[スポンサーリンク]

スポットライトリサーチ

医薬品への新しい合成ルートの開拓 〜協働的な触媒作用を活用〜

[スポンサーリンク]

第140回目のスポットライトリサーチは、金沢大学医薬保健研究域薬学系 大宮研究室安田茂雄助教にお願いしました。

大宮研究室は2017年に立ち上がった新進気鋭のグループで、教授の大宮先生を筆頭に若手のスタッフを中心にご活躍されています。「触媒の力でクスリの未来を創る」ことを目標とし、様々な触媒反応が開発されています。最近の研究成果がプレスリリースとして取り上げられていましたので、インタビューさせていただきました。また、論文は以下のリンクから読むことが出来ます。

Synergistic N-Heterocyclic Carbene/Palladium-Catalyzed Reactions of Aldehyde Acyl Anions with either Diarylmethyl or Allylic Carbonates

S. Yasuda, T. Ishii, S. Takemoto, H. Haruki, H. Ohmiya

Angew. Chem. Int. Ed. Early View. DOI: 10.1002/anie.201712811

大宮先生より、筆頭著者の安田先生について以下のコメントを頂いています。

安田君は、私と同じ、京都大学・大嶌幸一郎教授の研究室出身で、3つ下の後輩です。私の学位取得後、渡米するまでの僅か2週間、彼と隣同士のベンチでした。「とっつきにくそう」「意外と笑いのセンスがある」という印象でした。昨年4月金沢の地で、彼と運命的な再会を果たしました。研究室立ち上げの大変な時期にもかかわらず、石井君、竹本君、春木君とともに、たった10ヶ月で大仕事をやってのけました。これは、彼の研究者としての確かな実力を示したものです。「立ち上がったばかりの研究室」「希望に満ち溢れた学部生との研究」というワクワクできる環境での本成果は、安田君の飛躍に繋がるはずです。「がんばれ、安田!!」

それでは研究の詳細をご覧ください!

Q1. 今回のプレス対象となったのはどんな研究ですか?

有機触媒と金属触媒を協働的に用いる触媒系は有機合成分野においてホットなターゲットの一つです。今回我々は、シナジー型N-ヘテロ環カルベン(NHC)/パラジウム触媒によるアルデヒドのC(sp2)–Hベンジル化およびアリル化反応を開発しました。アルデヒドをアシルアニオン等価体としてベンジル化/アリル化に用いる新しい形式の合成反応です。具体的には、チアゾール型NHCとパラジウム–二座ホスフィン錯体の共触媒存在下、アルデヒドとベンジル/アリル炭酸エステルの反応が進行し、対応するケトン誘導体が高収率で得られました(図1)。

図1. シナジー型NHC/パラジウム触媒系によるアルデヒドのC(sp2)–Hベンジル化/アリル化反応

本触媒系は、NHC触媒とアルデヒドから形成される求核的な「ブレスロー中間体」と、ベンジル/アリル求電子剤とパラジウム触媒から形成されるp-ベンジル/p-アリルパラジウム種との反応に基づきます(図2)。

図2. 推定反応機構

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

シナジー型NHC/遷移金属触媒系を用いる反応は、触媒同士の相互作用による触媒の失活が問題となるため、その報告例は限られます。本反応開発では、この失活を防いで目的の反応を選択的に進行させることを指針として、触媒系を設計しました。そこで、NHC触媒の配位を抑制できると予想した嵩高い二座ホスフィンをもつπ-アリルパラジウム錯体を各種合成し、これを「ブレスロー中間体」と反応させることから研究をスタートしました。この戦略が最適な触媒反応条件にたどり着くことを早めました。

また特筆すべきは、学部4年の石井卓也君と竹本俊佑君、学部5年の春木大輝君らによる若いチームで研究を行ったことです。経験が浅いながら、それを補うセンスの良さと不断の努力により、研究開始から約10ヶ月という短期間で成果を出しました。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

本反応では、検討すべきパラメーターがとにかく多かったことです。どう検討を進めるのが効率的か、と学生さん達と共に頭を悩ませました。最初に光明を見出したのが竹本君です。化学量論量のπ-アリルパラジウム錯体と様々なタイプのNHC触媒を用いて反応を検討した結果、チアゾール型NHCと脂肪族アルデヒドを用いることでアリル化が進行することを発見しました。続いて、春木君が触媒化を検討し、アリル炭酸エステルと触媒量のパラジウムを用いるアリル化に成功しました。その後も徹底的にスクリーニングしましたが、残念ながらアリル化の収率は中程度でした。この苦しい状況の中、反応のレベルを一段上に引き上げたのが石井君です。彼は「ブレスロー中間体」と相性のいい求電子剤を探しました。そして、π-アリルパラジウムと等電子的なπ-ベンジルパラジウムを発生させるベンジル炭酸エステルを用いることで、高収率でベンジル化反応が進行することを発見しました。本研究の論文化への道筋がはっきり見えた瞬間でした。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

大学教員になって早くも5年が過ぎました。学生時代と変わらず化学の研究を楽しんでいますが、ここ数年は化学の講義にもやりがいを感じています(準備は恐ろしく大変ですが…)。時に教壇で熱弁をふるいながら、時には実験室でフラスコをふる、そんな生活を送れるといいですね。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

大学教員は休みが少ない上に、給料は大企業と比べるといまいち…でしょうか(詳しくは知りませんが)。そんな文句をブーブー言う先生はたくさんいます(私も含めて)。でもそんなこと言いながらずっと大学の先生を続ける人が多いというのは、やはり何かしら企業にはない魅力があるのでしょうね。例えば、この記事で紹介したように、困難な研究を若い学生さんらと共に成功させた時の喜びとか?

現在進路で悩んでいる博士課程の学生さん、このメッセージが進路選択の参考になれば幸いです。

関連リンク

金沢大学医薬保健研究域薬学系 大宮研究室

金沢大学プレスリリース

研究者の略歴

安田先生(中央)。共に研究を行った石井さん・竹本さんと一緒に。

安田 茂雄(やすだ しげお)

【所属】金沢大学医薬保健研究域薬学系助教(大宮寛久研究室)

【研究テーマ】有機合成化学、有機金属化学

【略歴】
2004年3月 東京大学理学部化学科卒業(中村栄一教授)
2006年3月 東京大学大学院理学系研究科化学専攻修士課程修了(中村栄一教授)
2006年4月~2007年2月 東レ株式会社フィルム研究所
2009年4月~2011年3月 日本学術振興会特別研究員(DC2, PD)
2010年3月 京都大学大学院工学研究科材料化学専攻博士後期課程修了(大嶌幸一郎教授)
2010年4月~2011年3月 ハーバード大学 博士研究員(Prof. Tobias Ritter)
2011年4月~2012年9月 公益財団法人微生物化学研究会微生物化学研究所 有機合成研究部 博士研究員(柴崎正勝研究室)
2012年10月~2017年3月 金沢大学医薬保健研究域薬学系助教(向智里研究室)
2017年4月より現職

Orthogonene

投稿者の記事一覧

有機合成を専門にするシカゴ大学化学科PhD3年生です。
趣味はスポーツ(器械体操・筋トレ・ランニング)と読書です。
ゆくゆくはアメリカで教授になって活躍するため、日々精進中です。

http://donggroup-sites.uchicago.edu/

関連記事

  1. 実験器具・設備の価格を知っておきましょう
  2. データ駆動型生成AIの限界に迫る!生成AIで信頼性の高い分子設計…
  3. シュプリンガー・ネイチャーより 化学会・薬学会年会が中止になりガ…
  4. 微生物の電気でリビングラジカル重合
  5. 細胞代謝学術セミナー全3回 主催:同仁化学研究所
  6. ベンゼンの直接アルキル化
  7. 高分子界の準結晶
  8. 「日産化学」ってどんな会社?

注目情報

ピックアップ記事

  1. 硤合不斉自己触媒反応 Soai Asymmetric Autocatalysis
  2. Nazarov環化を利用した全合成研究
  3. 光触媒に相談だ 直鎖型の一級アミンはアンモニア水とアルケンから
  4. エステルをアルデヒドに変換する新手法
  5. 含フッ素遷移金属エノラート種の合成と応用
  6. 【PR】 Chem-Stationで記事を書いてみませんか?【スタッフ募集】
  7. 第81回―「均一系高分子重合触媒と生分解性ポリマーの開発」奥田 純 教授
  8. ブートキャンプ
  9. サリドマイドが骨髄腫治療薬として米国で承認
  10. IBM,high-k絶縁膜用ハフニウムの特性解析にスパコン「Blue Gene」を活用

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2018年3月
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031  

注目情報

最新記事

7th Compound Challengeが開催されます!【エントリー〆切:2026年03月02日】 集え、”腕に覚えあり”の合成化学者!!

メルク株式会社より全世界の合成化学者と競い合うイベント、7th Compound Challenge…

乙卯研究所【急募】 有機合成化学分野(研究テーマは自由)の研究員募集

乙卯研究所とは乙卯研究所は、1915年の設立以来、広く薬学の研究を行うことを主要事業とし、その研…

大森 建 Ken OHMORI

大森 建(おおもり けん, 1969年 02月 12日–)は、日本の有機合成化学者。東京科学大学(I…

西川俊夫 Toshio NISHIKAWA

西川俊夫(にしかわ としお、1962年6月1日-)は、日本の有機化学者である。名古屋大学大学院生命農…

市川聡 Satoshi ICHIKAWA

市川 聡(Satoshi Ichikawa, 1971年9月28日-)は、日本の有機化学者・創薬化学…

非侵襲で使えるpH計で水溶液中のpHを測ってみた!

今回は、知っているようで知らない、なんとなく分かっているようで実は測定が難しい pH計(pHセンサー…

有馬温泉で鉄イオン水溶液について学んできた【化学者が行く温泉巡りの旅】

有馬温泉の金泉は、塩化物濃度と鉄濃度が日本の温泉の中で最も高い温泉で、黄褐色を呈する温泉です。この記…

HPLCをPATツールに変換!オンラインHPLCシステム:DirectInject-LC

これまでの自動サンプリング技術多くの製薬・化学メーカーはその生産性向上のため、有…

MEDCHEM NEWS 34-4 号「新しいモダリティとして注目を浴びる分解創薬」

日本薬学会 医薬化学部会の部会誌 MEDCHEM NEWS より、新たにオープン…

圧力に依存して還元反応が進行!~シクロファン構造を活用した新機能~

第686回のスポットライトリサーチは、北海道大学大学院理学研究院化学部門 有機化学第一研究室(鈴木孝…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP