[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

Dead Endを回避せよ!「全合成・極限からの一手」⑥(解答編)

[スポンサーリンク]

このコーナーでは、直面した困難を克服するべく編み出された、全合成における優れた問題解決とその発想をクイズ形式で紹介してみたいと思います。

第6回は柴崎・金井らによるGarsubellin Aの全合成が題材でした(問題はこちら)。今回はその解答編になります。

Total Synthesis of (+/-)-Garsubellin A.
Kuramochi, A.; Usuda, H.; Yamatsugu, K.; Kanai, M.; Shibasaki, M. J. Am. Chem. Soc. 2005, 127, 14200.  DOI: 10.1021/ja055301t

解答例

まずは当該反応の意図を洞察してみましょう。

最終構造と照らしあわせてみると、ビシクロ骨格の一部となる炭素鎖を導入しなくてはならないことがわかります。これを1,3-ジケトンからのエノラート生成から、高反応性のヨウ化アリルによるアルキル化を用いて導入を試みたわけです。しかし反応して欲しいはずの炭素周りは非常に混み合っているため、O-アルキル化が進行してしまう結果になります。論文を読めばわかりますが、これは続くClaisen転位で望みのC-アルキル化体にもっていく、という解決策が取られています。

next_move_6a_1

いずれにせよ、炭素骨格伸長のため、強塩基でエノラート生成→アルキル化を進行させたかったわけです。しかしこのプロセスには、下記問題スキーム赤字で示した反応剤は必須ではありません。いったい何が問題だったのでしょうか。

next_move_6q.gif

まずはモレキュラーシーブス4A(MS4A)の役割を考えてみます。これは特別な場合を除き、有機合成では乾燥剤としてみなされます。つまり水が介在していると不都合があったのではないか、と推測されます。

水があって、しかもNaHMDSという強塩基条件・・・これはいかにも水酸化ナトリウム(NaOH)が発生しそうな条件ですよね。ではこれが反応しそうな場所はあるのかというと・・・一つありました。左端に存在する、カーボネート保護基です。「収率が低下する」理由は、この部分がNaOHと反応して壊れてしまうことにあるのではないか?と推測できますね。

next_move_6a_2

ここまでいけばあと一息、もうひとつの添加剤であるエチレンカーボネートの役割も見えてきます。これは見ての通り、カーボネート保護基部位と酷似した構造をしています。つまり、基質カーボネートの代わりにNaOHと反応してくれる、ダミー化合物として添加してあるのです。これにより、副反応経路をさらに抑え、収率を向上させることに成功したというわけです。

next_move_6a_3

さて、今回の問題はいかがだったでしょうか?みなさんは無事、Dead Endを回避できたでしょうか?

関連書籍

[amazonjs asin=”3527306447″ locale=”JP” title=”Dead Ends and Detours”][amazonjs asin=”3527329765″ locale=”JP” title=”More Dead Ends and Detours”]

関連リンク

Total Synthesis of Garsubellin A (PDF)
Approach toward and Synthesis of Garsubellin A (PDF)
The Shibasaki Lab. (微生物化学研究所)

Avatar photo

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. パラジウム触媒の力で二酸化炭素を固定する
  2. 第二回ケムステVシンポ「光化学へようこそ!」開催報告
  3. 特許取得のための手続き
  4. ダイアモンドの双子:「神話」上の物質を手のひらに
  5. 光で脳/神経科学に革命を起こす「オプトジェネティクス」
  6. 株式会社ジーシーってどんな会社?
  7. 第30回光学活性化合物シンポジウム
  8. 熱がダメなら光当てれば?Lugdunomycinの全合成

注目情報

ピックアップ記事

  1. 「イオンで農薬中和」は不当表示・公取委、米販2社に警告
  2. 元素紀行
  3. 分子情報・バイオ2研究センター 九大開設
  4. 「さびない鉄」産業界熱視線
  5. 個性あふれるTOC大集合!
  6. Dead Endを回避せよ!「全合成・極限からの一手」③(解答編)
  7. iPhoneやiPadで化学!「デジタル化学辞典」
  8. 良質な論文との出会いを増やす「新着論文リコメンデーションシステム」
  9. Google Scholarにプロフィールを登録しよう!
  10. 遺伝子の転写調節因子LmrRの疎水性ポケットを利用した有機触媒反応

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2013年2月
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728  

注目情報

最新記事

HPLCをPATツールに変換!オンラインHPLCシステム:DirectInject-LC

これまでの自動サンプリング技術多くの製薬・化学メーカーはその生産性向上のため、有…

MEDCHEM NEWS 34-4 号「新しいモダリティとして注目を浴びる分解創薬」

日本薬学会 医薬化学部会の部会誌 MEDCHEM NEWS より、新たにオープン…

圧力に依存して還元反応が進行!~シクロファン構造を活用した新機能~

第686回のスポットライトリサーチは、北海道大学大学院理学研究院化学部門 有機化学第一研究室(鈴木孝…

第58回Vシンポ「天然物フィロソフィ2」を開催します!

第58回ケムステVシンポジウムの開催告知をさせて頂きます!今回のVシンポは、コロナ蔓延の年202…

第76回「目指すは生涯現役!ロマンを追い求めて」櫛田 創 助教

第76回目の研究者インタビューは、第56回ケムステVシンポ「デバイスとともに進化する未来の化学」の講…

第75回「デジタル技術は化学研究を革新できるのか?」熊田佳菜子 主任研究員

第75回目の研究者インタビューは、第56回ケムステVシンポ「デバイスとともに進化する未来の化学」の講…

第74回「理想的な医薬品原薬の製造法を目指して」細谷 昌弘 サブグループ長

第74回目の研究者インタビューは、第56回ケムステVシンポ「デバイスとともに進化する未来の化学」の講…

第57回ケムステVシンポ「祝ノーベル化学賞!金属有機構造体–MOF」を開催します!

第57回ケムステVシンポは、北川 進 先生らの2025年ノーベル化学賞受賞を記念して…

櫛田 創 Soh Kushida

櫛田 創(くしだそう)は日本の化学者である。筑波大学 数理物質系 物質工学域・助教。専門は物理化学、…

細谷 昌弘 Masahiro HOSOYA

細谷 昌弘(ほそや まさひろ, 19xx年xx月xx日-)は、日本の創薬科学者である。塩野義製薬株式…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP