[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

アセトンを用いた芳香環のC–Hトリフルオロメチル化反応

[スポンサーリンク]

 

近年、創薬研究において、リード化合物にトリフルオロメチル基を導入する試みが積極的に行われています[1,2]。リード化合物にトリフルオロメチル基を導入する際には、あらかじめトリフルオロメチル化された出発原料を用いるのが一般的です。しかし、効率的な誘導体合成を行う上では、合成したリード化合物に直接トリフルオロメチル基を導入する手法が理想的です。

芳香族C–Hトリフルオロメチル化反応は、炭素–水素結合を直接変換するため、理想的な方法の一つと考えられます。これまでに様々な芳香族C–Hトリフルオロメチル化反応が報告されています。中でも、CF3ラジカルを利用したC–Hトリフルオロメチル化反応は、温和な条件下で進行するため、高度に官能基化されたリード化合物を基質に用いる際に適した反応です。現在までに

  1. 遷移金属触媒の利用[3]
  2. 過酸の利用[4]によるラジカル的C–Hトリフルオロメチル化反応

が報告されています(図 1)。これらの反応では、はじめに系中でCF3ラジカル種を発生させたのち、続くCF3ラジカル種と芳香環とのラジカル反応、芳香族化によって目的物であるトリフルオロメチル化体を与えます。つまり、「いかにしてCF3ラジカル種を発生させるか」という点が反応の鍵となります。

 

2016-08-13_11-31-56

図1 既存の芳香環に対するラジカルトリフルオロメチル化反応

 

最近、Liらは、新たなCF3ラジカル種の発生剤として、安価で一般的な有機溶媒であるアセトンを用いたC–Hトリフルオロメチル化反応を開発しました。今回はこの論文について紹介したいと思います。

“Simple and Clean Photoinduced Aromatic Trifluoromethylation Reaction”

Li, L.; Mu, X.; Liu, W.; Wang, Y.; Mi, Z.; Li, C.-J. J. Am. Chem. Soc. 2016, 138, 5809. DOI: 10.1021/jacs.6b02782

 

アセトンによるラジカル誘起

一般に光照射により励起されたケトンなどのカルボニル化合物に対し電子豊富な反応剤を作用させるとラジカル反応が進行することが知られています[5, 6]。例えば、光励起したアセトンに対し電子密度の高いオレフィンを作用させると容易にラジカル反応が進行しオキセタンを与えます(図2)[7]

2016-08-13_13-39-00

図2

今回著者らは光励起したアセトンに対し電子豊富なトリフルオロメタンスルフィン酸アニオン種を作用させることでCF3ラジカル種が誘起できると考えた(図3)。

2016-08-13_13-41-44

図3

種々検討の結果、紫外光照射下、1,3,5-トリメトキシベンゼンに対してトリフルオロメタンスルフィン酸ナトリウムをアセトン中で作用させることでCF3ラジカル種が発生しトリフルオロメチル化が進行することを見出した(図 4)。

1,3,5ートリメトキシベンゼンのラジカルトリフルオロメチル化

図4 1,3,5ートリメトキシベンゼンのラジカルトリフルオロメチル化

想定反応機構

想定反応機構を以下に示す (図 5)。まずアセトンが光照射により励起され、活性種Xが生成する。このXに対してトリフルオロメタンスルフィン酸ナトリウムが作用し、続く二酸化硫黄の脱離によってCF3ラジカル種が生成する。CF3ラジカルとアレーンとのラジカル反応、続く芳香族化により目的とするトリフルオロメチル化が進行する。

図5 想定反応機構

図5 想定反応機構

本反応の特徴

本反応は多置換ベンゼンやヘテロ芳香環など、様々な芳香族化合物に適用可能である。また、グラムスケール合成や生物活性分子、医薬品の誘導化にも成功している。加えて、アセトンの代わりにジアセチルを用いることで、可視光を用いたトリフルオロメチル化反応を達成しており、紫外光照射下で不安定なホルミル基、ハロゲンが置換された芳香環に適用できる。

 

まとめ

今回Liらはアセトンを用いたCF3ラジカルの誘起を鍵とした新たな芳香環C–Hトリフルオロメチル化反応を開発した。過酸や遷移金属触媒の代わりに安価で一般的な有機化合物であるアセトンを用いて芳香環C–Hトリフルオロメチル化反応が達成できることを示した本研究は今後の医薬品や農薬の開発研究の効率化に貢献するものと期待できる。

 

参考文献

  1. Alonso, C.; Martínez de Marigorta, E.; Rubiales, G.; Palacios, F. Chem. Rev. 2015115, 1847. DOI: 10.1021/cr500368h
  2. Wu, X. F.; Neumann, H.; Beller, M. Chem. Asian J. 2012, 7, 1744. DOI: 10.1002/asia.201200211
  3. Nagib, D. A.; MacMillan, D. W. C. Nature 2011, 480, 224. DOI: 10.1038/nature10647
  4. Ji, Y.; Brueckl, T.; Baxter, R. D.; Fujiwara, Y.; Seiple, I. B.; Su, S.; Blackmond, D. G.;  Baran, P. S. Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A. 2011, 108, 14411. DOI: 10.1073/pnas.1109059108
  5. 井上晴夫・高木克彦・佐々木政子・朴鐘震 『光化学Ⅰ』(基礎化学コース)丸善出版(1999).
  6. 伊澤康司『やさしい有機光化学』名古屋大学出版会(2004).
  7. Buchi, G.; Inman, C. G.; Lipinsky, E. S. J. Am. Chem. Soc. 1954, 76, 4327. DOI: 10.1021/ja01646a024

 

bona

投稿者の記事一覧

愛知で化学を教えています。よろしくお願いします。

関連記事

  1. 研究室でDIY!~エバポ用真空制御装置をつくろう~ ②
  2. V字型分子が実現した固体状態の優れた光物性
  3. 化学研究ライフハック:縦置きマルチディスプレイに挑戦!
  4. 天然物の生合成に関わる様々な酵素
  5. ポンコツ博士の海外奮闘録⑧〜博士,鍵反応を仕込む②〜
  6. 無限の可能性を秘めたポリマー
  7. 含窒素有機化合物の触媒合成について
  8. 「鍛えて成長する材料」:力で共有結合を切断するとどうなる?そして…

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. 有機光触媒を用いたポリマー合成
  2. 有機合成化学協会誌2023年3月号:Cynaropicri・DPAGT1阻害薬・トリフルオロメチル基・イソキサゾール・触媒的イソシアノ化反応
  3. 世界が終わる日までビスマス
  4. 会社でも英語を重視?―さて詮なきことか善きことか
  5. 有機合成化学協会誌2018年1月号:光学活性イミダゾリジン含有ピンサー金属錯体・直截カルコゲン化・インジウム触媒・曲面π構造・タンパク質チオエステル合成
  6. メタロペプチド触媒を用いるFc領域選択的な抗体修飾法
  7. 信越化学・旭化成ケミカルズが石化品値上げ
  8. 第153回―「ネットワーク無機材料の結晶学」Micheal O’Keeffe教授
  9. アニオン重合 Anionic Polymerization
  10. 自励振動ポリマーブラシ表面の創製

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2016年8月
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031  

注目情報

最新記事

カルボン酸β位のC–Hをベターに臭素化できる配位子さん!

カルボン酸のb位C(sp3)–H結合を直接臭素化できるイソキノリン配位子が開発された。イソキノリンに…

【12月開催】第十四回 マツモトファインケミカル技術セミナー   有機金属化合物 オルガチックスの性状、反応性とその用途

■セミナー概要当社ではチタン、ジルコニウム、アルミニウム、ケイ素等の有機金属化合物を“オルガチッ…

保護基の使用を最小限に抑えたペプチド伸長反応の開発

第584回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院 薬学系研究科 有機合成化学教室(金井研究室)の…

【ナード研究所】新卒採用情報(2025年卒)

NARDでの業務は、「研究すること」。入社から、30代・40代・50代……

書類選考は3分で決まる!面接に進める人、進めない人

人事担当者は面接に進む人、進まない人をどう判断しているのか?転職活動中の方から、…

期待度⭘!サンドイッチ化合物の新顔「シクロセン」

π共役系配位子と金属が交互に配位しながら環を形成したサンドイッチ化合物の合成が達成された。嵩高い置換…

塩基が肝!シクロヘキセンのcis-1,3-カルボホウ素化反応

ニッケル触媒を用いたシクロヘキセンの位置および立体選択的なカルボホウ素化反応が開発された。用いる塩基…

中国へ行ってきました 西安・上海・北京編①

2015年(もう8年前ですね)、中国に講演旅行に行った際に記事を書きました(実は途中で断念し最後まで…

アゾ重合開始剤の特徴と選び方

ラジカル重合はビニルモノマーなどの重合に用いられる方法で、開始反応、成長反応、停止反応を素反応とする…

先端事例から深掘りする、マテリアルズ・インフォマティクスと計算科学の融合

開催日:2023/12/20 申込みはこちら■開催概要近年、少子高齢化、働き手の不足の影…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP