[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

直接クプラート化によるフルオロアルキル銅錯体の形成と応用

[スポンサーリンク]

従来のフルオロアルキル化

フルオロアルキル基(CF3基やC2F5基)はフッ素の特性によって有機化合物の生理活性や機能を大きく変えることが知られており、効率的にフルオロアルキル基を導入するために様々な手法が開発されてきました。フルオロアルキル化、とりわけトリフルオロメチル化の汎用試薬として挙げられるのはルパート試薬(トリフルオロメチルトリメチルシラン、TMSCF3)でしょうか。近年、Hartwigらはこのタイプの試薬を用いることで別途フルオロアルキル銅錯体を調製し、様々なベンゼン誘導体のフルオロアルキル化を達成しています(網井トリフルオロメチル化反応の試薬化)。[1]しかしながらこのルパート試薬は大変高価であり、大量スケールでの合成には不向きであるというデメリットもあります。

cupration2

図1. フルオロアルキル化剤として有効な銅錯体

 

新しいフルオロアルキル源の登場

2011年、ICIQのGrushinらは新しいフルオロアルキル源としてフルオロホルム(CF3H)を用いた直接クプラート化を報告しました。

 

Direct Cupration of Fluoroform

Zanardi, A.; Novikov, M. A.; Benet-Buchholz, J. B.; Grushin, V. V.

J. Am. Chem. Soc. 2011, 133, 20901. DOI: 10.1021/ja2081026

 

フルオロホルムはテフロンの生産過程で大量に副生するため理想的なトリフルオロメチル源として考えられていましたが、長らく有効な利用方法は見つかっていませんでした。著者らはDMF溶媒中、フルオロホルムに対して塩化銅とカリウムt-ブトキシドを作用させることでトリフルオロメチル銅錯体が形成することを見出しました。また、スチレン存在下でもシクロプロパンを形成しないことや19F NMRからカルベン種やアニオン種は発生しておらず、この錯形成が直接クプラート化によって進行していることが示唆されました。発生したクプラートはバッファー(Et3N·3HF)中では室温で1〜2日安定であり、有機ハロゲン化合物やボロン酸に対する新しいトリフルオロメチル化剤としての可能性を示しました。

cupration1

図2. クプラートによるトリフルオロメチル化

 

 ペンタフルオロエタンの直接クプラート化も可能に

2013年Grushinらは、ペンタフルオロエタンが銅錯体[K(DMF)][Cu(tBuO)2]と反応することで直接クプラート化が進行することを見出しました。[2] さらに最近では、これまで単一の分子として評価されていなかったペンタフルオロエチル銅錯体の合成とその応用に成功しています。

 

Well-Defined CuC2F5 Complexes and Pentafluoroethylation of Acid Chlorides

Panferova, L. I.; Miloserdov, F. M.; Lishchynskyi, A.; Belmonte, M. M.; Benet-Buchholz, J.; Grushin, V. V.

Angew. Chem., Int. Ed. 2015, DOI: 10.1002/anie.201500341

 

著者らはフルオロホルムの直接クプラート化の研究過程において、バッファーとしてEt3N·3HFを加えることでクプラートが安定化するという結果を得ました(KFとして沈殿させることによりカリウムイオンがフッ素を引き抜いてしまうことを防ぐ)。また、バッファーによって系中ではt-ブトキシ基がt-ブタノールとして存在し、リガンドフリーのフルオロアルキル銅種を形成していることが示唆されました。そこで、「より強く配位する配位子を加えればCuC2F5錯体の構造や性質をきちんと評価し、新しい反応にも応用できるのではないか」と考えました。実はこれまでに合成されているCuC2F5錯体は少なく、特に単一の分子としてのX線結晶構造やその性質は明らかになっていなかったのです。

cupration3

図3. 直接クプラート化の新規CuC2F5錯体の合成への応用

 

実際にその戦略のとおり、トリフェニルホスフィン(PPh3)やフェナントロリン(phen)を加えることで、構造が定まったペンタフルオロエチル銅錯体の合成に成功しました。さらに合成した錯体を用いることで酸クロリドのペンタフルオロエチルケトンへの変換反応に応用しています。

cupration4

図4. 酸クロリドの1段階ペンタフルオロエチル化反応

 

以上、直接クプラート化によるフルオロアルキル銅錯体の形成と応用について紹介しました。現在用いることができるのはトリフルオロメタンとペンタフルオロエタンしかありませんが、今後検討を重ねることで様々なフルオロアルカンの直接クプラート化が報告されることを期待したいと思います。

 

参考文献

[1] Litvinas, N. D.; Fier, P. S.; Hartwig, J. F. Angew. Chem., Int. Ed. 2012, 51, 536. DOI: 10.1002/anie.201106668

[2] Lishchynskyi, A.; Grushin, V. V. J. Am. Chem. Soc. 2013, 135, 12584. DOI: 10.1021/ja407017j

 

関連書籍

[amazonjs asin=”3838136209″ locale=”JP” title=”Direct N-Trifluoromethylation”]
Avatar photo

bona

投稿者の記事一覧

愛知で化学を教えています。よろしくお願いします。

関連記事

  1. 大学院生のつぶやき:UCEEネット、ご存知ですか?
  2. Org. Proc. Res. Devのススメ
  3. 蛍光色素を分子レベルで封止する新手法を開発! ~蛍光色素が抱える…
  4. メソポーラスシリカ(3)
  5. 電池で空を飛ぶ
  6. SFTSのはなし ~マダニとその最新情報 前編~
  7. Reaxys Prize 2013ファイナリスト45名発表!
  8. 第7回HOPEミーティング 参加者募集!!

注目情報

ピックアップ記事

  1. アラインをパズルのピースのように繋げる!
  2. ケミストリ・ソングス【Part 2】
  3. [5+1]環化戦略による触媒的置換シクロヘキサン合成
  4. 海外のインターンに参加してみよう
  5. 【ケムステSlackに訊いてみた①】有機合成を学ぶオススメ参考書を教えて!
  6. 結晶データの登録・検索サービス(Access Structures&Deposit Structures)が公開
  7. 八島栄次 Eiji Yashima
  8. AlphaFold3の登場!!再びブレイクスルーとなりうるのか~実際にβ版を使用してみた~
  9. 大学入試のあれこれ ①
  10. レスベラトロール /resveratrol

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2015年4月
 12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
27282930  

注目情報

最新記事

レジオネラ菌のはなし ~水回りにはご注意を~

Tshozoです。筆者が所属する組織の敷地に大きめの室外冷却器がありほぼ毎日かなりの音を立て…

Pdナノ粒子触媒による1,3-ジエン化合物の酸化的アミノ化反応の開発

第629回のスポットライトリサーチは、関西大学大学院 理工学研究科(触媒有機化学研究室)博士課程後期…

第4回鈴木章賞授賞式&第8回ICReDD国際シンポジウム開催のお知らせ

計算科学,情報科学,実験科学の3分野融合による新たな化学反応開発に興味のある方はぜひご参加ください!…

光と励起子が混ざった準粒子 ”励起子ポラリトン”

励起子とは半導体を励起すると、電子が価電子帯から伝導帯に移動する。価電子帯には電子が抜けた後の欠…

三員環内外に三連続不斉中心を構築 –NHCによる亜鉛エノール化ホモエノラートの精密制御–

第 628 回のスポットライトリサーチは、東北大学大学院薬学研究科 分子薬科学専…

丸岡 啓二 Keiji Maruoka

丸岡啓二 (まるおか けいじ)は日本の有機化学者である。京都大学大学院薬学研究科 特任教授。専門は有…

電子一つで結合!炭素の新たな結合を実現

第627回のスポットライトリサーチは、北海道大有機化学第一研究室(鈴木孝紀教授、石垣侑祐准教授)で行…

柔軟な姿勢が成功を引き寄せた50代技術者の初転職。現職と同等の待遇を維持した確かなサポート

50代での転職に不安を感じる方も多いかもしれません。しかし、長年にわたり築き上げてきた専門性は大きな…

SNS予想で盛り上がれ!2024年ノーベル化学賞は誰の手に?

さてことしもいよいよ、ノーベル賞シーズンが到来します!化学賞は日本時間 2024…

「理研シンポジウム 第三回冷却分子・精密分光シンポジウム」を聴講してみた

bergです。この度は2024年8月30日(金)~31日(土)に電気通信大学とオンラインにて開催され…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP