[スポンサーリンク]

一般的な話題

物凄く狭い場所での化学

[スポンサーリンク]

 

 

あなたが赤いハイヒールを履いた綺麗なお姉さんと話す機会があったとします。そしてそのお姉さんにハイヒールで思いっきり足を踏まれます。その瞬間あなたの足には約0.01GPaの圧力がかかっていることになります。

人間界では0.01GPaの圧力を足にかけると、人は「痛がる」という挙動を示します。それでは分子やナノクリスタルに圧力をかけると一体どのような挙動を示すのでしょうか?今回はわりと大局的に最近の研究を紹介していこうと思います。

 

まずある物体に圧力をかけると、その分子はなるべく無駄なスペースをなくそうとして圧縮されます。毛糸玉を押すと潰れるのと同じ事です。分子で言うと分子間の圧縮されやすい相互作用(van der Waals力など)が圧縮され、個体結晶で言うと密度が濃い結晶構造に相転移します。そして動きにくくなります。例えば普通の状態であれば液体である水。この水が10GPaの圧力下では400度にしてまだ個体です。つまり“もの”はどんどん動きにくくなっていくのです。[1,2]

そしてこのスペースのなさはその分子軌道にも影響を与え始めます。下は福井謙一先生とともにノーベル賞を受賞したRoald Hoffmann博士の論文からの抜粋です。単純な例ではおなじみのピーナッツ型の窒素分子N2の電子軌道が、圧力下で距離が縮まると丸い楕円形に変化していくのです。

 

2015-12-22_15-49-17

図1 窒素分子に圧力をかけるとa)→d)のように分子軌道を変化させる[参考文献1より抜粋]

 

もちろんより複雑な分子や、結晶構造でも同じことが起こります。より限られたスペースの中で最も安定なエネルギーを得られる軌道を分子や結晶は探し、その欲望に従い形をかえていきます。もちろんHOMO-LUMOの軌道にも大きく影響し、ある圧力下で絶縁体が金属的な挙動を示すことも報告されています。また例えば金属などではその分子軌道によって高圧下で取りうる結晶構造が違ってきたりします。

 

ここまでは一般的な分子や結晶の話です。この分子をナノクリスタルに置き換えると、また新しいパラダイムがそこには開かれています。

例えばAlivisatosらのグループはナノクリスタルにすると、その結晶構造を変化させる圧力が変わることを見つけました。つまり普通のバルクの状態だとCdSeという半導体は2GPa程度で結晶構造が変化するのですが、それをナノクリスタルにしてどんどん小さくしていくと、その大きさに従って変化する圧力が高くなっていき、またもとの状態への戻り(ヒステリシス)が遅くなることを見つけました。[3]

 

つまり圧力下での化学という世界は、ナノクリスタルの世界でもそれとは別個の新しさが広がっているということを見つけたのです。

 

さらにこのナノクリスタルを綺麗に並べたナノクリスタル超格子(スーパーラティス)に圧力をかけるとどうなるのかというところに近年注目が集まっています。Cornell大学のWang博士を中心としたグループは上手く配列したナノパーティクルを上手く圧力をかけることにより、棒状にくっつけることや、シート状にくっつけることが可能であることを報告しています。[4]

 

mcontentjioaefsd.gif

図2 ナノパーティクルがくっついてナノワイヤーに変化する[参考文献4aのTOCより抜粋]

 

つまり圧力というのを使って、ナノパーティクルを違う形に加工することを提案しているのです。まるで粘土の玉をくっつけるがごとく、新しい形へと変化させます。

 

これらの流れの中からこれからの高圧下での実験はどのように進んでいくのでしょうか?温度を変えて挙動を調べてダイヤグラムを構築するというのはこれからの科学の知見として重要になることは間違いないでしょう。圧力前のサンプルを上手くデザインすることにより、高圧下でのみ作られうる新しいデザインのナノ構造を見出すことも重要になってくると思います。また無機のナノクリスタルと有機分子を上手く相互作用させうるような現象を観察することでも新たな世界が広がっていくことでしょう。

 

皆さんは粘土や毛糸を扱うように、ナノパーティクルや分子やポリマーをくっつけられたりすることが出来たら、どんなものが作ってみたいですか?

 

追記

この記事を制作している途中にRoald Hoffmann氏による寸劇を発見しました。高圧下で分子がどう動くかを劇にして説明しています。なかなか前衛的で刺激的なこの作品。難しい事象を説明する試みに新たな一石を投じるものであると思われます。
氏が化学者として活躍しているだけではなく、詩人としての顔を持ち合わせていることはWikipediaで知っていたのですが、まさか舞台監督としての顔も持ち合わせているとは。ぼくはこういう自由な発想をもつ科学者になりたいです。

 

 

参考文献

  1.   W. Grochala,  R. Hoffmann et al. Angew. Chem. Int. Ed. 2007, 3620. DOI : 10.1002/anie.200602485
  2.  一例として  C.L. Guillaume et al. Nature Physics 2011, 211.  DOI: 10.1038/NPHYS1864
  3. (a) S. H, Tolbert and A. P. Alivisatos Science 1994, 373 DOI: 10.1126/science.265.5170.373  (b) A. P. Alivisatoset al. Science 1996, 398. DOI: 10.1126/science.276.5311.398
  4. (a) H. Wu, Z. Wang et al. Angew. Chem. 2010, 8609. DOI: 10.1002/ange.201001581  (b) Z. Wang et al. JACS 2011, 14484. DOI: 10.1021/ja204310b

やすたか

投稿者の記事一覧

米国で博士課程学生

関連記事

  1. ケムステ国際版・中国語版始動!
  2. 高分子を”見る” その2
  3. 薬学部6年制の現状と未来
  4. スポンジシリーズがアップデートされました。
  5. 配座制御が鍵!(–)-Rauvomine Bの全合成
  6. 「シカゴとオースティンの6年間」 山本研/Krische研より
  7. 露出した銀ナノクラスター表面を保持した、高機能・高安定なハイブリ…
  8. 捏造のロジック 文部科学省研究公正局・二神冴希

注目情報

ピックアップ記事

  1. 「無機化学」とはなにか?
  2. 野依 良治 Ryoji Noyori
  3. タンパク質の構造と機能―ゲノム時代のアプローチ
  4. 抗リーシュマニア活性を有するセスキテルペンShagene AおよびBの全合成研究
  5. UiO-66: 堅牢なジルコニウムクラスターの面心立方格子
  6. 可視光応答性光触媒を用いる高反応性アルキンの生成
  7. 2011年10大化学ニュース【後編】
  8. マクドナルドなど9社を提訴、発がん性物質の警告表示求め=カリフォルニア州
  9. 香料:香りの化学3
  10. 荷電処理が一切不要な振動発電素子を創る~有機EL材料の新しい展開~

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2012年2月
 12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
272829  

注目情報

最新記事

伊與木 健太 Kenta IYOKI

伊與木健太(いよき けんた,)は、日本の化学者。東京大学大学院新領域創成科学研究科准教授。第59回ケ…

井野川 人姿 Hitoshi INOKAWA

井野川 人姿(いのかわひとし)は、日本の化学者。崇城大学工学部ナノサイエンス学科准教授。第59回ケム…

開発者に聞く!試薬の使い方セミナー2026 主催: 同仁化学研究所

この度、同仁化学研究所主催のオンラインセミナー(参加無料)を開催いたします。注目されるライフ…

町田 慎悟 Shingo MACHIDA

町田 慎悟(まちだ しんご, 1990年 06月 )は、日本の化学者。2026年1月現在、ファインセ…

ガリウムGa(I)/Ga(III)レドックス反応を経る化学変換 ―13族典型元素を基盤とする新規触媒設計への道を拓く―

第690回のスポットライトリサーチは、大阪大学大学院工学研究科(鳶巣研究室)博士後期課程2年の向井虹…

持てるキャリアを生かせるUターン転職を その難題をクリアしたLHHのマッチング力

両親が暮らす故郷に戻り、家族一緒に暮らしたい――そんなUターンの希望を持つ方にとって大きな懸念となる…

ケムステイブニングミキサー2026に参加しよう!

化学の研究者が1年に一度、一斉に集まる日本化学会春季年会。第106回となる今年は、3月17日(火…

理化学研究所・横浜市立大学の一般公開に参加してみた

bergです。去る2025年11月15日(土)、横浜市鶴見区にある、理化学研究所横浜キャンパスの一般…

【ジーシー】新卒採用情報(2027卒)

弊社の社是「施無畏」は、「相手の身になって行動する」といった意味があります。これを具現化することで存…

求人わずかな専門職へのキャリアチェンジ 30代の女性研究員のキャリアビジョンを実現

専門性が高いため、人材の流動性が低く、転職が難しい職種があります。特に多様な素材を扱うケミカル業界で…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP