[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

【追悼企画】カナダのライジングスター逝く

[スポンサーリンク]

Keith.jpg
(写真:Fagnou Group Homepage より)
 2009年11月11日カナダは化学分野のライジングスターを失いました。その若手研究者の名はKeith Fagnou。オタワ大学の准教授で享年38歳という若さでした。原因はなんとH1N1インフルエンザ。肝臓も悪かったという話も聞きますが、直接的な原因はやはりインフルエンザのみようです。
 Chem-StationではTwitterでいち早くこの衝撃的なニュースを報道しました。そして、彼のあまりにも早い旅立ちから2ヶ月の月日が流れました。新年第一回目のつぶやきは「追悼企画」としてFagnou教授の生い立ちから、研究内容まで追っていきたいと思います。

  • 生い立ちから研究室設立まで
saskatoon.jpg
 カナダの中西部のサスカチュワン州(Saskatchewan)サスカトゥーンはサスカチュワン州最大の都市で都市中央部を流れるサウスサスカチュワン川にかかる7つの橋から、「橋の町」と呼ばれています。1971年6月27日、この町でKeithは生まれました。そのままこの地で少年時代を過ごし、地元の大学であるサスカチュワン大学University of Saskatchewanに進学しました。
 1995年に大学卒業後、高校教師の道を選びました。これは化学者としては非常に珍しい経歴です。その後、一転して化学者を目指しトロント大学の大学院へ進学し、2000年に修士号、2002年に博士号をMark Lautens教授の下で得ています。Lautens教授はカナダでトップの有機化学者で、ここでその後の研究の元となる知識や技術を身につけました。その証拠に彼がLautens研究室で発表した論文は14報を数え、そのほとんどがFirst Authorとなっています。博士号を取得したのが31歳と若干ライジングスターとしては遅咲きながらも、卓越したプロダクティビティと研究能力を持っていた事がわかります。
 具体的には以下の通りロジウムなどの遷移金属触媒をもちいた触媒反応の開発が主な仕事となっています。
fagnou_1.gif
図1. ロジウム触媒を用いた不斉開環反応。カウンターアニオンが収率、エナンチオ選択性に影響を与えている[1]
  • 博士取得そして独立へ
 博士取得後、すぐにオタワ大学で助教授のポストを得て、そこからFagnou研究室がスタートしました。米国では博士課程修了後、博士研究員をへてポストを得るのが通例ですが、すぐにポストを得て、研究室をスタートできたことは彼の現在前の快進撃をささえました。
 ちなみに研究室を主催する前に現在の奥さんであるDanielle Gervais-Fagnou(オタワ大学ヘルスサービスセンターで勤務)と結婚しました。現在は、3人の子供がいます。彼は非常に子供好きであったことが多方面から報じられています。
  • Fagnou研究室
 オタワ大学の助教授となったKeithは1年半の研究の結果、はじめにアメリカ化学会誌に論文を発表しました。現在有機化学の再注目分野のひとつとなっている、いわゆる
「炭素ー水素結合の直接変換反応」
でした。当時は炭素ー水素結合を切断する為に配位性補助基(Directing Group)が必要な場合がほとんどでした。それに対して、彼らは分子内反応ではありますが、配位性補助基を用いず、有用な有機骨格であるビアリール骨格を構築する手法を発表しました。[2]
fagnou_2.gif
 その後、この反応を軸として、様々な炭素ー水素結合の直接変換反応に取り組みました。電子不足なピリジンなどのヘテロ芳香環をハロゲン化せずに、N-オキシドとしたものに対してPd触媒存在下、直接的にハロゲン化アリールを反応させるカップリング反応[3]、特異的ではありますが分子間のビアリール骨格合成法にも成功しました。[4]
fagnou_3.gif
fagnou_4.gif
 2006年には溶媒量を用いますが、単純ベンゼンとハロゲン化アリールのカップリング反応を開発しました。これにはかさ高いカルボン酸が添加剤として用いられており、これが図のように炭素水素結合切断を促進することを明らかにしました[5]。
fagnou_5-1.gif
fagnou_5.png
炭素ー水素結合切断のメカニズム。論文[5]から転載
 そして、2007年にはインドールとベンゼンとの有機金属化合物やハロゲン化物を用いない真に直接的なインドールと芳香環のカップリング反応(C-H/C-Hカップリング)をScienceに報告しています。[6]その後も非常に高いプロダクティビティで新規反応を報告し、2007年に准教授に昇進しました。

tubuyaki_arene.gif

C-H/C-Hカップリング反応

 その後も、徐々に研究の方向性をシフトさせながら、2004年から現在までの6年弱で40報の論文を報告しています。もちろ
んこの分野のイニシエーターと言えば、もう少し昔となりその中には日本人も含まれますが、現在のこの反応分野のフォロンティアおよびプロモーターの一人であったことは間違い有りません。
これらの業績により、2009年にはカナダ人ではじめてOMCOS(有機合成指向有機金属化学国際会議)賞を受賞しています。
2010年12月にハワイで行われる環太平洋国際会議が行われます。その中のひとつのセッションである「C-H結合官能基化」はKeith Fagnou追悼企画となるようです。もしハワイに行くことがあればぜひ御覧下さい。
最後に、もう一度Keith Fagnou教授にこの場を借りてご冥福をお祈り申し上げます。
  • 関連論文
[1] Lautens, M.; Fagnou, K.  J. Am. Chem. Soc. 2001, 123, 7170. DOI: 10.1021/ja010262g
[2] Campeau, L.-C.; Parisien, M.; Leblanc, M.; Fagnou, K. J. Am. Chem. Soc. 2004, 126, 9186. DOI:10.1021/ja049017y
[3] Campeau, L.-C.; Rousseaux, S.; Fagnou, K. J. Am. Chem. Soc. 2005, 127, 18020. DOI: 10.1021/ja056800x
[4] Lafrance, M.; Rowley, C.N.; Woo, T. K.; Fagnou, K. J. Am. Chem. Soc. 2006, 128, 8754. DOI: 10.1021/ja062509l
[5] Lafrance, M.; Fagnou, K. J. Am. Chem. Soc. 2006, 128, 16496. DOI:10.1021/ja067144j
[6] Stuart, D.R.; Fagnou, K. Science 2007, 316, 1172. doi:10.1126/science.1141956
  • 関連リンク
Fagnou Research Group
Guest Book for Dr. Keith Raymond FAGNOU
Avatar photo

webmaster

投稿者の記事一覧

Chem-Station代表。早稲田大学理工学術院教授。専門は有機化学。主に有機合成化学。分子レベルでモノを自由自在につくる、最小の構造物設計の匠となるため分子設計化学を確立したいと考えている。趣味は旅行(日本は全県制覇、海外はまだ20カ国ほど)、ドライブ、そしてすべての化学情報をインターネットで発信できるポータルサイトを作ること。

関連記事

  1. 触媒表面に吸着した分子の動きと分子変換過程を可視化~分子の動きが…
  2. 2008年ノーベル化学賞『緑色蛍光タンパクの発見と応用』
  3. 結晶格子の柔軟性制御によって水に強い有機半導体をつくる
  4. 機械学習用のデータがない?計算機上で集めませんか。データ駆動型イ…
  5. 多価不飽和脂肪酸による光合成の不活性化メカニズムの解明:脂肪酸を…
  6. キラルアミンを一度に判別!高分子認識能を有するPd錯体
  7. ケミストリ・ソングス【Part 2】
  8. 科学捜査! ― 見えない指紋を化学の力で光らせよ ―

注目情報

ピックアップ記事

  1. MDで観るトライボロジー 〜原子が擦れるその場をシミュレーション〜
  2. 「オプトジェネティクス」はいかにして開発されたか
  3. 日本化学会と対談してきました
  4. 色素増感太陽電池用部材の開発・高効率化と製品開発動向【終了】
  5. ホウ素と窒素で何を運ぶ?
  6. オキサリプラチン /oxaliplatin
  7. 食品衛生関係 ーChemical Times特集より
  8. ベンゼンの害、低濃度でも 血液細胞に損傷
  9. クリス・クミンス Christopher C. Cummins
  10. 1,3-ビス[(2,2-ジメチル-1,3-ジオキサン-5-イル)オキシ]-2-プロパノール : 1,3-Bis[(2,2-dimethyl-1,3-dioxan-5-yl)oxy]-2-propanol

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2010年1月
月 火 水 木 金 土 日
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031

注目情報

最新記事

光前駆体法の活用によって、ヘプタセンで初の一重項分裂を観測!

第725回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院 理学研究科化学専攻 有機元素化学研究室(山田研…

【スタッフ・寄稿募集】Chem-Stationで、化学を「伝える側」になりませんか?

Chem-Station(ケムステ)は2000年に開設された国内最大の化学ポータルサイトです。大学・…

第17回大津会議―とある参加者の記録―

2026年9月28日~29日に開催された第17回大津会議についての、とある参加者の記録です。この記事…

第17回大津会議 -Otsu Conference- 2026 開催報告 ~新体制で紡ぐ「有機合成の夢」~

第17回大津会議が2026年9月28日(月)〜9月29日(火)びわ湖大津プリンスホテルにて開催されま…

有機合成化学協会誌2026年10月号:医薬品プロセス開発・σ芳香族性・含窒素複素環・メロテルペノイド二量体・高歪み化合物

有機合成化学協会が発行する「有機合成化学協会誌」2026年10月号がオンラインで公開されています。…

時代は水だ! セメントのように水と混ぜるだけで成形・硬化できる「水硬性」高分子

第724回のスポットライトリサーチは、東京科学大学物質理工学院(大塚研究室)博士前期課程2年の徳満玲…

複雑さを設計して、結晶の動きをプログラムする

第723回のスポットライトリサーチは、高知工科大学大学院工学研究科(林研究室) 博士後期課程3年の樋…

ハロゲンの力で強力な結合を切断!天然物クマリンから医薬品・機能性材料原料のクマラノン類へ

第 722 回のスポットライトリサーチは、立命館大学大学院薬学研究科薬学専攻 精密合…

観察を写真で残す!カメラ内蔵リアクタ EasyMax 102i を使ってみた

反応の温度も、攪拌(かくはん)も、滴下も、サンプリングもいまや自動で記録される時代になりました。とこ…

ケムステ人気新着記事 トップ 5【2026年9月版】

2026年9月にケムステでは21本の新しい記事を公開しました。この記事では、その新着記事の中から、ペ…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP