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ホン・スンヒョク/Soon Hyeok HONG

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ホン・スンヒョク(홍순혁、Soon Hyeok Hong)は、韓国の有機化学者・触媒化学者。韓国科学技術院(KAIST)化学科教授。金属錯体などの「分子でできた触媒」を設計し、むだの少ない化学反応や、使用済みのプラスチック・ゴムを原料に戻す技術を開発している。 2025年には廃タイヤを触媒で分解し、ゴムやナイロンの原料となる環状化合物へ選択的に戻す手法を報告した[12]。(写真:KAIST)

経歴

1996 ソウル大学 化学科 卒業(化学科首席)
1999 ソウル大学大学院 修士課程修了(指導教員: Young Keun Chung)
1999 韓国空軍士官学校 化学科 専任講師(兵役、2002年まで)
2007 カリフォルニア工科大学 博士課程修了(指導教員: Robert H. Grubbs)
2007 カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA) 博士研究員(J. Fraser Stoddart)
2008 Materia社(米国) 研究員
2008 南洋理工大学(シンガポール) Nanyang助教授(シンガポール国立研究財団フェロー兼任、2011年まで)
2011 ソウル大学 化学科 助教授
2013 ソウル大学 化学科 准教授
2019 KAIST 化学科 准教授を経て教授
2023 南カリフォルニア大学 Loker炭化水素研究所 客員教授(G. K. Surya Prakash、2024年まで)

修士課程では無機化学を専攻し、兵役を経てカリフォルニア工科大学のグラブス研究室でルテニウム(Ru)オレフィンメタセシス触媒の安定性を研究した[16]。メタセシス触媒を扱う米国企業Materia社を経て独立し、シンガポール、ソウル大学、KAISTと拠点を移しながら、触媒の設計を軸に反応開発から高分子のリサイクルへと研究対象を広げてきた。

受賞歴

2008 シンガポール国立研究財団フェロー(National Research Foundation, Singapore)
2010 Asian Core Program Lectureship Award 台湾
2011 Thieme Chemistry Journal Award(Thieme社)
2015 ACP/ARN Lectureship Award 中国・香港(Asian Core Program/Advanced Research Network)
2016 ACP/ARN Lectureship Award 日本(Asian Core Program/Advanced Research Network)
2017 SUSTech Chemical Sciences Lectureship Award(南方科技大学)
2019 張世熙学術賞(大韓化学会 有機化学分科会)
2026 KAIST 教育革新賞(KAIST Education Innovation Award)
張世熙学術賞は、大韓化学会の有機化学分科会が、有機化学分野で優れた論文を発表し分科会の発展に貢献した研究者に毎年贈る賞である。学生時代にはロータリー財団国際親善奨学生(2002年)、冠廷教育財団奨学生(2003・2004年)に選ばれた。教育面ではソウル大学自然科学大学の優秀講義賞(2017年度)、KAIST自然科学大学の優秀講義賞(2019年度)を受けている。

研究概要

ホンは「化学反応の仲人役」である触媒の形を一つずつ工夫し、ごみを出さずに目的の分子をつくる方法を探してきた化学者である。その技術を、捨てられたタイヤやプラスチックを元の原料に戻す「分子レベルのリサイクル」にも応用している。

研究の軸は一貫して分子性触媒、とくにルテニウム(Ru)、ニッケル(Ni)、パラジウム(Pd)、イリジウム(Ir)の錯体の設計にある。グラブス研究室での触媒分解機構の研究に始まり、独立後はアルコールを原料とする原子効率の高い結合形成、二酸化炭素(CO2)の利用、光エネルギーを使う炭素–水素(C–H)結合の官能基化を展開した。KAIST移籍後は、メタセシス触媒の設計を化学的にリサイクルできる高分子と廃ゴムの解重合に生かしている。共同研究としてメタンの酸化触媒の開発にも関わった。

メタセシス触媒の分解機構と異性化の抑制

グラブス研究室では、第2世代グラブス触媒が反応中に壊れていく過程を調べた。鍵中間体であるメチリデン錯体を加熱すると、解離したホスフィンがカルベン炭素を攻撃して分解し、二核のRuヒドリド錯体が生じることを明らかにした[1]。このRuヒドリド種はオレフィンの二重結合を移動させる異性化を触媒するため、メタセシス反応で望まない異性体が混じる原因となる。この知見をもとに、1,4-ベンゾキノン類を少量加えると異性化を防げることを示した[2]。電子不足なベンゾキノンほど効果が大きかった[2]。触媒がどう壊れるかを理解することで副反応の対策を導いたこの研究は、博士論文の主題にもなった[16]。

脱水素的アミド化と原子効率の高いアミド合成

アミド結合は医薬品や高分子に欠かせないが、従来の合成法は縮合剤などに由来する副生成物を大量に出す。南洋理工大学で独立したホンは、N-ヘテロ環カルベン(NHC)を配位子とするRu触媒を用い、アルコールとアミンから水素だけを副生してアミドをつくる脱水素的アミド化を、ホスフィンを使わない簡便な触媒系で実現した[3]。アルコールとアミンからの脱水素的アミド化はミルステインらが先に報告しており[17]、ホンの貢献は入手しやすい原料から触媒系をその場で組み立てられるようにした点にある。

さらにソウル大学では、アルコールとニトリルを1段階でアミドに変える反応を開発した[4]。酸化剤も還元剤も使わず、原料の原子がすべて生成物に組み込まれる(原子効率100%)redox-neutralの反応であり、新しいC–N結合はニトリルの窒素とアルコールのα炭素の間に形成される[4]。

アルコールとニトリルからのredox-neutralなアミド合成(論文[4]より引用)

二酸化炭素の回収と有機合成への利用

CO2を化学原料として使う研究の多くは、高純度に精製されたCO2を前提としている。ホンは、排ガス中のCO2をエタノールアミン水溶液で回収し、精製せずにそのまま有機合成に使えることを示した[5]。回収液は効率を落とさずに繰り返し使え、市販の高純度CO2と同等の結果が得られた[5]。また、CO2から得られるギ酸エステルや環状カーボネートを、2-プロパノールを水素源とする移動水素化でメタノールへ変換する方法を報告し、高圧の水素ガスを使わない間接的なCO2–メタノール変換の道筋を示した[6]。

光レドックス触媒によるC(sp3)–H結合の直接アシル化

アルカンのような反応性の低いC(sp3)–H結合から直接ケトンをつくることは、合成化学の長年の課題である。ホンらは、NiとIrの光レドックス触媒を組み合わせ、N-アシルスクシンイミドをアシル源として炭化水素からケトンを合成した[7]。ペク・ムヒョン(Mu-Hyun Baik)らとの計算化学の共同研究により、C–H活性化がアシル基質の酸化的付加より先に起こることを示し、反応経路を意図して制御する設計指針を得た[7]。この考え方をキラルなアミノ酸塩化物に広げ、2,6-ルチジンから生じるN-アシルルチジニウム中間体を経由させることで、立体を保ったままα-アミノケトンを得ることに成功した[8]。一連の研究は総説にまとめられている[9]。

Ni/Ir光レドックス触媒による立体保持型C(sp3)–Hアシル化(論文[8]より引用)

高活性メタセシス触媒と化学的リサイクル

ホンは、N-ビニルスルホンアミドをキレート配位子とする高活性Ruメタセシス触媒を開発し、スルホンアミドを変えるだけで反応開始の速さを調節できることを示した[10]。この触媒により、従来は開環メタセシス重合(ROMP)が難しかったシクロペンタジエンを低温で重合できた[10]。

KAISTでは、環のひずみが小さく単独では重合しないとされてきたシクロヘキセンに注目した。環状カーボネートを縮環させてひずみを高めると、シクロヘキセン誘導体の制御された単独重合(C6-ROMP)が可能になる[11]。得られた高分子は酸素を通しにくく、閉環メタセシスでモノマーに戻せるため、化学的にリサイクルできる包装材料の候補となる[11]。同じ発想を廃棄物の側から進めたのが、加硫された廃タイヤのゴムを異性化触媒と閉環メタセシス触媒の組み合わせで処理し、シクロペンテンとシクロヘキセンを選択的に得る方法である[12]。350–800 ℃を要する熱分解と違い温和な条件で進み、選択性は最大92%に達した[12]。

異性化–メタセシス協働触媒による廃ゴムの解重合(論文[12]より引用)

エピソード

  • 修士課程を終えた1999年から2002年まで、兵役として韓国空軍士官学校の化学科で専任講師(中尉)を務めたのち、カリフォルニア工科大学へ留学した。
  • カリフォルニア工科大学在学中から2008年まで、ロサンゼルスの韓国語学校で校長兼教師を務めていた。
  • 博士課程の指導教員グラブスは2005年に、博士研究員としての受入教員ストッダートは2016年に、それぞれノーベル化学賞を受賞している。研究室の公式の経歴にもこの2人の受賞が明記されている。
  • 2025年に廃タイヤの解重合を発表した際には、次世代の高効率触媒の開発と事業化に向けた基盤づくりによって経済性を高めたいと述べ、基礎化学の立場から廃プラスチック問題の解決に貢献したいと語った。
  • ソウル大学とKAISTで優秀講義賞を受けたほか、2026年にはKAISTの教育革新賞を受けている。

関連文献&注釈

  1. Hong, S. H.; Day, M. W.; Grubbs, R. H. J. Am. Chem. Soc. 2004, 126, 7414–7415. DOI: 10.1021/ja0488380
  2. Hong, S. H.; Sanders, D. P.; Lee, C. W.; Grubbs, R. H. J. Am. Chem. Soc. 2005, 127, 17160–17161. DOI: 10.1021/ja052939w
  3. Ghosh, S. C.; Muthaiah, S.; Zhang, Y.; Xu, X.; Hong, S. H. Adv. Synth. Catal. 2009, 351, 2643–2649. DOI: 10.1002/adsc.200900482
  4. Kang, B.; Fu, Z.; Hong, S. H. J. Am. Chem. Soc. 2013, 135, 11704–11707. DOI: 10.1021/ja404695t
  5. Kim, S. H.; Kim, K. H.; Hong, S. H. Angew. Chem. Int. Ed. 2014, 53, 771–774. DOI: 10.1002/anie.201308341
  6. Kim, S. H.; Hong, S. H. ACS Catal. 2014, 4, 3630–3636. DOI: 10.1021/cs501133m
  7. Lee, G. S.; Won, J.; Choi, S.; Baik, M.-H.; Hong, S. H. Angew. Chem. Int. Ed. 2020, 59, 16933–16942. DOI: 10.1002/anie.202004441
  8. Lee, G. S.; Park, B.; Hong, S. H. Nat. Commun. 2022, 13, 5200. DOI: 10.1038/s41467-022-32851-7
  9. Lee, G. S.; Hong, S. H. Acc. Chem. Res. 2023, 56, 2170–2184. DOI: 10.1021/acs.accounts.3c00252
  10. Song, K.; Kim, K.; Hong, D.; Kim, J.; Heo, C. E.; Kim, H. I.; Hong, S. H. Nat. Commun. 2019, 10, 3860. DOI: 10.1038/s41467-019-11806-5
  11. Choi, K.; Hong, S. H. Chem 2023, 9, 2637–2654. DOI: 10.1016/j.chempr.2023.05.038
  12. Park, B.; Cho, K.; Choi, K.; Hong, S. H. Chem 2025, 11, 102625. DOI: 10.1016/j.chempr.2025.102625
  13. Choi, K.; Choi, W.; Chung, M.; Im, B.; Hong, S. H. Nat. Commun. 2026, 17, 4133. DOI: 10.1038/s41467-026-70372-9
  14. Cho, K.; Lee, J.; Im, B.; Hong, S. H. Chem Circularity 2026, 1, 100105. DOI: 10.1016/j.checir.2026.100105
  15. Ibrahim, T.; Ritacco, A.; Nalley, D.; Emon, O. F.; Liang, Y.; Sun, H. Chem. Commun. 2024, 60, 1361–1371. DOI: 10.1039/d3cc05612k
  16. 注1: 博士論文は Hong, S. H. “Improvement of Olefin Metathesis Efficiency through Understanding Catalyst Stability.” Ph.D. Thesis, California Institute of Technology, 2007. DOI: 10.7907/QMZ9-3Y05
  17. 注2: アルコールとアミンからの脱水素的アミド化の最初の報告は、Gunanathan, C.; Ben-David, Y.; Milstein, D. Science 2007, 317, 790–792.

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博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

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