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化学者のつぶやき

第100回有機合成シンポジウム記念特別講演会に行ってきました

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11月12日に開催されました第100回有機合成シンポジウム記念特別講演会に参加してきました。

昭和27年から毎年春秋に開催されている有機合成シンポジウムですが(第20回までは年1回)、今回で100回を迎えました。記念として我が国の有機合成化学の世界で活躍されてきた著名な三名の先生による記念講演会が11月12日におこなわれました。会場は早稲田大学の国際会議場です。

東京大学名誉教授 森謙治先生

東京工業大学栄誉教授 辻二郎先生

京都大学名誉教授 吉田善一先生

開会に際し向山光昭先生(東京大学名誉教授、東京工業大学名誉教授、東京化成工業(株)名誉顧問)からご挨拶がありました。向山先生はシリルエノールエーテルとカルボニル化合物との交差アルドール反応、いわゆる向山アルドール反応を始めとする数々の合成反応や、試薬の開発で知られています。筆者も学生時代向山先生の講義を受けた事がありますがご尊顔を拝するのが久しぶりでして、少し脚が不自由になられたようですが、未だご健在で大変嬉しく思いました。

 

生物活性天然物を作って半世紀

mori.png

さて、講演会ですが、トップを飾るのは森謙治先生(東京大学名誉教授)です。森先生は、ジベレリンの世界初の全合成や、昆虫フェロモンの合成で有名です。演題は「生物活性天然物を作って半世紀」。

まずジベレリンの合成について。九年かかって合成に成功したが、廊下で氷を割っている時に微生物学の大家の先生から微生物はジベレリンを数日で作ると言われたエピソードや、ジベレリンの生合成前駆体をラセミ体で合成したが、天然物の半分しか活性がなかった。このような経験が光学活性な昆虫フェロモンの合成研究へ進むきっかけとなったそうです。

pheromone.png

キクイムシのフェロモンであるブレビコミンを合成したが、片方の鏡像体しか活性がなかった。しかし、Conventional wisdom: Biomolecules are homochiral.すなわち生理活性物質は常に一方の鏡像体なのかという疑問から、数多くのフェロモン合成を行い、その生物活性と立体化学の関係を次々に明らかにした。最近の(ご自身で合成の実験をされているとのこと)フェロモン合成とそれらの生物活性について紹介があった。

天然物は常に純粋な立体異性体とは限らないということ、また一番活性が高い立体異性体が天然物とは限らないというお話が大変印象深いお話でした。

最後に

ついに行く 道とはかねて 聞きしかど 昨日今日とは 思わざりしを/在原業平辞世の句

Now we see but a poor reflection as in a mirror; then we shall see face to face. Now I know in part; then I shall know fully, even as I am fully known. /1 Corinthians 13:12

を後進へのメッセージとして紹介されました。

 

パラジウムを用いる有機合成の研究回顧ー途は拓けるー

 

Jiro_Tsuji

次に辻二郎先生(東京工業大学栄誉教授)のご講演です。辻先生はパラジウム触媒を用いる有機合成の創始者とも言える方で、筆者の私見ですが2010年のノーベル化学賞(遷移金属触媒によるクロスカップリング)の受賞者の一人になっていてもおかしくなかったと思います。演題は「パラジウムを用いる有機合成の研究回顧ー途は拓けるー」。

近江のご出身で、近江と言えば近江商人という流れで五年間八幡商業学校に通われたそうです。続いて 彦根高等商業学校に進まれたのですが、在学中になんと商業学校が工業専門学校に改組転換されるという今では考えられないような事が起こったとのこと。これが辻先生を化学の道に導いたのでした(当時の政府Good Job!)。彦根工業専門学校工業化学科ー京都大学理学部化学科ー製薬会社ーフルブライト留学生としてコロンビア大学博士過程に進学され、Gilbert Stork教授の下、研鑽を積まれました。

Stork教授の言葉: 新しく、かつより優れた炭素ー炭素結合生成反応の発見と開発は、有機合成の最重要であり永遠の研究テーマである

を胸に秘め帰国後は東レ、東工大、岡山理科大でご活躍されました。

Tsuji.gif

辻先生と言えば辻反応です。一般には辻-Trost反応と呼ばれるようですが、辻先生の方がだいぶ先です。笑っておられましたがご本人も少しひっかかっているようです。辻反応の着想はZiegler-Natta触媒によるエチレンの重合(遷移金属触媒は炭素—炭素結合生成反応の触媒として優れている)、Wacker法に関する総説を目にして、アセチレンからアセトアルデヒドの合成反応の機構を考察することで、パラジウム触媒を用いた炭素—炭素結合生成反応に思い至ったとのことでした。

その後パラジウムエノラートの六種の反応パターンについて紹介され、パラジウム化学研究人生の最初と最後をご紹介下さいました。

最後に、

研究の推進 能力、素質、努力、運
これほどの努力を人は運と言い
実力者努力隠して運と言う
ほらをふいては仕事をし、仕事をしてはほらをふき

大研究といえどもシンプルな発想から始まる
されど深は新

を後進へのメッセージとして紹介されました。そしてマッカーサーの言葉: 老兵は死なず、消え去るのみ と付け加えられましたが、まだまだお元気で消え去るのは早すぎると惜しまれます(辻先生は既にリタイヤされております)。

 

合成化学ー新たなる展開ー

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最後は吉田善一先生(京都大学名誉教授)でした。吉田先生はKrotoらのフラーレンの発見よりも15年前にその存在を提唱したり、Hückel則に反する(4nπなど)芳香族化合物などに関する研究が有名です。また可逆型太陽エネルギー化学変換貯蔵物質を始めとする機能性を有する分子に関する化学、分子機能化学という概念を様々な分子の創製を通じて具現化されております。演題は「合成化学ー新たなる展開ー」。

まずシクロプロピルカチオンの多様な反応についてご紹介された後、4nπ系の化合物としてDONACと名付けられた理想的な可逆型太陽エネルギー化学変換貯蔵物質についてお話くださいました。

 

DONAC

16π系ではcyclic bicalicene(CBC)の合成を、60π系としてC60の存在の提唱をされていたことが紹介されました。C60の予言については1972年に大沢英二先生との共著でモノグラフに書かれていたようですが、残念ながら世界的には認められていませんでした。KrotoらはC60の発見の論文では引用しませんでしたが、Nobel lectureではきちんと三人とも引用しています。

その後、C60をgamma-シクロデキストリン二つで挟み込んだような分子を創製され、この化合物がなんと窒素固定(窒素からアンモニア)の触媒となることを見いだされました。この発見をNature誌に投稿したところ、refereeからそんなことはあり得ないと言われたそうです(その後見事に掲載)。キャリー・マリスの最初のPCR論文にも似たようなエピソードがあったことを思い出しました。

bicppedc60.png

ご三方のご講演は明瞭かつ壮大で、若者をエンカレッジしていただける内容が盛りだくさんでした。お歳を感じさせずまだまだご健在である事を見せつけられ、もっと精進せねばならないと思いました。皆さんに共通しているところは、何らかのドグマに反する事に挑戦し、それらをブレークした事だと思います。scienceとは何なのかを再考させられました。

 

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有機合成化学が専門。主に天然物化学、ケミカルバイオロジーについて書いていきたいと思います。

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