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化学者のつぶやき

芳香環メタ位を触媒のチカラで狙い撃ち

 「芳香族化合物、例えばベンゼンの”好きな位置”に自在に”直接”官能基を導入する」

 これが可能となれば、有機化合物の主役であるベンゼンの誘導体をいとも簡単に合成することができます。そのため、現在多くの化学者がこの課題に取り組んでいます。

直接という観点では、有機金属触媒を用いた芳香族C–H結合の直接官能基化。既にC­–H結合直接アリール化、アルケニル化、アルキル化、ホウ素化、ケイ素化、アジド化など数えきれないほどの触媒・反応条件が報告されています。ベンゼンのC–H結合直接官能基化反応は、昨今の有機合成化学で一世を風靡した化学のひとつであるといえるでしょう。

では、”好きな位置“という点ではどうでしょう。位置選択性、つまり芳香環上のどのC–H結合を選択的に官能基化するかという課題に関しては、未だ一般的とはいえず、ひとつ乗り越えなければならない壁がありそうです。一置換ベンゼンを直接官能基化することを考えると、オルト位、メタ位、パラ位と3つの位置が存在します。

現在、オルト位に関してはベンゼンに金属触媒が配位できる配向基をもたせることで、直接C–H官能基化反応が達成されています。[1, 2] 

メタ位・パラ位に関してはどうでしょうか?実は、現在でも位置選択的に官能基化可能な反応は報告は多くありません。しかし先日、東京大学の國信・金井らにより、新しい有機金属触媒を用いたメタ位選択的な芳香族C–H結合ホウ素化が報告されました。

“A meta-selective C–H borylation directed by a secondary interaction between ligand and substrate”

Kuninobu, Y.; Ida, H.; Nishi, M.; Kanai, M. Nature Chemistry 2015, 7, 712. DOI:10.1038/nchem.2322

今回は、これまでのベンゼンのメタ位選択的な官能基化方法と位置選択的芳香族C–Hホウ素化反応という関連研究を紹介しながら、本研究をメインで紹介したいと思います。また、最後に著者らによる研究の経緯やコメントもいただきましてので併せて紹介いたします。

 

これまでのメタ選択的な芳香族C–H官能基化反応

すこし乱暴ですが、これまでのメタ選択的な芳香環C–H結合官能基化反応をまとめてみました。

  • 基質上の置換基の立体効果
  • 基質上の置換基の電子効果:ヨードベンゼンのC–Hホウ素化反応[3]
  • 基質上の配向基がもたらす二次的相互作用
  • 基質上の配向基の隣接基関与:Gauntらによるアニリン誘導体のメタ選択的芳香環C–Hアリール化反応(図1)[4]
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図1 隣接基関与によるメタ選択的な芳香族C–Hアリール化反応

  • 基質上の配向基の配向効果:Yuらによるメタ選択的芳香環C–Hアルケニル化反応(図2)[5]
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図2 特殊な配向基を用いたメタ選択的芳香族C–Hアルケニル化反応

 

このように、いずれの反応においても基質の構造への依存性が高く、触媒で制御することは困難とされていました。それでは次に、芳香環C–H結合ホウ素化反応の現状をみてみましょう。

 

これまでの芳香環C–H結合ホウ素化反応

直接C–H結合ホウ素化反応はイリジウム触媒を用いたものが主流です。置換ベンゼンのC–H結合ホウ素化反応における位置選択性は、芳香環上の置換基の立体効果に大きく依存することが知られています。例えば、下図(図3)のようにトルエンなど一置換ベンゼンを基質に用いた場合、通常オルト位ホウ素化体はほとんど得られず、立体障害によりメタ位・パラ位ホウ素化体の混合物をおよそ2:1で与えることが知られています[6]。またヨードベンゼンを用いた場合、上述したようにヨウ素の電子効果によって若干メタ位選択性が向上します[3]

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図3 ヨードベンゼンの芳香族C–Hボリル化反応

ではオルト位をホウ素化したい場合はどうしたらよいでしょう。ホウ素化の場合は多少難しく、澤村らによってシリカゲル担持されたコンパクトで電子豊富なホスフィン配位子とIr触媒との1:1錯体形成と基質の配向基を利用して位置選択性が制御できるという報告があります(図4)[8]

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図4 Silica-SMAPをもちいたオルト位選択的な芳香族C–Hボリル化反応

では、パラ位は?

これもこれまでは困難でしたが、最近伊丹等によって、嵩高い二座ホスフィン配位子と基質との立体効果を利用したパラ位選択芳香環C–H結合ホウ素反応が報告されました(図5)[9]

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図5 嵩高いホスフィン配位子によるパラ位C–Hホウ素化反応

 

このように、ユニークな触媒設計によってオルト位・パラ位選択的なホウ素化反応が報告されていますが、最後に残されたメタ位選択的芳香族C–Hホウ素化反応はこれまでほとんど報告されていませんでした。さて、如何にして芳香環のメタ位C–H結合を選択的にボリル化することができたのでしょうか?答えは、やはり秀逸な触媒のデザインです。

 

メタ位選択的C–H結合直接官能基化触媒の設計

國信・金井らは芳香族エステル・芳香族アミドなどの一般的な化合物を基質として想定して、基質と相互作用できる基質認識部位金属触媒の配位子を適切な長さのリンカーで繋ぐことができれば、メタ位C–H結合を選択的にメタル化できると考えました。具体的には基質認識部位として「尿素骨格」を用い、適度な強度の水素結合で基質のカルボニル酸素を補足し、かつ基質の向きを制御しています。また、金属触媒の配位子としては一般的に用いられる「4,4-ビピリジル骨格」を、リンカーには、メタ位のC–H結合が金属中心に接近できるような適切な長さを有するもととして「オルトフェニレン」を用いました。イリジウム触媒をもちいた芳香族C–Hホウ素化の電子不足芳香環が反応が進行しやすいという性質を考慮して尿素との水素結合により、芳香環を電子不足にして触媒が配位した際に、反応を進行させるという細かい工夫もなされています。

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著者らはこのような概念を基にした新規触媒を設計し、イリジウム触媒による芳香族C–H結合ホウ素化反応におけるメタ位選択性について調査しました。その結果、安息香酸エステル・アミドをはじめとした水素結合可能な部位を有する一連の芳香環において、期待通りメタ位選択的なホウ素化が起こることを見出しました。細かい内容については原著論文をお読みください。

以上、今回は触媒制御による芳香環のメタ位選択的C–H結合ホウ素化について紹介しました。まさにメタ位を「狙い撃ちして射止めることができた」わけです。これには、照準に値する、触媒と狙い撃ちできるように訓練する、つまりただならぬ努力・検討が必要です。うまく設計したつもりでも、往々にしてなかなか思うように進まない(当たらない)、これが普通です。一見大変シンプルですが、多くの検討が実を結び、射止めることができたと想像できます。さて、これで芳香族C–H結合ホウ素化のオルト位・メタ位・パラ位選択性を自在に制御することが可能となりました。さらにホウ素化に限らず、著者らの触媒設計の概念は様々な触媒的C–H結合官能基化反応へと応用可能ではないかと期待されます。

最後に、著者の一人の東京大学・ERATOグループリーダーの國信洋一郎先生からメッセージをいただいていますので、紹介したいと思います。

 

著者からのメッセージ

 

2015-09-14_05-52-00

 

岡山大学での助教時代に研究の傍らでアイディアを着想してから早4年、ようやく論文として発表することができまして、共同研究者であります東京大学大学院薬学系研究科の金井求先生、大学院生の井田悠さん、特任研究員の西光海君をはじめ、研究室の皆様と喜びを分かち合っています。

そもそも本研究のアイディアを考えるに至った動機は、大学1,2年生のころから将来やりたいと思っていたC-H結合変換反応の開発研究を、岡山大学の髙井和彦先生の研究室に助教として赴任してスタートして以来、サイエンティフィックには配向基の威力や素晴らしさを実感していたのですが、研究を進めていくにつれ、このまま配向基を使い続けていては実用化やオリジナリティーの観点で望ましくない、と感じ始めていたからにほかなりません。

配向基利用の問題点は、基質が限られてしまうこと以外に、基本的には芳香環のオルト位でしか反応が進行せず、メタ位やパラ位をねらって官能基化することはできません。もちろん、電子的な効果でたまたまメタ位の変換が進行した例も数例報告されてはいるのですが、それらの反応は合目的的な合成反応とは言えません。配向基を使わないのならば、新しい手法を開発して、メタ位の変換を達成しようと考えました。

メタ位を狙って変換する方法として、スクリプス研究所のJin-Quan Yu先生らが近年精力的に研究を展開されている長いリンカ-を介する配向基の利用が挙げられます。私もその方法は考えましたが、配向基から離れることにならないこと、実用性には程遠いことから、その戦略は取らないことに決めました(それから半年くらいして、Yu先生らのグループから長いリンカ-を介する配向基を利用したC-H結合変換反応が報告されることになったのですが)。そこで別のアイディアとして、生体酵素で利用されています、水素結合のような非共有結合性相互作用を利用することを思い立ちました。岡山大学時代に、非共有結合性相互作用(Lewis酸-塩基相互作用)を利用する、C-H官能基化反応における位置選択性制御の研究を開始していていたことも、今回の研究のアイディアを考えるうえで自然な流れでした。

実際に実験をスタートしたのは、私が2012年4月に東京大学に赴任し、他大学から修士課程に入ってきた井田さんと、私の岡山大学時代の教え子で東大への赴任に際して一緒について来ていただいた西君が研究メンバーとして名を連ねてくれてからになります。論文になった今だからこそシンプルにまとまった形になっていますが、そこに至るまでには幾度もの反応の変更や配位子のデザインのやり直しがありました。最終的に論文として報告できる形にできたのは、井田さんと西君の不断の努力の賜物であり、うまくいかない時期が長く続いて精神的にも肉体的にもつらかったであろうにもかかわらず、あきらめずに研究に取り組んでいただいたお二人の頑張りに感謝する次第です。金井先生にも多くの有益なご助言をいただくことができましたとともに、長い時間論文としてまとまらないテーマを温かく見守っていただき、研究を続けさせていただいたことに感謝いたします。

今後はさらに研究を展開し、本コンセプトを他の位置でのC-H変換反応やC-H結合変換反応以外の反応に適用していこうと考えています。また、C-H結合変換反応の化学に新しい潮流を作り出すとともに、オレフィンメタセシスやクロスカップリング反応のように、C-H結合変換反応を真に実用的な合成反応とするべく、メンバーの皆様と共に、日々努力、精進していこうと考えています。

國信 洋一郎

 

参考文献

  1. Chen, X; Engle, K. M.; Wang, D.-H.; Yu, J.-Q. Angew. Chem. Int. Ed. 2009, 48, 5094. DOI: 10.1002/anie.200806273
  2. Colby, D. A.; Bergman, R. G.; Ellman, J. A. Chem. Rev. 2010, 110, 624. DOI: 10.1021/cr900005n
  3. Cho, J.-Y.; Tse, M. K.; Holmes, D.; Maleczka, R. E. Jr; Smith, M. R. III. Science 2002, 295, 305. DOI: 10.1126/science.1067074
  4. Phipps, R. J.; Gaunt, M. J. Science 2009, 323, 1593. DOI: 10.1126/science.1169975
  5. Leow, D.; Li, G.; Mei, T.-S.; Yu, J.-Q. Nature 2012, 486, 518. DOI:10.1038/nature11158 *因みにごく最近、添加剤(ノルボルネン)を用いたCatellani反応型でメタ選択的なベンゼン誘導体の官能基化が報告されている。Wang, X.-C.; Gong, W.; Fang, L.-Z.; Zhu, R.-Y.; Li, S.; Engle, K. M.; Yu, J.-Q.;Nature 2015, 519, 334. DOI: 10.1038/nature14214
  6. Ishiyama, T.; Takagi, J.; Ishida, K.; Miyaura, N.; Anastasi, N. R.; Hartwig, J. F. J. Am. Chem. Soc. 2002124, 390. DOI:10.1021/ja0173019
  7. Etter, M. C.; Urbañczyk-Lipkowska, Z.; Zia-Ebrahimi, M.; Panunto, T. W. J. Am. Chem. Soc. 1990, 112, 8415. DOI: 10.1021/ja00179a028
  8. Kawamorita, S.; Ohmiya, H.; Hara, K.; Fukuoka, A.; Sawamura, M. J. Am. Chem. Soc. 2009, 131, 5058. DOI: 10.1021/ja9008419
  9. Saito, Y.; Segawa, Y.; Itami, K.; J. Am. Chem. Soc. 2015, 137, 5193. DOI: 10.1021/jacs.5b02052

 

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