[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

Z-選択的オレフィンメタセシス

[スポンサーリンク]

 

Catalytic Z-selective olefin cross-metathesis for natural product synthesis
Meek, S. J.; O’Brien, R. V.; Llaveria, J.; Schrock, R. R.; Hoveyda, A. H. Nature 2011, 471, 461. doi:10.1038/nature09957

クロスメタセシスは官能基化アルケンを合成できる優れた方法ですが、既存の触媒系を用いる限りは、E体が主に得られてきます。

メタセシス反応は可逆であり、原系と生成系の間を行ったり来たりしています。メタセシス触媒に対する活性はE-アルケンよりもZ-アルケンのほうが高いため、Z体が生じてもすぐに逆反応が起きてしまいます。こういう理屈でどうしても安定なE体に落ちついてしまう宿命にあるため、Z-選択的なクロスメタセシスは実現困難な変換と考えられていました。

Z_methathesis_4.gif現在でもメタセシス研究を牽引している化学者、Richard Schrock・Amir Hoveyda両名は、このような高難度変換を独自の触媒系で実現することに成功しました。


以前にも「つぶやき」で紹介しましたが、彼らの開発したビスピロリルモリブデン錯体から調製されるメタセシス触媒は、既存の触媒に比べて圧倒的な活性を示します。ドナー性のピロールとアクセプター性のフェノキシドリガンドの共存がその理由にあると考えられています[1]。

著者らは触媒構造のチューニングを行い、冒頭図のような錯体をアルケン-ビニルエーテル間の、Z-選択的クロスメタセシスの最適触媒系としています。金属下半分を完全にブロックしてしまえるような嵩高いBINOL誘導体を用いることがポイントらしく、これにより通常は不利となる「オレフィンの置換基同士がcis位に位置する遷移状態」が有効になってきます。

Z_methathesis_2.gifそのような遷移状態は立体規制が強すぎるため、普通は反応自体が進行しなくなってしまうものです。しかし「金属まわりに立体規制を効かせることができ、それでもなお活性が保たれる」というこの触媒系の独特な性質ゆえに、こういったチューニングが意味あるものになっているようです。驚きですね。

彼らはこの強力な反応を下のような天然物合成にも応用しています。生じてくるエチレンガスを除去できる減圧条件にて反応を行うことで、メタセシスパートナーを2当量にまで減らせるとのこと。
Z_methathesis_3.gif
そもそもの話としてZ-アルケンをつくる方法論自体、たいへん少ない現状です(パッと思いつく定法は、不安定イリドのWittig反応、もしくはアルキン合成→Lindar還元ぐらいでしょうか)。今回の報告は、これまで良い合成法のなかった合成単位を得るための、一つのブレークスルーと位置づけられるでしょう。この報告を端緒に、今後さらに使いやすい条件へと改良されていくことに期待したいです。

 

関連文献

[1] Solans-Monfort, X.; Clot, E.; Coperet, C.; Eisenstein, O. J. Am. Chem. Soc. 2005, 127, 14015. DOI: 10.1021/ja053528i
[2] Other examples of Z-selective metathesis: (a) Ibrahem, I.; Yu, M.; Schrock, R. R.; Hoveyda, A. H. J. Am. Chem. Soc. 2009, 131, 3844. DOI: 10.1021/ja900097n (b) Crowe, W. E.; Goldberg, D. R. J. Am. Chem. Soc. 1995, 117, 5162. DOI: 10.1021/ja00123a023 (c) Hansen, E. C.; Lee, D. Org. Lett. 2004, 6, 2035. DOI: 10.1021/ol049378i

 

関連書籍

[amazonjs asin=”3527324402″ locale=”JP” title=”Metathesis in Natural Product Synthesis: Strategies, Substrates and Catalysts”][amazonjs asin=”3527306161″ locale=”JP” title=”Handbook of Metathesis (Greim/Henschler: Occupational Toxicants)”]

 

関連リンク

Avatar photo

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. 投票!2014年ノーベル化学賞は誰の手に??
  2. 光刺激で超分子ポリマーのらせんを反転させる
  3. 鉄触媒を用いたテトラゾロピリジンのC(sp3)–Hアミノ化反応
  4. 第30回ケムステVシンポ「世界に羽ばたく日本の化学研究」ーAld…
  5. 人を器用にするDNAーナノ化学研究より
  6. 有機化学美術館が来てくれました
  7. 海外機関に訪問し、英語講演にチャレンジ!~② アポを取ってみよう…
  8. 近年の量子ドットディスプレイ業界の動向

注目情報

ピックアップ記事

  1. リチウム金属電池の寿命を短くしている原因を研究者が突き止める
  2. Googleの面接で話した自分の研究内容が勝手に特許出願された
  3. 第67回―「特異な構造・結合を示すランタニド/アクチニド錯体の合成」Polly Arnold教授
  4. 2013年(第29回)日本国際賞 受賞記念講演会
  5. ローゼンムント還元 Rosenmund Reduction
  6. コーラから発がん物質?
  7. 日本プロセス化学会2005サマーシンポジウム
  8. ネッド・シーマン Nadrian C. Seeman
  9. 電流励起による“選択的”三重項励起状態の生成!
  10. 触媒量の金属錯体でリビング開環メタセシス重合を操る

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2011年4月
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930  

注目情報

最新記事

アクリルアミド類のanti-Michael型付加反応の開発ーPd触媒による反応中間体の安定性が鍵―

第622回のスポットライトリサーチは、東京理科大学大学院理学研究科(松田研究室)修士2年の茂呂 諒太…

エントロピーを表す記号はなぜSなのか

Tshozoです。エントロピーの後日談が8年経っても一向に進んでないのは私が熱力学に向いてないことの…

AI解析プラットフォーム Multi-Sigmaとは?

Multi-Sigmaは少ないデータからAIによる予測、要因分析、最適化まで解析可能なプラットフォー…

【11/20~22】第41回メディシナルケミストリーシンポジウム@京都

概要メディシナルケミストリーシンポジウムは、日本の創薬力の向上或いは関連研究分野…

有機電解合成のはなし ~アンモニア常温常圧合成のキー技術~

(出典:燃料アンモニアサプライチェーンの構築 | NEDO グリーンイノベーション基金)Ts…

光触媒でエステルを多電子還元する

第621回のスポットライトリサーチは、分子科学研究所 生命・錯体分子科学研究領域(魚住グループ)にて…

ケムステSlackが開設5周年を迎えました!

日本初の化学専用オープンコミュニティとして発足した「ケムステSlack」が、めで…

人事・DX推進のご担当者の方へ〜研究開発でDXを進めるには

開催日:2024/07/24 申込みはこちら■開催概要新たな技術が生まれ続けるVUCAな…

酵素を照らす新たな光!アミノ酸の酸化的クロスカップリング

酵素と可視光レドックス触媒を協働させる、アミノ酸の酸化的クロスカップリング反応が開発された。多様な非…

二元貴金属酸化物触媒によるC–H活性化: 分子状酸素を酸化剤とするアレーンとカルボン酸の酸化的カップリング

第620回のスポットライトリサーチは、横浜国立大学大学院工学研究院(本倉研究室)の長谷川 慎吾 助教…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP