[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

微生物の電気でリビングラジカル重合

[スポンサーリンク]

テキサス大学オースティン校のBenjamin K. Keitz教授らは、電気を発生する微生物によって金属触媒の活性をコントロールし、リビングラジカル重合(ATRP)を行うことに成功しました。

“Shewanella oneidensis as a living electrode for controlled radical polymerization”

Fan, G.; Dundas, C. M.; Graham, A. J.;  Lynd, N. A.; Keitz, B. K. Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A. 2018, 115, 4559. DOI: 10.1073/pnas.1800869115

1. 微生物を使った化合物合成

微生物を使って有用な化合物を作ることは、産業の様々な場面で行われています。乳酸菌を使ってチーズを作ったり、酵母を使ってバイオエタノールを作ったりなどがその例です。このような技術は基本的に、微生物がもともと行っている化学反応を利用しているのですが、近年では遺伝子操作によって微生物が本来作らない化合物を作らせるようにするという試みも盛んになされています。

しかし、生物の代謝経路を作り変えるためには、(1) 原料物質の細胞内への輸送、(2) 目的の反応を行うための酵素の導入や発現調節、(3) 元々ある代謝経路の抑制、(4) 生成物の細胞外輸送など、調整しなければならない点がたくさんあって困難です(図1)。そのため多くの場合、微生物に作らせることができる化合物は天然の代謝経路に沿ったものに限られてしまいます。

図1. 代謝経路の再構築における様々な問題点。

テキサス大学オースティン校のKeitz教授らは、代謝によって電流を発生するシュワネラ菌という微生物に着目し、この電流を化学反応に有効利用できないかと考えました。彼らは、シュワネラ菌が乳酸の代謝から生み出す電流を使って細胞外にある銅触媒の活性をコントロールし、リビングラジカル重合(ATRP)を行うことに成功しました。

2. 電気を生み出すシュワネラ菌

Keitz教授らが用いたシュワネラ菌という発電菌は、細胞膜のタンパクを使って電子を外に放出しています(図2)。外膜上にあるMtrCやOmcAは、比較的低い電位(-350mVから+50 mV程度)を保っているため、細胞外にある金属イオンや有機化合物を還元する(電子を与える)ことができます。

図2. シュワネラ菌の細胞膜における電子移動。(左の画像はmicrobewikiより)

3. シュワネラ菌によるラジカル重合

Keitz教授らは、シュワネラ菌の電流で金属触媒の活性をコントロールできるか調べるため、モデル反応として原子移動ラジカル重合(ATRPを行うことにしました。ATRPでは、還元型の金属触媒が、ハロゲン原子にキャップされた不活性型のポリマー末端(ドーマント種)と反応し、ラジカル性の活性種を生み出します。生まれた活性種は、モノマーと反応してポリマー鎖を伸長させます。彼らが行った反応の流れは以下の通りです。

  1. シュワネラ菌が乳酸の代謝により細胞外に電子を放出する。
  2. 細胞外に存在する金属が還元される。
  3. 還元型の金属がドーマント種と反応してポリマー末端を活性化する。
  4. ポリマー鎖が伸長する。

図3. シュワネラ菌の乳酸代謝とラジカル重合の流れ。

彼らは、モノマー・開始剤・金属触媒(Cu(II)またはFe(III), Co(III))を含む培地にて、嫌気性条件でシュワネラ菌を培養しました。24時間後に溶液を確認すると、粘性のあるポリマーが生じていることが分かりました。得られるポリマーは分子量分布が狭く(PDI ~1.1)、分子量がモノマー転化率に比例している、というリビング重合の特徴を示しています(図4a)。また、一定時間経った後にモノマーを追加しても、初期と同様の速度定数でポリマーが伸長する様子も確認されました(図4b)。

図4. (a) 各モノマー転化率におけるポリマーの分子量と分子量分布(PDI)。(b) モノマー濃度の対数値(初期値/残存量)の時間変化。(論文より)プロットが直線的で傾きが一定あることから、1次反応で反応定数が一定であることがわかる。

4. 反応速度は代謝にコントロールされる

それでは、このラジカル重合は、シュワネラ菌の代謝反応とどう関連しているのでしょうか。シュワネラ菌は、乳酸→ピルビン酸、ピルビン酸→…→酢酸の代謝過程でそれぞれ2つの電子を生み出すことが分かっています(図5a)。Keitz教授らは、シュワネラ菌に異なる炭素源(乳酸(Lactate)、ピルビン酸(Pyruvate)、酢酸(Acetate)、何も与えない(Starved))を与えた場合の重合反応速度を調べました。すると、代謝にて4電子を生み出す乳酸の存在下で一番早い反応速度が得られ、その次に2電子を生み出すピルビン酸、そして電子を生まない酢酸存在下で一番遅い反応速度が得られるということが分かりました。酢酸存在下での反応速度は、何も与えない場合(Starved)と同程度でした。これらの結果から、代謝によって生まれる電子と重合反応速度に相関があることが分かりました。

図5. (a) シュワネラ菌の代謝経路。(b) 各炭素源存在下におけるラジカル重合速度(論文より)。

5. おわりに

今回の論文では、微生物が生み出す電気を利用すれば、生体反応に限らず産業に有用な様々な化学反応が行えるという可能性が示されました。特に有機電気化学合成の分野では、従来型のフラスコでの反応よりも収率・選択性・環境負荷の面で優れた反応が行えるよう研究が進められているので、今後、ATRPに限らず様々な反応に発電菌が応用されることが期待されます。

参考文献

  1. Magenau, A. J.; Strandwitz, N. C.; Gennaro, A.; Matyjaszewski, K. Science 2011, 332, 81. DOI: 10.1126/science.1202357
  2. Sakimoto, K. K.; Wong, A. B.; Yang, P. Science 2016, 351, 74.
DOI: 10.1126/science.aad3317

関連リンク

関連書籍

[amazonjs asin=”4864690774″ locale=”JP” title=”微生物燃料電池による廃水処理システム最前線”] [amazonjs asin=”4501619104″ locale=”JP” title=”代謝工学―原理と方法論”]
Avatar photo

kanako

投稿者の記事一覧

アメリカの製薬企業の研究員。抗体をベースにした薬の開発を行なっている。
就職前は、アメリカの大学院にて化学のPhDを取得。専門はタンパク工学・ケミカルバイオロジー・高分子化学。

関連記事

  1. アメリカで Ph.D. を取る –奨学金を申請するの巻–
  2. 細孔内単分子ポリシラン鎖の特性解明
  3. 第48回ケムステVシンポ「ペプチド創薬のフロントランナーズ」を開…
  4. 私が思う化学史上最大の成果-1
  5. 研究室でDIY!~エバポ用真空制御装置をつくろう~ ②
  6. 日本薬学会第144年会付設展示会ケムステキャンペーン
  7. リサーチ・アドミニストレーター (URA) という職業を知ってい…
  8. 液晶の薬物キャリアとしての応用~体温付近で相転移する液晶高分子ミ…

注目情報

ピックアップ記事

  1. 花王、ワキガ臭の発生メカニズムを解明など研究成果を発表
  2. 分子糊 モレキュラーグルー (Molecular Glue)
  3. 企業研究者のためのMI入門③:避けて通れぬ大学数学!MIの道具として数学を使いこなすための参考書をご紹介 mi3
  4. 半導体・センシング材料に応用可能なリン複素環化合物の誘導体化
  5. 入門 レアアースの化学 
  6. 夏の必需品ー虫除けスプレーあれこれ
  7. パール・クノール チオフェン合成 Paal-Knorr Thiophene Synthesis
  8. 【技術者・事業担当者向け】 マイクロ波による化学プロセス革新 〜マイクロ波が得意とするプロセスはコレだ!〜
  9. セブンシスターズについて② ~世を統べる資源会社~
  10. 荷電π電子系が発現するジラジカル性をイオンペア形成によって制御

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2018年7月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031  

注目情報

最新記事

山口 潤一郎 Junichiro Yamaguchi

山口潤一郎(やまぐちじゅんいちろう、1979年1月4日–)は日本の有機化学者である。早稲田大学教授 …

ナノグラフェンの高速水素化に成功!メカノケミカル法を用いた芳香環の水素化

第660回のスポットライトリサーチは、名古屋大学大学院理学研究科(有機化学研究室)博士後期課程3年の…

第32回光学活性化合物シンポジウム

第32回光学活性化合物シンポジウムのご案内光学活性化合物の合成および機能創出に関する研究で顕著な…

位置・立体選択的に糖を重水素化するフロー合成法を確立 ― Ru/C触媒カートリッジで150時間以上の連続運転を実証 ―

第 659回のスポットライトリサーチは、岐阜薬科大学大学院 アドバンストケミストリー…

【JAICI Science Dictionary Pro (JSD Pro)】CAS SciFinder®と一緒に活用したいサイエンス辞書サービス

ケムステ読者の皆様には、CAS が提供する科学情報検索ツール CAS SciFind…

有機合成化学協会誌2025年5月号:特集号 有機合成化学の力量を活かした構造有機化学のフロンティア

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2025年5月号がオンラインで公開されています!…

ジョセップ・コルネラ Josep Cornella

ジョセップ・コルネラ(Josep Cornella、1985年2月2日–)はスペイン出身の有機・無機…

電気化学と数理モデルを活用して、複雑な酵素反応の解析に成功

第658回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院 農学研究科(生体機能化学研究室)修士2年の市川…

ティム ニューハウス Timothy R. Newhouse

ティモシー・ニューハウス(Timothy R. Newhouse、19xx年xx月x日–)はアメリカ…

熊谷 直哉 Naoya Kumagai

熊谷 直哉 (くまがいなおや、1978年1月11日–)は日本の有機化学者である。慶應義塾大学教授…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP