論を開発した。これを用いてオピオイドの一種であるエンケファリンの類縁体を合成し、in vitroin vivo試験によってオキセタニルペプチド構造の有効性を主張している。

“Oxetanyl Amino Acids for Peptidomimetics”
Möller, G. P.; Müller, S.; Wolfstadter, B. T.; Wolfrum, S.: Schepmann, D.; Wünsch, B.; Carreira, E. M.* Org. Lett. 2017, 19, 2510−2513. DOI: 10.1021/acs.orglett.7b00745

問題設定と解決

非天然アミノ酸含有ペプチドが中分子創薬の文脈から注目を集めていることは周知の事実である。オキセタニルペプチドは、構造的にペプチド結合に近く、水素結合供与体・受容体の両方として働ける。一方で非天然構造のため代謝されにくく、二級アミンを含むために水素結合の関与パタンが通常のペプチド結合とは異なりうる。

冒頭論文より引用

Carreiraらは以前よりカルボニル基の生物学的等価体となるオキセタン構造の医薬応用研究に取り組んでおり[1]、ペプチドカルボニル代替としての応用も既に報告していた[2]。オキセタニルペプチドの合成は2014年、CarreiraとShipmanによってほぼ同時期に個別報告されていた[3]。 しかしながらオキセタノンを出発物質とする既存合成法は、短工程である一方、オキセタン隣接側鎖の立体を制御できず、グリシン等価構造にしか適用できないという問題があった。

本論文ではこれを解決し、生物活性物質の合成へと適用することで、医薬応用への道を提示した。

技術と手法の肝

Ellmanイミンへの不斉付加によってオキセタン隣接側鎖の立体をうまく制御し、グリシン等価構造以外のオキセタニルジペプチドを立体選択的に合成することに成功した。合成経路の一例を下に示す。

オキセタニルアミンは側鎖RがGly, Phe, Val, Ala, Leu, Ser(Bn), Cys(tBu), Pro, Asp(tBu), Tyr(Bn)相当のものが合成可能。最後の置換反応は収率がまちまちだが、ほとんどの天然型側鎖構造(R’)に適用可能である。オキセタン部位はたいていの化学条件に安定であり、また当然ながら隣接位のエピ化も起きない。

主張の有効性検証

オキセタニルペプチド構造を含むLeu-enkephalinアナログを種々合成し、in vitro・ in vivo試験を行なうことによってペプチド模倣体としての有効性を検証している(下図)。

冒頭論文より引用

  1. Leu-enkephalinアナログの安定性をヒト血清中で測定したところ、A、Bの位置をオキセタンにすると半減期が大きく延長することが分かった。
  2. マウスの脳を用い、Leu-enkephalinアナログとオピオイド受容体の結合のアッセイを行った。するとC、Dの位置をオキセタンにしたものが結合しやすいことが分かった。
  3. Leu-enkephalinアナログをマウスに投与し、Hot Plate Test[4]を行った。するとDの位置をオキセタンにしたものを投与したとき、天然型Leu-enkephalin投与に比べ、反応を示すまでの時間が延長した。

議論すべき点

  • 医薬構造に気軽に組み込むには、合成法はまだまだ手間に見える。第一世代ルートにおける共役付加の不斉制御が上手く行けば、短工程なルートになりそう。ただニトロ基α位なので、限度があるかも知れない。
  • Leu-enkephalinアナログのマウスアッセイ結果は、天然型に比べても大きく力価が変わらないように見える。論文としての説得力・主張力が弱くなっているのは否めないか。
  • ただ、オキセタニルペプチドの生物実験を行い、医薬応用への可能性を示したことそのものは大きな貢献。いずれ本格的に医薬に利用される可能性もあると感じた。

次に読むべき論文は?

  • 長鎖ペプチドへの応用が次なる課題であるが、オキセタニルペプチドの固相合成例がShipmanらによって最近報告されている[5]。

参考文献

  1. Burkhard, J. A.; Wuitschik, G.; Rogers-Evans, M.; Mller, K.; Carreira, E. M. Angew. Chem. Int. Ed. 2010, 49, 9052. DOI: 10.1002/anie.200907155
  2. McLaughlin, M.; Yazaki, R.; Fessard, T. C.; Carreira, E. M. Org. Lett. 2014, 16, 4070. DOI: 10.1021/ol501590n
  3. Powell, N. H.; Clarkson, G. J.; Notman, R.; Raubo, P.; Martin, N. G.; Shipman, M. Chem. Commun. 2014, 50, 8797. DOI: 10.1039/C4CC03507K
  4. マウスを54℃のプレートの上に置き、反応を示すまでの時間を測定する。鎮静作用があると、反応を起こすまでの時間が長くなる。
  5. Beadle, J. D.; Knuhtsen, A.; Hoose, A.; Raubo, P.; Jamieson, A. G.; Shipman, M. Org. Lett. 2017, 19, 3303. DOI: 10.1021/acs.orglett.7b01466
Avatar photo

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. 有機合成に活躍する器具5選|第1回「有機合成実験テクニック」(リ…
  2. マテリアルズ・インフォマティクスの基礎
  3. 【追悼企画】水銀そして甘み、ガンへー合成化学、創薬化学への展開ー…
  4. 「生合成に基づいた網羅的な天然物全合成」—カリフォルニア大学バー…
  5. “アルデヒドを移し替える”新しいオレフィ…
  6. 酸化反応条件で抗酸化物質を効率的につくる
  7. 化学者のためのエレクトロニクス講座~無電解めっきの還元剤編~
  8. 「神経栄養/保護作用を有するセスキテルペン類の全合成研究」ースク…

注目情報

ピックアップ記事

  1. 5分でできる!Excelでグラフを綺麗に書くコツ
  2. 夢・化学-21 化学への招待
  3. 化学研究ライフハック:化学検索ツールをあなたのブラウザに
  4. YMC研究奨励金当選者の声
  5. 長期海外出張のお役立ちアイテム
  6. 魅惑の薫り、漂う香り、つんざく臭い
  7. 岩塩と蛍石ユニットを有する層状ビスマス酸塩化物の構造解析とトポケミカルフッ化反応によるその光触媒活性の向上
  8. 第64回―「ホウ素を含むポルフィリン・コロール錯体の研究」Penny Brothers教授
  9. その置換基、パラジウムと交換しませんか?
  10. 光熱変換材料を使った自己修復ポリマーの車体コーティングへの活用

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2017年9月
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930  

注目情報

最新記事

第32回光学活性化合物シンポジウム

第32回光学活性化合物シンポジウムのご案内光学活性化合物の合成および機能創出に関する研究で顕著な…

位置・立体選択的に糖を重水素化するフロー合成法を確立 ― Ru/C触媒カートリッジで150時間以上の連続運転を実証 ―

第 659回のスポットライトリサーチは、岐阜薬科大学大学院 アドバンストケミストリー…

【JAICI Science Dictionary Pro (JSD Pro)】CAS SciFinder®と一緒に活用したいサイエンス辞書サービス

ケムステ読者の皆様には、CAS が提供する科学情報検索ツール CAS SciFind…

有機合成化学協会誌2025年5月号:特集号 有機合成化学の力量を活かした構造有機化学のフロンティア

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2025年5月号がオンラインで公開されています!…

ジョセップ・コルネラ Josep Cornella

ジョセップ・コルネラ(Josep Cornella、1985年2月2日–)はスペイン出身の有機・無機…

電気化学と数理モデルを活用して、複雑な酵素反応の解析に成功

第658回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院 農学研究科(生体機能化学研究室)修士2年の市川…

ティム ニューハウス Timothy R. Newhouse

ティモシー・ニューハウス(Timothy R. Newhouse、19xx年xx月x日–)はアメリカ…

熊谷 直哉 Naoya Kumagai

熊谷 直哉 (くまがいなおや、1978年1月11日–)は日本の有機化学者である。慶應義塾大学教授…

マシンラーニングを用いて光スイッチング分子をデザイン!

第657 回のスポットライトリサーチは、北海道大学 化学反応創成研究拠点 (IC…

分子分光学の基礎

こんにちは、Spectol21です!分子分光学研究室出身の筆者としては今回の本を見逃…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP