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mRNAワクチン(メッセンジャーRNAワクチン)

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病原体のタンパクをコードしたmRNAをベースとしたワクチン。従来のワクチンは、弱毒化・不活化した病原体そのものや、病原体のタンパクや多糖を用いる一方で、mRNAワクチンでは病原体タンパクの遺伝子をヒトの体内へと送り込み、ヒトの細胞内で病原体タンパクを作らせる。送り込んだmRNAや作られた病原体タンパクによって免疫を活性化させることができる。

1. 一般的なワクチンの種類

一般的に使われているワクチンには、大きく分けて生ワクチンと不活化ワクチンの2種類がある(図1)。

図1. 一般的なワクチンの種類。(例は病原体がウイルスの場合)

  • 生ワクチン(弱毒化ワクチン;live-attenuated vaccine)
  • 不活化ワクチン(inactivated vaccine)
  • トキソイドワクチン
  • 多糖体ワクチン
  • 結合型ワクチン
  • ウイルス様粒子ワクチン
  • 組換えワクチン

生ワクチンは、毒性を弱めたウイルスや細菌を使うため、弱毒化ワクチン(live-attenuated vaccine)とも呼ばれる。「生きた」病原体をワクチンとして用いるので、液性免疫(抗体による免疫)だけでなく、細胞性免疫(マクロファージや細胞傷害性T細胞による免疫)という免疫反応の両方を誘導することができ、強い免疫力をつけられる。生ワクチンを開発するには、病原体となるウイルスや細菌をヒト以外の宿主で何度も培養して変異させ、ヒトの体内でうまく増殖できない病原体を作り出す、という手法がよく用いられる。何代にも渡る培養が必要なため、開発には時間がかかる。

不活化ワクチンは、「死んだ」病原体や病原体の一部(タンパクや多糖)を用いる。液性免疫しか誘導できない場合がほとんどで、生ワクチンと比べると、得られる免疫が弱く持続期間が短いといった欠点がある。

2. 核酸ワクチン

核酸ワクチンとは、DNAやmRNAをベースにした新しい形のワクチンである。病原体のタンパクをヒトに与えるのではなく、病原体のタンパクをコードした核酸分子(DNAやmRNA)を投与し、ヒトの細胞の中で病原体のタンパクを作らせることで免疫システムを活性化させる(図2)。作られるタンパクだけでなく、投与した核酸分子も免疫の活性化に寄与するため、液性免疫だけでなく細胞性免疫も活性化することができる。また、対象の病原体が変わってもDNAやmRNAを書き換えることで他の病原体にも応用ができるため、汎用性が高い技術である。

図2. DNAの遺伝情報をもとにタンパク質が作られる流れ。

DNAワクチンは、mRNAワクチンよりも分子が安定である一方で、DNAからmRNAへの転写を行うために、DNA分子を細胞核まで輸送しなければならないという難しさがある(図3)。mRNAからタンパクへの翻訳は細胞質で行われるため、mRNAワクチンは細胞質に輸送するだけでよい。

図3. DNAワクチンとmRNAワクチンの仕組み。

3. mRNAワクチン開発の難点

外から送り込んだmRNAをヒトの体内で機能させるには、いろいろな工夫が要る。まず、mRNAからタンパクを作らせるには、翻訳に関わる様々な分子(リボソーム、アミノアシルtRNA、開始因子、伸長因子、終結因子など)が必要になるため、それらが存在する細胞内にmRNAを送り込む必要がある。また、送り込んだRNA分子が翻訳に関わる分子にうまく認識してもらえるよう、天然のmRNAと同じ配列構造(5’キャップ構造、3’ポリA配列など)を持たせる必要がある(図4)。さらに重要なのは、簡単に分解されてしまわないための工夫である。外来のRNAは免疫システムを担うタンパクに認識され、分解されてしまうため、それを逃れるための工夫が必要である。

図4. mRNAの基本構造。塩基(Base)はアデニン(A)・ウラシル(U)・グアニン(G)・シトシン(C)のいずれか。UTR: 非翻訳領域(untranslated region)。

mRNAを外から送り込んで免疫を活性化させる、つまり「mRNAをワクチンとして利用する」という研究は1990年代からなされていたものの、上記のような難点が理由で、すぐには実用化には至らなかった。ここ20〜30年の研究により様々な工夫がなされ、新型コロナウイルスに対するワクチンの需要もあり、広く実用化されるに至った。

4. mRNAワクチンの鍵

化学修飾されたヌクレオシドの利用

mRNAワクチン開発の難点の一つは、外から送り込んだmRNAが免疫システムによって敵とみなされ、分解されたり翻訳が阻害されたりしてしまうことである。この問題点を克服するため、修飾型のヌクレオシドが利用されている。

mRNAは、リボヌクレオチドという化学構造がつながってできている(図4)。塩基の部分は、基本的にはアデニン(A)・ウラシル(U)・グアニン(G)・シトシン(C)のいずれかであるが、天然のmRNAでは、これらの塩基の一部が化学修飾を受けている場合もある(図5a)。塩基の部分でなく、糖の部分に修飾が見られることもある(図5b)。このような修飾型ヌクレオシドを利用すると、mRNA分子が酵素による分解を受けにくくなることから、mRNAワクチンにも修飾型ヌクレオシドがよく用いられている。特に、mRNA中のウリジン(U)を修飾型のスードウリジン(pseudouridine)に置き換えると、免疫原性やmRNAの分解が抑えられ、高効率で目的タンパクの翻訳を行えることが知られている。

図5. 天然に存在する修飾型ヌクレオシドの構造。(a) 塩基への修飾。(b) 糖への修飾。

5’キャップ構造

mRNAの5’末端には、7-メチルグアニル酸(m7G)という化学構造(5’キャップ構造)が結合している(図6)。この構造のおかげで、mRNA分子が酵素(エキソヌクレアーゼ)による分解から守られたり、翻訳開始因子のmRNAへの結合が促進されたりする。そのため、mRNAワクチンとして用いられるRNA分子にも、5’キャップ構造が結合したものが用いられる。

しかしながら、5’キャップ構造をもつRNA分子の合成には工夫が要る。in vitroで鋳型DNAからmRNAを合成する際、7-メチルグアニル酸(m7G)側からもmRNAが合成されてしまう。キャップ側から合成されたmRNAはうまく翻訳されないため、全体の翻訳効率が半減してしまう。これを回避するため、7-メチルグアニル酸(m7G)の糖の3’位のOH基がメチル化された修飾型のキャップ構造(ARCA; anti-reverse cap analogがよく用いられる(図6)。

さらに、天然のmRNAにおいては、一つ目(または一つ目と二つ目)のリボースの2’位のOH基がメチル化されていることがある(一つ目のみ:Cap1, 一つ目と二つ目:Cap 2)(図5)。そのようなmRNAは、メチル化されていないmRNAよりも酵素(エキソヌクレアーゼ)による分解を受けにくいため、mRNAワクチンにも利用できる。このように、5’キャップ構造の改変により、mRNAの分解を抑え、翻訳効率を上げる様々な工夫がなされている。

図6. mRNAの5’キャップ構造。

非翻訳領域(UTR)の最適化

mRNAのコーディング配列(目的タンパクの配列)の前後には、タンパクへと翻訳されない領域(非翻訳領域、UTR; untranslated region)が存在する(図3)。これらの領域は、翻訳に関わる分子やmRNAを分解する酵素に認識され、翻訳効率やmRNAの安定性を決める鍵となる。そのため、mRNAワクチン開発においても、UTRの配列を最適化することが重要である。

コーディング配列の最適化

mRNAの安定性や翻訳効率は、コーディング配列(目的タンパクのmRNA配列)によっても影響を受ける。

コーディング配列の最適化において考慮すべき要素の一つに、コドン使用頻度がある。翻訳過程においては、RNAの3つの塩基(コドン)に対応して一つのアミノ酸が割り当てられる(図7)。表から分かるように、一つのアミノ酸に対し、複数通りのコドンが対応している。(例えば、フェニルアラニン(Phe)をコードしたいときに、UUUとUUCのいずれも用いることができる。)特定のアミノ酸に対し、どのコドンを用いるかの頻度(コドン使用頻度;codon usage)は生物種によって違うので、対象の生物のコドン使用頻度に合わせてコーディング配列を最適化する必要がある。

図7. コドン暗号表。数値はヒトにおけるコドンの使用頻度を割合で表したもの。(データ引用元:GenScript)

ポリA配列

ポリA配列は、mRNAの分解や翻訳効率にとって非常に重要である。ポリA配列があると、酵素によるmRNAの分解が抑えられ、mRNAの寿命が延びる。また、ポリA配列はタンパクを介して5’キャップ構造と相互作用し、ループ構造を形成することで、翻訳の調節やmRNAの安定化を行っている。ポリA配列は、長さに応じて翻訳の促進・抑制のいずれにも働くため、mRNAワクチンの開発においては最適な長さに設定する必要がある。

図8. ポリA配列とmRNAのループ形成。

mRNAの細胞への輸送

mRNAは負に帯電した生体高分子で、そのままでは細胞膜を透過することができない。また、ヒトの皮膚や血管にはmRNAを分解する酵素が存在しているため、体内に入れてもすぐに分解されてしまう。そのため、mRNAワクチンの開発においては、mRNAを細胞内までうまく届ける工夫が必要である。

よく用いられているのは、mRNAを脂質分子で包んで輸送するという方法である(図9)。負に帯電したmRNA分子をカチオン性の脂質分子で内包して脂質ナノ粒子(LNP; lipid nanoparticle)を作り、エンドサイトーシスによって細胞に取り込ませることで、mRNAを細胞内に届けることができる。混ぜる脂質の種類や比率、添加物(塩や高分子)、混ぜる温度や順番によって、形成される構造体の大きさや安定性、細胞内への輸送効率、免疫原性などが変化し、mRNAワクチンの効能に大きく影響する。

図9. mRNAを内包した脂質ナノ構造体。(左)リポソーム、(右)脂質ナノ粒子(LNP)。

 

参考文献

  1. Loomis, K. H.; Kirschman, J. L.; Bhosle, S.; Bellamkonda, R. V.; Santangelo, P. J. J. Mater. Chem. B, 2016, 4, 1619. DOI: 10.1039/C5TB01753J
  2. Lundstrom, K. Future Sci. OA 2018, 4, FSO300. DOI: 10.4155/fsoa-2017-0151
  3. Xu, S.; 1, Yang, K.; Li, R; Zhang, L. Int. J. Mol. Sci. 2020, 21, 6582; DOI:10.3390/ijms21186582

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アメリカの製薬企業の研究員。抗体をベースにした薬の開発を行なっている。
就職前は、アメリカの大学院にて化学のPhDを取得。専門はタンパク工学・ケミカルバイオロジー・高分子化学。

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