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尿から薬?! ~意外な由来の医薬品~ その1

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Tshozoです。今まで尿に焦点をあてた記事を数回書いてきたのですが、それを調べるうちに

「1980年代くらいに尿を濃縮して(???!)薬を作っていた会社があった」

という、非常に気になる文章がありました。尿はパッと見でほとんどが水分で無機物以外のものは全く無いに等しい。では何を、どうやって集めていたのやら。筆者ならずとも気になるはずでしょうから調査してみましたのでお付き合いください。

尿の復習

まず尿の成分の復習。尿は英語でUrine、中国語でも尿(ニャオ)と発音し、ドイツ語でHarn(ハルン)。大半は水分ですが意外にも95w%程度。残り5wt%は無機物・有機物の混合で、その内容は下表のようになっています(いずれも前回記事より引用)。

有機物のメインはその名の通り尿素ですが、今回の注目するのはその他0.01wt%未満の部分に入っている成分、つまり血栓溶解剤「ウロキナーゼ(urokinase)」、白血病治療薬ロイコプロールの主要成分「ミリモスチム(mirimostim)」、そして幅広く使われている貧血治療薬エポエチンのもととなった「エリスロポエチン(erythropoietin)」に関してです。なおミリモスチムを除きウロキナーゼ、エリスロポエチンは今では尿由来ではなく遺伝子組み換え細胞を用いた細胞培養技術によって生合成されているケースがほとんどになります。これらの成分、実際には最後のエリスロポエチン以外は薬としては採用される例はさほど多くないのですが、色々とトピックがありますので順番に歴史を紐解いてみましょう。

【ウロキナーゼ:血栓溶解剤としての歴史】

もともと漢方で「童子尿」という薬があったように、尿には何か身体的に効果のある成分が含まれているという認識は古来中国には存在していました。とは言えその有効成分の量は通常上記のとおり0.01wt%未満で数トンの尿を集めたってわずかな量が採れるかどうかも怪しいわけです。

これを昔のニンゲンが認識するためには分析機器なんざ持ってませんから、味わうしかない。味覚センサはモノによってはppmレベルの物質を認識しうるのですからこれに頼る以外その当時には方法がないわけです。実際中国の南宋時代の文書を調べてみると、童子尿が本当に有効であるかどうかを味覚で判別することの出来る人間までいたことが記録されています。嘘です。

Google検索で出てきた”童子尿”の画像を借用予定でしたが思いとどまりました

いっぽう西洋医学に目を移すと、イギリス人医師トーマス・ウィリスによる糖尿病患者の尿は砂糖やハチミツのような素晴らしい甘みがする(”Pharmaceutice rationalis, 1681.” こちら)という言葉が尿に関する秘密の端緒を拓いたといってよいと思います。要は尿内に水分や塩以外に糖も含めた有機物が存在しうるという事実を明らかにしたわけですが、それを知ってか知らずか1940~50年代あたりに尿とか涙の中に何か”Fibrinolytic”(フィブリノゲンを溶かす、つまり血栓溶解を促す)作用を示すものが存在するということを見抜いた例が出てきました[文献1, 2]。これがそもそもの尿由来医薬、つまり”Urokinase”(正式名:Urokinase plasminogen activator)という医薬品のはじまりだったわけです。

ただその量はわずか10~15ng/ml[文献7]で、1トンの尿から多くても15mgしか採れないという希少たんぱく質。一体どうやって何を考えてやってたんだという気分にならざるを得ないのは筆者だけではないでしょう(賞賛)。

尿内のFibrinolytic作用を世界で初めて見抜いたと思われる
ロバート・マクファーレン教授 その論文はNatureに掲載された[文献1]

血液学者としてもかなり著名だったもよう

現在明らかになっているウロキナーゼの一種、t-uPAの分子構造イメージ[文献4]
何がどうなってるのかまったくわかりません

ということでウロキナーゼはその抽出の難しさにより簡単に医薬品にならずに大分時間がかかったようです[文献5]。またその抽出方法も研究初期は大量の尿へ大量の塩をぶっこんでかき混ぜ塩析、遠心分離でタンパク区画のみ取出すとか100℃で尿を煮てたんぱく質を分離するとかいうムチャをやっていたもよう[文献6,7]。じっさい[文献7]によるとウロキナーゼは相当に分離しにくいタイプの蛋白質だったようで、「そもそも濃度が低い」「混じりもんがある」「インヒビターと結合しよる」「凝集して取り出しにくい」「高分子量タイプから低分子量タイプに(勝手に)変化する」「大スケール化してもカラムの中での挙動がわからん」と散々な書かれ方をしてます(下)。

[文献7]から引用

そのうちにシリカゲルやイオン交換樹脂が発達してきたのに加え、色素リガンド(dye-ligand)の発展とともにクロマトグラフィで効率的に分別できるようになって、さらに色々調べていくとウロキナーゼにも2種類(u-PA, t-PA[文献5])あることが判明し、前者後者ともに用途に応じて当初の狙い通りの「血栓溶解」を機能とする医薬品として使用されるようになったのです。発見からじつに40年近くが経っていました。なお医薬品化したのは日本では旧ミドリ十字(最終的に田辺三菱製薬へ)と持田製薬で、大量の尿を集めて精製して作るという力技で商品化(u-PA)しました。

ただ、実際にその尿を集めていたメーカがどこなのかが更に気になりましたので調べてみましたところ、原体製造に関わっていたのは中堅医薬品メーカのJCRファーマ(旧日本ケミカルリサーチ)でした。当時から中国、韓国、台湾では水洗便所が発展していない地域があり、同社は結構最近までアジア地域で尿を大量に入手していたようです[文献9]。

とはいえこうしたたんぱく質は上記の通り変性してしまう可能性もありますから「新鮮な」うちに処理を行い日本に持ってきて正しく精製するには相当難儀だったはずで、同社の創業者である芦田社長のインタビュー[文献8]によると「韓国で寒い中、尿を被りながら作業していた」との発言がみられるように、芦田社長をはじめ関係者の苦労たるや並大抵のものではなかったでしょう。ということでこの記事の一番最初に書いた、「尿を濃縮して薬を作っていた」のは結局JCRファーマだったわけですね。実際には濃縮ではなく精製のようですけど。

創業当時のJCRファーマ 同社のHPから引用(こちら)

一方、ヒト由来の尿からとっていては採算が合わん、ということで現在もかなりのプレゼンスを持っているAbott Laboratories(現在のAbbott + Abbvie)がミドリ十字よりも以前の1978年に細胞培養からこのウロキナーゼを生産し医薬品として承認を受けることに成功しました。”Abbokinase”という商品名で、これは細胞培養によって得られたバイオ医薬品の先駆けとして注目を集めたといいます。

・・・が、ここでそれぞれに問題が発生します。まず後者においては、「Abbottは一体、何の細胞を培養してウロキナーゼを得ていたのか」という点。実際に色々文書を手繰ると、Abbottの方は人道的にも衛生的にもかなり問題になるようなことをやっていました。つまり「第三国で得た、死産または中絶によって得られた胎児の腎臓細胞を培養してウロキナーゼ製造に使っていた」ということ[文献10,11,12]。あと品質管理的にもテキトーなプロセスで、しかもウイルス類の不活性化も不十分なまま生産していたとかいう、なんかかなりアレな感じの製造状況だったようです。

[文献10]より なお[文献12]の方が生々しい話が書かれている

具体的には米国のBiowhittaker(現Lonza)という仲介業者を通してコロンビアのCaliという都市から死んだ新生児の腎臓細胞を得ていたようなのですがその母親がHIVとかB型肝炎とかに罹ったかどうかの聞き取りも十分に行わないまま細胞取得を行ったらしく、現在からみると全くもってとんでもねー適当な手続きで細胞取得~培養が行われていたということがあきらかになっています。これを受けてFDAは製造の中止を指示、Abottはその尻拭いにかなりの期間を要することになりました。

そして前者(日本)の方にも、1990年あたりに同様の問題が持ち上がります。つまり、尿には細菌が含まれにくい(注:感染症でもない限り基本的には尿に細菌が混じることは考えにくいようです)とはいえ、もっと小さなウイルスが混じってないとも限らない。正しく加熱処理・精製すればそうした感染の確率は極めて低くなりますが、HIVのような問題が起きないとは限らない。また中国などでも水洗便所が発達してしまってなかなか供給も難しくなり、結局2000年前後には感染症の懸念からもコスト的にも相当難儀なことに追い込まれます。この結果本来の尿経由の医薬品は現在は「諸々の事情により」かなり難しくなっており、こうした問題は後で述べるミリモスチムの方にも影響を与えることになりました。

こうした紆余曲折はあったにせよ、現在はこのウロキナーゼ(2種類のうちもう1種・より薬効の強い方)は基本的にはヒトの細胞にも依存しない遺伝子組換え技術(遺伝子組み換えを行ったハムスターの卵巣細胞からの培養など)により人工的に合成できるようになり、上記で述べたような感染症の危険性は極めて低くなっています。ここらへんは遺伝子技術の進化による恩恵を得ていることになるわけで、筆者が学生のころはここまでバイオ医薬品に関する技術が進化してくるとはとても予想すらできませんでしたからえらいことですね。

遺伝子組み換え技術により合成されたウロキナーゼ(t-PA)を含む
“アクチバシン(アルテプラーゼ)” スミソニアン博物館HPより引用

うむむ、また色々書いていたら量が多くなってしまった・・・ミリモスチム、エリスロポエチンは次の回に書くとしましょう。(その2 リンクこちら

[’19/5/20 筆者注:関係者のご指摘に基づき、尿由来製品を製造していない会社名を本記事に掲載していた点を削除するとともに、画像を正確なものに差し替えました ご迷惑をお掛けしましたこと、深くお詫びいたします]

【参考文献】

  1. “Fibrinolytic Activity of Normal Urine”, R. G. MACFARLANE & J. PILLING, Nature volume 159, page779 (1947) リンク
  2. “The Fibrinolytic Activity of Urine”, J. R. B. Williams, Br J Exp Pathol. 1951 Dec; 32(6): 530–537  リンク
  3. “蛋白質 核酸 酵素”, 高橋敬(島根医科大学)”, Vol.36 No.10, 1991年 リンク
  4. Drugbank データベースより引用, リンク
  5. “医薬品創製技術の系統化調査”, 梅津浩平, リンク
  6. “The preparation of human urokinase”, The American Journal of Cardiology, Volume 6, Issue 2, August 1960, Pages 406-408 リンク
  7. “Production and purification of urokinase: A comprehensive review”, Protein Expression and Purification
    Volume 45, Issue 1, January 2006, Pages 1-14, リンク
  8. “経営者:編集長インタビュー 芦田 信 JCRファーマ会長兼社長(2016年当時)”, 週刊エコノミスト, リンク
  9. “脳梗塞治療薬の原料、SARS流行の影響受け輸入停止 “, 人民日報, リンク
  10. “Urokinase and the US Food and Drug Administration”, JOURNAL OF VASCULAR SURGERY, K. Ouriel, November 1999,  リンク
  11. “Urokinase – safety concerns”, WHO, 1999, リンク
  12. “The Case of Abbokinase and the FDA: The Events Leading to the Suspension of Abbokinase Supplies in the United States.”,  Journal of Vascular and Interventional Radiology, 11(7), 841–847, リンク
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メーカ開発経験者(電気)。56歳。コンピュータを電算機と呼ぶ程度の老人。クラウジウスの論文から化学の世界に入る。ショーペンハウアーが嫌い。

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